第21話 結束と分裂
(コイツヲ ケサナケレバ)
蓮也がナイフを握って由紀に飛びかかろうとしたその時、要が声をかけた。
「どうした蓮也。そんな風にナイフを持って」
蓮也はハッとする。
「まだステーキは来てないぜ?」
「……いや、なんでもない。それよりも一旦事務所に戻ろう」
「ちょっと、話はまだ終わってないわよ」
「今はそれどころじゃない」
「はぁ? 何を言って……」
「悟との会話で分かった。ディーライに裏切り者が潜んでいる」
「!?」
「ディーライに裏切り者?」
「どういうことだ?」
「ここで話すのはマズい。一旦、事務所へ戻ろう」
4人は食事もそこそこに店を出ていく。
取り残された梨花は、そそくさとその場を後にした。
(私は何も聞いてませんよー)
「ここ最近の俺達の再生数がなぜ落ちていたのか。それはひとえに裏切り者が悟に機密漏洩していたからだ」
「なんだって!?」
「一体誰が?」
「それと共に坂下榛名。こいつが急激に再生数を伸ばした秘密も明らかになった。ウチから流れた機密情報をもとに、いや悟がウチから抜き取った情報をもとに企画をパクっていたからだ」
「そうだったのか」
「道理で。怪しいと思ったわ。あんななんの変哲もない、大して可愛くもない女子高生がいきなりバズるなんて」
「「「……」」」
3人は由紀の言うことに異論はあったものの、スルーして話を続けた。
「あ、待てよ。そう言えば……」
要が思い出したようにスマートフォンを操作し始める。
「あの天音って奴の動画。あいつもフェンリルをテイムするって動画で、まるで俺達が考えた企画と瓜二つだった。それももしかして俺達の企画をパクったのか?」
「じゃあ、まさかあの真莉って奴も」
秀仁もスマートフォンを操作し始める。
「【〈混沌石〉を叩き続ける配信】。これも俺達の企画そのまんまだ」
「う、うむ。おそらくその2人もディーライの企画をパクったんだろうな」
「ちくしょー。そういうことだったのかよ」
「まんまとやられちまったな」
「だが、そうと分かればやることは一つだ。敵にパクられる前に企画を達成させて、パクらせる隙を与えない。スパイや裏切り者がいようと関係ない。実力で先にダンジョンを攻略して、奴らにパクらせる隙を与えない」
「なるほど。それなら付け入る隙を与えずにPVを稼げるな」
「悟の〈マッピング〉はダンジョン内の情報を取得する能力だ。だが、榛名、真莉、茜の3人の能力は大したことがない。俺達のスキルとステータスをもってすれば、先を越せるはずだ」
「よーし、いっちょあのガキンチョ共に格の違いってものを見せてやりますか」
「それにしても悟と繋がってる裏切り者って誰なのかしら」
「どうにか炙り出したいところだな」
「チッ。まどろっこしいな。事務所内に大々的に告知して、怪しい奴を片っ端からぶん殴って吐かせていきゃあいいんじゃねえか?」
要が拳で手の平を叩きながら息巻いた。
「何バカなこと言ってんだ。そんなことすれば警察沙汰だぞ」
秀仁が冷ややかに釘を刺した。
「ああ!? なんだコラ秀仁。やんのか?」
「は? 常識を言っただけだろ?」
「喧嘩しないの。でも、そうね。事務所内にスパイがいることを周知して注意喚起はした方がいいかもね。これ以上情報漏洩しないように……」
「いや、事務所内への周知はまだ控えておくべきだろう。悟がハッタリを言っている可能性も否めない」
蓮也が言った。
「えっ? そ、そう?」
「これについては俺に任せておいてくれ。社長と相談した上で対応を協議する」
「よし。任せたぜ蓮也」
「頼んだぞ」
その時、部屋の外で足音が聞こえたかと思うと、扉が開き大吉が入ってくる。
「ふいー、参った参った。まさか事務所にスマホを忘れてしまうとは。あれ? みんな集まってどうしたんだ? 今日は非番じゃなかったのか?」
蓮也達4人は大吉のことを部外者を見るような目で見た。
「さて、そんじゃ帰るわ」
「俺も。明日に備えなきゃな」
「みんなお疲れー」
「えっ? みんな。おい……」
大吉が呼び止める声も虚しく蓮也達は事務所を後にした。
蓮也達との合コンから逃れた榛名、真莉、天音の3人は、悟の運転する車に乗って店から離れた。
だが、車内には気まずい空気が流れていた。
店から出た後も悟の表情は固いままだった。
真莉は
(やっぱり怒ってるかな悟さん)
しかし、悟から出てきた言葉は意外なものだった。
「みんなすまない。僕とディーライの揉め事に巻き込んでしまって」
「!?」
「謝らないでください悟さん」
「そうですよ。悟さんは悪くありません」
「今回の件ではっきりしました」
天音がキッパリした口調で言った。
「ディーライの機密漏洩の件、悪いのは悟さんではなく彼らの方です! 世間の人がどう言おうと、私は彼らよりも悟さんの方を支持します。悟さんがディーライとコラボしたくないのなら、私はその指示に従います」
「私もです。アイツらとコラボするくらいなら、辞めた方がマシ」
「天音、真莉。ありがとう。そう言ってもらえると助かるよ」
そう言いながら、ようやく悟は顔を綻ばせた。
3人もホッとする。
「で、結局彼らは何がしたかったの?」
悟がそう聞くと、3人は一様に困惑した表情を浮かべた。
「わかりません。蓮也は榛名とコラボしたがっているみたいでしたが」
「他の2人は普通に合コンしてたみたいだったし……」
「……そうか。実のところ、ディーライの事務所からは何度も問い合わせが来ていたんだ。榛名とコラボできないかって。その度に断っていたけどね」
「えっと、今回の件、持ち出してきたのは私の友達なんですけど……」
真莉が恐る恐る申し出た。
「最初は榛名と合コンしたいって申し出だったんです。で、私もディーライの人達と話せるのならと思って誘いに乗ったんですけど」
「そうか」
蓮也は榛名のPV目当てで、他の2人は単に女子高生と合コンしたかっただけなのかもしれない。
そもそもあの場に大吉と由紀がいないというのもおかしなことだった。
由紀は他の女性配信者とのコラボを極端に嫌がるからともかくとして、大吉をハブるのはどういう理由だろう?
