第8話 炎上の匂い

 謎のエルフの登場にコメント欄は沸き立った。


 ・ファッ!?

 ・エルフ!?

 ・どうなってるんだ今日は。〈魔剣持ちのゴブリン〉が現れたと思ったら、今度はエルフときたか。

 ・お前ら油断するなよ。榛名たんの敵かもしれんぞ

 ・榛名たんとエルフが敵対した場合、くっ、どっちを応援するか迷うぜ

 ・ワイは榛名たんの味方やで

 ・ワイはエルフのお姉さんにつくわ

 ・おいw

 ・仲間割れすんなw


 コメント欄が仲間割れを起こすのも仕方のないことだった。


 というのもエルフは、金髪碧眼の美女であるだけでなく、かなり豊満な体つきな上、露出度の高い服装だった。


 胸当てと腰に帯びた鎧、籠手と脛当て、マント以外特に何も身に付けていない、アマゾネスを思わせる出立いでたちだった。


 だが、悟と榛名はエルフの美しさに見惚れて油断する気にはなれなかった。


 ダンジョン内でエルフに遭遇した場合、友好的な態度を取ってヒントやアイテムをくれることもあったが、敵対的な行動を取られることもしばしばあった。


 しかもエルフは重々しい剣を腰に帯びて、涼しい顔をしている。


 隙のない足運び一つとってもかなりの手練れであることが見てとれた。


 エルフは榛名の方を見るや、魔剣の方に視線を向けて、目を見開く。


「それは魔王エリゴスの剣!? まさか、そなたが魔王72柱が1柱、エリゴスを討伐した勇者なのか?」


 ・【悲報】魔王あと71体もいる

 ・多すぎやろw

 ・頭おかしなるでこんなん。

 ・というか魔王、お前マジでゴブカスに負けたんか?

 ・魔王72柱が1柱www

 ・エリゴスがやられたようだな

 ・フフフ……、奴は魔王の中でも最弱

 ・ゴブリン如きにやられるとは

 ・魔王72柱の面汚しよ

 ・決して上がることのないお前らのゴブリンに対する評価

 ・なんでや。ゴブリン結構強かったやろ! ディーライも撃退したんやで!

 ・エリゴス。俺悔しいよ。ゴブリン如きにやられたザコ魔王みたいに言われてさぁ

 ・お前らw


「いや、この剣はゴブリンから奪ったんだ。なぜゴブリンが魔剣を持っていたのかはわからない」


 榛名が正直に剣を手に入れた経緯を語る。


 エルフはその顔に困惑を浮かべる。


(なぜ、彼女は魔王を倒したにもかかわらずそれを否定するんだ? はっ、まさか!)


「なるほど。わかりました。あなたは勇者でありながら、その身分を隠して活動されている。そういうことですね?」


「えっ? いや、ちがっ……」


「皆まで言う必要はありません」


 エルフは喋ろうとする榛名を制した。


「今後、私があなたの正体をただすことはありません。何も知らないフリをして、あなたのことを一般人とみなして、その正体には触れずに接することにいたします」


「は、はぁ」


 ・違う。そうじゃないんだエルフさん

 ・その子は勇者やない。ゴブリンから魔剣を強奪した、ただのJKダンジョン配信者や

 ・思い込み激しいタイプやなw

 ・勘違いエルフさんカワヨ


「なぜか魔剣を持っている謎の旅人よ。どうかその名を教えていただけまいか」


「あー、えっと、坂下榛名と申します」


「坂下榛名殿か。つきましては謎の旅人榛名よ。あなたの苦難多き冒険を少しでも手助けしたい。これを受け取ってはくれまいか」


 エルフは榛名に石板を渡した。


「これは?」


「それは我々エルフが連絡手段に用いる石板です。もし、我々の方で魔剣を察知した場合、この石板を通してあなたに魔剣が現れた場所をお伝えしよう」


「わかった。ダンジョン攻略の参考にさせてもらうよ」


「はい。勇者様の……じゃなかった。榛名殿の冒険に幸多からんことを願っております。では」


 エルフは来た道を引き返して、通路の闇へと消えた。


 榛名はドローンの方に向き直る。


「というわけで、〈魔剣持ちのゴブリン〉を仕留めて、エルフさんから特殊なアイテムをもらうことができました。本日のライブ配信はここまでです。来てくださった皆様、ありがとうございましたー。またねー」


