第19話 認識の違い
「へー。いい店じゃないか」
「そう? 微妙じゃない?」
秀仁と要が店の内装を見ながら感想を述べる。
Dライブ・ユニットは蓮也、要、秀仁の3人連れだった。
蓮也は色紙にサインを描いて、梨花に渡す。
「はい梨花ちゃん」
「わー。ありがとうございます。家宝にさせていただきます」
梨花は無邪気に喜んで色紙を抱きしめた。
「ちょっと、どういうことだよ真莉」
榛名は小声で真莉に話しかける。
「なんでディーライのメンバーが合コンに来てるんだよ。聞いてないぞ」
「まあまあ。そう言わずに」
「悟がディーライのメンバーと一悶着あったの知ってるだろ?」
「だからこそよ。私に考えがあるの」
「考え?」
「私達でディーライの皆さんと悟さんの仲立ちをしてわだかまりを解くのよ。そうすれば、ディーライともコラボできるし、悟さんの役にも立てる。一石二鳥でしょ」
「悟は裏切り者呼ばわりされて出ていったんだぞ。そんな険悪な別れ方した奴らと関係修復なんてできるかよ」
「だからこそよ。だっておかしいでしょ? あの悟さんが裏切りとかあり得ないわよ。絶対何か誤解があるんだって」
「うーん」
「どの道配信業を続けていけば、いずれはディーライとコラボすることもあるでしょ。その時に備えて今のうちに仲直りのきっかけを私達で作っとくってわけよ」
(そんな上手くいくかなぁ)
Dライブ・ユニットを脱退した直後の悟の様子、何も詳しいことを言いたがらない悟の様子からして、相当込み入った事情があるように思われた。
榛名も自分なりにDライブ・ユニットの悟にまつわる騒動について調べてみた。
詳細な事情は理解できなかったが、どうも機密情報の漏洩が問題になったようで、その責任を悟が取る形になったようだ。
(これだけ聞くと悟が悪いみたいだけど、なんか引っかかるんだよなぁ)
榛名と反対側の机では、天音と要がすでに会話を始めていた。
「駒沢天音ちゃんだよね。フェンリルテイム配信の」
「はい。見てくださったんですか?」
「うん。新人配信者にしては頑張ってるなぁと思ってね」
「ありがとうございます。私もいずれは要さんのようなダンジョン配信者になれるようがんばります」
「はは。まあ、確かに俺くらいテイマーで再生数稼いでる配信者はいないからね」
要は天音のような女子高生から憧れの目を向けられて、満更でもなさそうに言った。
天音は榛名ほどのカリスマ性がある美人ではないものの、楚々とした魅力があった。
むしろ男を立ててくれそうな雰囲気があって、要の好みに合うかもしれなかった。
「ま、俺レベルになるのはそう簡単ではないと思うけれど、頑張りなよ」
「はい。それでテイマーとしても配信者としても先輩である要さんに聞いていただきたい悩みがあるのですが……」
「ん? なに?」
「リスナー様を集めるためには攻めた配信企画、タイトルにする必要がありますよね? ただタイトルで攻めれば攻めるほど、その分リスナー様の期待に応えるのがプレッシャーになってしまって……」
「あー、いいんだよそんなの。別にタイトル通りやらなくて」
「えっ?」
「リスナーなんてバカばっかだからな。内容なんて伴ってなくても適当にタイトル詐欺して釣り針をデカくして、網漁の魚みたいにかき集めればいいんだよ。何回やっても引っかかるからなあいつら」
天音は眉を顰める。
それまで向けていた曇りのない尊敬の眼差しから一転、厳しい顔つきになった。
だが、要はそれを天音が自分の話を真剣に聞いている証と捉えた。
「けれども、それではリスナーの皆様を裏切ることになりませんか?」
「天音ちゃん、もっと柔軟に考えなよ。客の要望にいちいち応えてちゃキリないぜ。どうせあいつらバカなんだからさ。クレーム来ても適当にあしらっときゃいいんだよ」
要が話すたびに天音の顔は強張っていき、彼女の中で反発心は膨らんでいった。
しかし、要はそのたび天音が自分にますます傾倒しているのだと錯覚した。
(天音ちゃん礼儀正しい子だな。可愛いし、榛名とはまた別に2人でコラボしてやってもいいかもな)
その後も要は自身の配信に関する取るに足らない持論をいい気になって述べていったが、その度に天音の顔は険しくなっていくばかりだった。
やがて天音は
唇は震えていた。
真莉はハラハラしながら天音と要の様子を見ていた。
どうも2人は相性が悪そうだ。
天音は物腰柔らかに見えて、その実、芯が強く純粋すぎるところがあった。
一方でこの要という人はそういったところがルーズに見える。
このままでは天音が爆発して、せっかく梨花が用意してくれたこの場が殺伐とした雰囲気になってしまう。
どうにかしなければ。