(相変わらず足並みの揃わない奴らだな)
悟はDライブ・ユニット時代のことを思い出して嘆息するのであった。
「悟こそなんか心当たりはないの?」
榛名が口を挟んだ。
「喧嘩別れしたんだし、悟の悪口言うのはまあ普通だとしても、いくらなんでもおかしくない? あいつらの語る悟のイメージと私らの持つ悟のイメージ、かけ離れ過ぎててビックリしたんだけど。一体、どんな行き違いがあったらああいう風になるんだよ」
「そうだな。もう巻き込んでしまったし、君達には話しておくべきかもしれないな。僕がディーライを脱退した時のことを」
悟は目に付いたファミレスの駐車場に車を停めた。
4人で店に入ってドリンクバーを注文する。
「僕がディーライを脱退することになったのは、蓮也に嵌められたからだ。ディーライが発足した当時、僕は配信者の1人としてメンバーに加わっていたわけだが、すぐに配信者よりも裏方の企画に適性があることがわかった。メンバーもみんなソロ配信でのサポート不足に悩んでいたところがあったから、僕は配信者の一線から退いて、企画係を担当していたわけだけど、その企画書はすべてリーダーである蓮也に渡していた。けど、蓮也は僕を信頼しているフリをして、裏では企画書の内容を情報漏洩していたんだ。気付いた時にはすでに遅かった。ディーライ及び事務所の内部では、僕が機密漏洩の犯人と決め付けられ、排斥する空気が出来上がっていた」
「何それ。じゃあ、全部蓮也が悪いじゃないですか」
「蓮也はなぜそんなことを? 自分の所属するグループの評判を落として、再生数に貢献している悟さんを追い出して……。そんなことをしても何一つメリットがないのでは?」
「そこが蓮也の巧妙なところだ。まさか蓮也がそんなことをするはずがない。蓮也自身グループの恩恵を1番受けて、自身のチャンネル登録者数も伸ばして、上手くいっているのだから。蓮也がそんなことをしてもなんのメリットもない。誰もがそう思うだろう。すると当然、登録者数も再生回数も微妙な僕に疑いの目がいくというわけだ。事実、誰もが蓮也を信じて、僕が犯人であることを疑わなかった」
「そんな……そんなことが……」
天音は俯いて青ざめた。
蓮也の卑劣さに不気味さと怒りの余り青ざめたのだ。
「ていうか、蓮也だけじゃなく、要と秀仁もグルだったんじゃないですか? あの2人、蓮也とかなり仲がよかったように見えましたけど?」
「うーん。それはどうかな。あの2人も相当癖の強い性格だけど、蓮也みたいに腹黒いっていう感じはしなかったかな」
「悟さん優しいなー。私はあの2人も絶対怪しいと思うけどな」
真莉がそう言うと、天音も無言ながら同意する仕草をした。
「蓮也の犯行に事務所の誰も気付かなかったのか?」
「蓮也は演技力の高い人間だ。普段から謙虚な態度を装って腹黒な本性を隠している。僕も最初は蓮也が裏切っているなど、露ほども疑わなかったほどだ」
「でも、おかしくね? その蓮也って奴はなんでそこまでして悟を追い出したんだよ。悟の企画力のおかげで蓮也も再生数を稼げてたところあるんだろ?」
「分からない。以前からやや過敏で情緒不安定、粘着質なところがあるなとは思っていたが、まさかここまで僕のことを憎んでいるとは思わなかった。いや、そもそも憎んでいるのかどうかも分からない。特に理由もなく人を傷付けるような人間だとは思いたくはないが」
「ま、いいや。要はあの蓮也って奴が悟を陰険な手口で嵌めて、ディーライを追い出したってことだろ? そして、事務所の他の奴らも多かれ少なかれ蓮也に同調した」
榛名がまとめた。
「そうなればやることは1つだな。私達で悟の汚名を返上してやろうぜ。ディーライを超える箱を作って、悟のやり方が正しいことを証明するんだ」
「あっ、いいねそれ。私も賛成」
「是非やりましょう」
「よし。みんなでディーライの奴らの鼻を明かしてやろうぜ」
「「おおー」」
「みんな……」
そうして4人はDライブ・ユニットを超える箱を作ることを誓い合い、早速行動に移り始めるのであった。
事務所を去った後、蓮也はアブプロダクション社長、阿武隈の自宅を訪れていた。
都の中心部に建てられた高層ビルの最上階に足を踏み入れる。
招き入れられた部屋に入ると、都心を一望できる見晴らしのいい窓から夜のネオンが瞬いているのが見えた。
すぐにアロハシャツにサングラス姿の阿武隈が現れた。
「よお。蓮也。どうしたんだこんな夜中に。まあ、座れや」
「実はな。社長。ディーライの内部に裏切り者がいる可能性がある」
「なんだと? 一体誰が?」
「聞いて驚くなよ。ディーライを裏切ってスパイ行為をしてるのは……おそらく由紀だ」
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