第38話 チャンス
「ユニットの結成ですか?」
「けど、ダンジョン・カップって確か個人戦は参加自由だけど、集団戦って大会から招待がなければ参加できないんじゃ?」
真莉と天音が訝しむように聞いてきた。
「実は3人にはそれぞれダンジョン・カップ運営から招待が来てるんだ」
「「「!?」」」
「ダンジョン・カップのようなメジャーな大会からしても最近の君達の躍進ぶりは目を見張るものがあるようだね。大会を盛り上げるためにもぜひ来て欲しいってそれぞれ個別に連絡が来ている」
3人は顔を見合わせた。
「3人それぞれ他のグループとコラボしてユニットを組んでもいいし、3人でユニットを組んでもいいってことだよ。どうかな? 僕達の箱を喧伝するまたとないチャンスだと思うんだけれど」
「えーっと、どうしよっかな?」
榛名がいつになく歯切れの悪い返事をした。
「真莉も天音も100万再生超えたことだし。私ももっと頑張らないとダメだと思うんだよねー。ほら、リーダーとして」
「私もまだ個人戦のことで頭がいっぱいなんですよねー」
「私も悟さんの案件をこなしながらユニットもできるかちょっと不安です」
真莉と天音も逡巡を見せる。
ここしかない。
悟は直感的にそう思った。
配信者は本能的に自分より人気の配信者と同じ画面に映ることを嫌う。
だが、それは逆に言えば、3人ともお互いを配信者として認め合っているということだ。
メンバー全員が互いを競争相手として意識している。
それぞれ個人として配信スタイルは限界を迎えつつあり、新たな目標を見定めるべき時期が来ている。
一方で、外に目を向ければこちらも絶好の機会が訪れている。
悟のメールアドレスには、榛名、真莉、天音とダンジョン・カップでコラボできないかという問い合わせが殺到していた。
そしてDライブ・ユニットがぐらついている。
Dライブ・ユニットのグループ案件も奪うチャンスだった。
Dライブ・ユニットがトップグループに上り詰めたのもダンジョン・カップにおいて目覚ましい成績を残したからだ。
去年の大会での成績がDライブ・ユニットに多大な案件をもたらした。
逆にこのダンジョン・カップで新たに現れたグループ、榛名達がDライブ・ユニットの成績を軽々と超える成績を出すことができれば、Dライブ・ユニットの決定的な凋落と、新時代の幕開けを人々に印象付けることができる。
逆にこのチャンスを逃せば、Dライブ・ユニットを超えるグループを作る機会は永遠に訪れない、もしくはかなり先延ばしになってしまうだろう。
(今しかない)
だが、それには彼女らが自主的にグループを結成する決意を固めなければならない。
「まあ、気長に考えておいてよ。ダンジョン・カップの申請期日までにはまだ時間がある。とりあえず、予約時間になったしお店に行こっか」
3人はそれぞれホッとしたような顔をしてお店の建物に入っていった。
悟は大会の申し込み期限までに3人のユニット結成への迷いを払拭するために全力を尽くそうと心に決めるのであった。
少し高めのレストランで舌鼓を打ち、気の置けない仲間達と打ち解けた会話を楽しんだ悟達は、レストランを出た後もブラブラ付近の建物を歩いた。
「悟さん、もう一軒行きませんか?」
真莉が提案してくる。
「もう一軒? でも、みんな未成年だろ? 飲み屋とか行けないし」
「じゃあ、カラオケとかどうですか?」
「カラオケ。最近の曲とか歌えるかな」
「じゃあじゃあ。私が歌うので聞いてくださいよ。けっこー得意なんですよ。10年くらい前の曲とか。榛名、天音も全然今から歌えるよね?」
真莉が2人も援軍に付けようと話を振る。
「おう。いくらでもいけるぞ」
「久しぶりに歌いたいですね。ただ、もうすぐ9時ですよ」
「いいじゃん今日くらい。大人のお兄さんもついてきてくれるし。ねっ? 悟さん」
真莉は悟の腕に寄りかかる。
いつの間にか悟も参加する方向で話が進んでいた。
「そうですね。悟さんがついて来てくれるなら。少しくらい羽目を外してもバチは当たらないですね」
「よっし。それじゃー行こうぜー」
「この時間なら駅前の店空いてるかなー?」
「電話して聞いてみましょう」
天音がスマートフォンを取り出そうとすると、脇道に車が停車してクラクションを鳴らした。
すぐに車からスーツを着た男が降りてきて、悟達の方に近づいてくる。
天音の顔が強張る。
男は天音に近づいて話しかけた。
「お嬢様。お帰りの時間です」
天音はあからさまに嫌そうな顔をする。
「今日はまだいいでしょう? 見てわかりませんか? 友達と遊んでるんです」
「ダメです。お嬢様は今すぐ家に戻るようにとご主人様からのお言付けです」
「お仕事上のお付き合いでもあります。あの人にはそう言ってください」
「お嬢様。あなたは家に住まわせてもらっている立場であることを御自覚ください」
天音はカッと頬を赤くする。