ふと真莉が目の前の秀仁に目をやると、自分の胸元をチラチラ見ているのに気づいた。
これはチャンスだと思って、真莉はウィンクした。
真莉の「見てもいいですよ」と言わんばかりの態度に秀仁はあっさりと食い付いてくる。
真莉は清濁併せ呑むことのできる性格で、男性の持つ多少の助平心にも寛大だった。
「秀仁さんって錬金術師ですよね」
「ああ、俺はディーライ唯一の錬金術師だ」
「私も錬金術師なんです」
「ほう。君もか。大変だろう。君のようなか
「そうなんですよ。マネージャーが企画を持ってきてくれるんですけどー。もう、大変なんですよ。コメント欄に反応しながら、錬金術もして、モンスターも倒さなくちゃいけなくってー」
「なっ。いい加減なことを言うな!」
秀仁は声を荒げて机を叩いた。
「えっ?」
「コメント欄に反応しながら、高い集中力を求められる錬金術ができるわけないだろ!」
「は、はい。すみません」
「まったく。これだから素人の配信者は困るんだ」
「……」
真莉は思わず謝ってしまったが、その後でなんで自分が謝らなきゃいけないんだろうという気分になった。
(別にいいじゃん。実際に私はできてるんだし。なんでそんな頭ごなしに説教されなきゃいけないんだよ)
真莉は中学時代しばしば要領が良すぎて、厳格な教師にやたら怒られたのを思い出した。
生真面目な人間から見れば、サボって遊んでおり、いい加減なことを言っているように見えるのだ。
目の前の秀仁も一本気だが、それゆえに多様性を認められず、少しでも他者との違いを見つけると説教せずにはいられない性格だった。
(悟さんは……別にそんなことで怒らなかったし)
真莉は悟のおおらかさを噛み締めるのであった。
そうして秀仁は錬金術のなんたるか、配信のなんたるかについて語る一方で真莉の胸元を凝視するのはやめなかった。
今度ばかりは流石の真莉もウンザリするほかなかった。
だが、真莉のそんな態度も、秀仁には彼女が自分の話に感服しているように見えてしまう。
(ふむ。少々いい加減な娘だが、見どころがある。向こうの態度次第では、コラボしてやってもいいかもな)
秀仁が説教すればするほど、真莉はうんざりした気分になっていくばかりだった。
脇の席に座る梨花は退屈そうにスマホをいじっていた。
誰も自分には興味がなさそうだったから。
蓮也は榛名を説き伏せようとしていた。
「新しい世界を見てみたい。そうは思わないかい?」
「いいえ。特に思いませんね」
「それはまだ見たことがないからだ。だが、実際に見てみればわかる。そして君は心のどこかで今の境遇に不満を持っている。もっと新しい世界に飛び立ちたいと思っている。そうだろう?」
「……」
「そういうわけで榛名ちゃんとコラボできればな、と思ってるんだけど」
「ディーライって最近、再生数落ちてますよね?」
榛名の鋭い切り返しに、蓮也の顔が一瞬ひきつって、瞳孔が開いた。
が、どうにか持ち直して、笑顔を貼り付ける。
「はは。そうかな? 俺はそうは思わないけどね。数字にはいろんな見方があるし。ただ、最近マンネリというか、新しい風が足りないのは事実だ。そういう意味でも、新しいコラボ先とか、いっそ新メンバーとか加えられたらなーと思っててさ」
「企画力が弱いのでは?」
榛名が容赦なく刺した。
が、秀仁の説教にうんざりしていた真莉がこの話題に飛びついた。
「企画といえば、以前は悟さん……じゃなくて雪代さんが担当してらしたんですよね? 今は雪代さんやめちゃったみたいですけど、雪代さんの話聞きたいなー」
そういうと、蓮也は急に興奮した猫のように鼻と耳を赤らめながら食い付いてきた。
「あー、悟か。あの全然使えないダメな奴ね」
「酷かったよな。あいつの企画全然再生数回んないし」
「そのくせ自分の配信は疎かにして他人の配信に口出ししてばかりだからな」
要と秀仁も乗ってくる。
真莉はポカンとした。
余りにも自分達から見た悟のイメージとかけ離れていたからだ。
「メンバーの中で登録者数10万人超えなかったのあいつだけだぜ」
「ダンジョン探索でも全然使えないスキルだしな」
「挙げ句の果てには機密漏洩の裏切りだぜー」
「まったくどうしようもない奴だ」
榛名は意を決したように立ち上がる。
彼女にとって今の蓮也達の発言は決定打だった。
これ以上、話を聞く価値はない。
「失礼」
「あれ? どうしたの?」
「ちょっとお手洗いに。梨花。蓮也さんと話してな」
「あ、うん」
梨花はスマホいじりをやめて蓮也の前に座る。
榛名は個室を出て行った。
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