第20話 悟の宣戦布告

 個室を出て、トイレに入ると、榛名はすぐさま悟に電話した。


「もしもし悟?」


「もしもし。どうしたの?」


「今、ディーライの連中にコラボの勧誘受けてるんだけどさ」


「なんだって!?」


「真莉と天音もいるよ」


 悟は額に手を当てた。


 榛名は電話の向こうで悟が困っているのを感じてニヤニヤした。


 昨日、自分をからかったことへの意趣返しにもってこいだった。


 それに悟が自分を心配してあたふたしてくれているのだと思うと嬉しかった。


「状況を説明してくれ」


 榛名は経緯いきさつを説明した。


 友達に合コンに誘われて、渋々ついていったこと。


 するとDライブ・ユニットの3人が現れて、コラボを持ちかけてきたこと。


「どうする? このまんまのらりくらりとかわし続けることもできるけど」


「いや、ちょうど手が空いたところだ。僕がそっちに行って話をつけるよ」


 悟は電話を切ると、カラオケ店に向けて車を出した。




 店の個室では合コンが続いていたが、真莉はうんざりしていた。


(はあ。こいつら悟さんの悪口言わなきゃ盛り上がれないのかよ)


 真莉はこれまで自分よりもチャンネル登録者数の多いDライブ・ユニットの面々に対して並々ならぬ憧れの感情を抱いていたが、画面の向こう側のキラキラした世界に比べ、実態のなんと矮小なことか。


 歳上のお兄さんというだけで成熟した立派な大人だと思い込んでいた。


 だが、Dライブ・ユニットの面々のこの態度、まるで学生に毛が生えたようなものだった。


 クラスの同い年の男子と大して変わらない。


(こんなことなら素直に悟さんの仕事手伝いに行っとけばよかった)


「それはそうとして。どうだろう蓮也」


 要がおもむろに提案し始めた。


「榛名ちゃんとコラボするのは当然として、この2人ともコラボしてみるというのは」


「ふむ。いいんじゃないか。俺も賛成だ」


 秀仁も同調した。


 蓮也は真莉と天音を値踏みするようにジロジロ見た後、うなずいた。


「そうだな。悪くない案だ」


 真莉は失望の色を隠せず無言になった。


 どうにかこの場を盛り上げようと尽力していた真莉だったが、もはや気遣いする気力もなく、神経はすり減りきっていた。


「もう結構です」


 それまで黙っていた天音が静かに口を開いた。


 蓮也達3人はキョトンとした顔になる。


「申し訳ありませんが、皆様とのコラボははっきりとお断りさせていただきます」


「天音。ちょっと……」


「いいえ。言わせてください。これまで我慢して皆様の言うことを聞いてきましたが、もう耐えられません。百歩譲って、個々の配信に関する考えやスタンスはいいとしましょう。ですが、悟さんに対する数々の侮辱、これだけは聞き捨てなりません。真莉と榛名がどうするかは知りません。ですが、私はあなた方とコラボすることは金輪際ありません! 悟さんのことをバカにするあなた方とは……」


 蓮也達3人は首を傾げた。


「悟?」


「なんでそこで悟が出てくるんだ?」


 その時、扉の外から声が聞こえてきた。


「ここか?」


「うん」


 扉が開いたかと思うと、悟と榛名が入ってくる。


 蓮也達はギョッとする。


「あっ、悟さん」


「げっ、悟!?」


「なんでお前がここに?」


「僕は彼女らと契約しているマネージャー兼プロデューサーだ」


「えっ?」


「榛名ちゃんのマネージャーって……、お前だったの!?」


「彼女らとコラボしたいなら僕を通してもらおうか。もっとも、今のところ君達とのコラボを受ける気はさらさら無いけどね」


 真莉と天音は弾かれたように悟の下に駆け寄った。


「悟さん、ごめんなさい。勝手なことしちゃって」


「悟さん、私達を迎えにきてくれたんですか?」


 2人の顔を見て、悟はなんとなくこの会合の内容を察した。


「もう大丈夫だよ。さ、車で来たから帰ろっか」


「よう、悟。久しぶりだな」


 蓮也の声が後ろから飛んでくる。


「まだこの業界に居続けるつもりかよ。あんな裏切りやっておきながらよ」


 悟は振り返ってジロリとにらんだ。


 蓮也はニヤニヤしている。


 その軽薄な笑みから、悟は彼に何を言っても無駄なのだと悟る。


「蓮也、これだけは言っておくよ。この3人には君達をはるかに超える才能がある。僕はDライブ・ユニットを超えるグループを作ってみせる」


「なんだと?」


「ディーライのリスナーは全部僕らが貰うってことさ。君達もせいぜい裏切り者には気をつけることだね」


 そう言うと、蓮也はサッと顔を青ざめ、わなわなと肩を震わせる。


 悟は3人を連れて出て行った。


 要と秀仁は首を傾げた。


「なんだあいつ?」


「まるで俺達の中に裏切り者がいるかのような口ぶりじゃないか」


「しかし、どうする? あいつが榛名のマネージャーだとしたら、コラボは望み薄だぜ」


「ったく、こんなことだろうと思ったわよ」


 悟と入れ替わるように由紀が入ってきた。


「げっ、由紀!?」


「お前、まさか聞いてたのか?」


 由紀は3人のカバンにこっそり盗聴器と発信機を仕掛けていた。


 そうして3人の動向をずっと見張り、追跡し、踏み込むタイミングを見計らっていたのだ。


「急に3人で休むとか言い出すから何かと思ったら、どうせこんなことだと思ったわよ。あんた達私に無断で榛名とコラボしようと思ってたわね」


「いや、それは……」


「そして断られた。挙げ句の果てには裏切り者の登場。どう申し開きするつもりなのこの状況。悟に頭下げて榛名とコラボさせて下さいとでも言うつもりなの? んん?」


「「……」」


「これで分かったでしょ? 榛名を加入させるなんて無理なんだから、諦めなさい。わかったわね?」


 バツが悪そうにうつむく要と秀仁。


「蓮也、あんたも分かったの? 反省しなさいよ」


 由紀は蓮也の目の前でテーブルをバンっと叩いた。


 蓮也はこれまでにないほど瞳孔を開く。


 脳内に例の殺伐とした声が流れてくる。


 他人に説教されたり、命令されたりする時現れる、例のアイツが囁きかけてくる。


(ドウシテ コイツハ オレニ イケンスルンダ)


(ドウシテ コイツハ オレヲ オサエツケヨウト スルンダ?)


(ナンノ ケンリガ アッテ ソンナコトヲスル?)


(オマエハ ソンナニ エライノカ?)


(コイツヲ ケサナイト)


 蓮也は由紀のことを凝視しながらテーブルの上に置いてあるナイフを握りしめた。

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