恥ずかしがっている時の仕草ではなく、怒っている時の表情だった。
わなわな肩を振るわせるものの、どうにか抑えているようだった。
「ちょっといいですか?」
悟が2人の間に割って入った。
「天音のマネージャーをさせていただいてる雪代という者です。お嬢さんを夜中まで連れ回してしまって、すみません。天音のことは、私が責任を持ってちゃんと自宅まで送り届けますので、もう少し待っていただけませんか?」
「お聞きしております。お嬢様がいつもお世話になっております。ただ、申し訳ありません。私もご主人様から必ず連れ戻してくるようにと仰せつかっておりますので、このまま『はい、そうですか』と引き下がるわけにはいきません」
男は物腰柔らかだが、断固とした調子で言った。
「彼女は今日、目覚ましい活躍をしてその件でたくさん問い合わせをいただいているんです。打ち合わせもしたいのでもう少し天音のことを預からせていただけませんか?」
「ダメです。もし、これ以上お嬢様のご帰宅が遅れるようであれば、今後の配信活動についても見直さなければならなくなります。お嬢様はご主人様に……」
「わかりました。今日は帰ります」
天音が遮るように言った。
「ただ、お
「かしこまりました」
男は車のドアを開けて天音を誘う。
天音は車に乗る前にもう一度悟達の方に向き直る。
「悟さん。すみません。今日は家の者から帰宅するよう言われたので、帰らせていただきます」
(家の者……?)
悟は天音の言い回しに微妙な違和感を覚える。
「せっかくお時間を作っていただいたのに申し訳ありません」
「いや、お
「はい」
天音は後ろ髪を引かれるような思いで車に乗り込んだ。
男はドアを閉めていそいそと運転席に戻る。
車は少し神経質な音を立ててその場を離れていった。
「なんだあれ。融通利かねー運転手だな」
榛名が白けたように言った。
「天音も結構お嬢様だからねー」
「何か事情がありそうだね。真莉。何か知ってる?」
「んー。私も詳しくは知らないんですけど、天音の家ちょっと複雑な家庭環境らしいですねー。叔父さんと一緒に住んでいるとか?」
「そうか」
場合によっては、近々天音の実家の方へ行く必要があるかもしれない。
悟はそう予感した。
「なあ。蓮也。どうにかならないかな?」
事務所で阿武隈は蓮也を説得していた。
「スポンサーからも炎上は控えるように言われてるし、事務所内部からも最近のディーライのスタイルに関して疑問の声が上がってるんだ」
「内部から? 一体誰が言ってるんだ?」
「要と秀仁だ」
阿武隈は言ってからハッとする。
(いっけね。実名出しちゃった)
阿武隈にはこういうデリカシーのないところがあった。
アブ・プロダクションがギスギスしている原因の半分以上は阿武隈の失言にある。
(まあ、いっか。要と秀仁が文句言ってるのは事実だし)
蓮也は目を据わらせるが、阿武隈は気づかない。
「お前も要と秀仁が居なくなると困るだろー? 由紀も怪しげな動きを見せてるし。大吉は相変わらず使えないし」
「要と秀仁がダメなら代わりを見つければいいだろ」
「代わりって無茶言うなよ。あいつらほど人気のある配信者なんてそうそう……」
「それをどうにかすんのがあんたの役目だろ。俺に言われても困る。人に責任を押し付けんなよ」
「……」
「ったく。そんなことじゃ困るぜ。しっかりしてくれないと」
(くっ。このガキ……)
阿武隈は眉間に青筋を立てながらもなんとか押さえた。
「おっと電話だ。席外すぜ」
蓮也は阿武隈を置いて外に出た。
いつも蓮也に有益な情報を垂れ込んでくれる同業者からの電話だった。
「何? 榛名がユニットを結成する?」
「ああ。榛名、真莉、天音の3人。あの3人のマネージャーって、以前お前んとこにいた雪代悟がやってんだろ?」
「……」
すでに榛名達の名前は業界に広く知れ渡っていた。
真莉や天音も配信者を発掘している事務所が見逃さないはずがなかった。
このダイヤの原石を見つけてきてデビューさせたのはいったいどんな敏腕プロデューサーなのか。
業界全体がこぞってそれを知りたがるのも無理はない。
業界の耳の速いものはすぐに彼女らのマネージャーが、Dライブ・ユニットを追放された雪代悟だという情報をキャッチした。
アブ・プロダクションとの付き合いもあるので、露骨に擦り寄るわけにはいかないが、背後関係を洗いながら、両者がどう出るのか一挙手一投足を見守っている形である。
悟達の動向は彼らが思っているよりも注目されるとともに情報収集されていた。
「で、雪代のやつ満を持してダンジョン・カップで3人のユニット結成を発表するらしいぜ」
「ふーん。そうなんだ」
(チャンスだな)
蓮也はそう思った。
ここで叩くことができれば、悟達の出鼻を挫くことができる。
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