 ・乙。面白かったー

 ・乙。濃い配信だったなw

 ・榛名ちゃんおつかれー。またねー

 ・初の新宿ダンジョンでこの戦果はすごい

 ・乙。次回も超楽しみにしてますー


 悟と榛名は転移魔法陣をくぐり、地上へと帰還した。




 自分達のフォロワーを見捨て、命からがら深層から逃げ出した蓮也達は、ようやくどうにか1階層にたどり着いていた。


「はぁはぁ。撒いたか?」


「ああ。どうやら低階層にたどり着いたようだ。ここは1階層くらいかな?」


「ふー。死ぬかと思ったぜ」


「まさかゴブリンごときにあそこまで手を焼くとはな」


 蓮也はドローンのカメラに向き直って、配信を締めるべく咳払いする。


「コホン。えー、というわけで。今回の探索ですが……、〈魔剣持ちのゴブリン〉は見つけられませんでしたーw」


「いやー残念」


「まあ、初めて5人で探索したにしては充分進めた方でしょ」


「そうそう。よくやった方だわ」


「次はもっと上手くやれるさ」


「俺達はディーライ。最強配信者だもんな」


「じゃ、今回の探索はこの辺で。次回こそは〈魔剣持ちのゴブリン〉を……」


 ・〈魔剣持ちのゴブリン〉もう討伐されたらしいですよ


 蓮也が締めようとした時、コメント欄に爆弾が投げ込まれた。


 ・は? マジで? 誰がやったの?

 ・榛名って配信者

 ・謎のエルフも現れて魔王について有力な手がかりも手に入れたみたいっすね

 ・うおう。マジかよ。見に行かなきゃ

 ・一旦落ちます


 同接者数がどんどん減っていく。


 ・おい、他チャンネルの名前出すなよ。マナー違反だぞ

 ・すまん、すまん。ただ、魔剣とエルフがどうなったかは遅かれ速かれ広まると思うぞ。界隈の人間なら要チェックやで

 ・にしても、今回の配信はディーライらしくないっすねー。

 ・普段はこういう案件、絶対逃さないのにね

 ・ね。なんか今回、グダグダだったよね

 ・天下のディーライが女子高生に手柄を取られるとはなw

 ・こんな配信が続くなら登録解除しよっかな

 ・次の配信はもっと盛り上がりますよね。蓮也さん、ファイトです。

 ・もっと工夫して探索した方がいいですよ



 コメント欄を見た蓮也の脳内に殺伐とした声が流れてくる。


 他人に説教されたり、指図されたり、助言されたりすると必ず蓮也の中に流れてくる声だった。


(ドウシテ コイツラハ オレニ イケンスルンダ)


(ドウシテ コイツラハ オレヲ オサエツケヨウト スルンダ? ナンノ ケンリガ アッテ ソンナコトヲスル?)


(オマエラハ ソンナニ エライノカ?)


(コイツラヲ ケサナイト)


 沈黙が場を支配し、配信に微妙な空気が流れ始める。


(なぁ。蓮也。流石に不味くねぇ? どうにか盛り上げないと)


 要が耳打ちした。


「ふー。……大吉。お前、魔力が切れかけてるって言ってたな。次の部屋魔素が充満してるぞ。お前が一番先に入れよ」


「おっ。いいのか? では、遠慮なく」


 大吉はいそいそと先頭に立って、次の部屋に入っていく。


「あっ、手が滑った」


 蓮也はそう言って大吉に斬撃を放った。


「え? ぐふぁ」


 大吉はあえなく瀕死の重傷を負って、発動した生命維持カプセルの中に収納される。




 地上まで運ばれた大吉は、回復魔法と共にカプセルから復帰した。


 すぐに蓮也に対して食ってかかる。


「何しやがるこの野郎」


「ははは。そう怒るなよ」


「撮れ高、撮れ高」


「撮れ高だと!? 仲間に致命傷を負わせるのがか?」


「そうだよ。リスナーは刺激を求めてるんだ」


「ホラ。コメント見ろよ」


 ・さすが蓮也さん

 ・笑える

 ・体を張ったギャグいいっすねw

 ・批判は気にせずどんどんやっちゃってください


「ほらな。大好評だぜ。みんなこういうのを求めてるんだよ」


「ぐ、ぬ、ぬ」


「ちゃんとお前もノリに合わせろよ」


「SNSでも空気読んで話合わせるんだぞ」


 メンバー全員とコメント欄の圧力に押され、仕方なく大吉はSNS上でも道化に徹する。


 そうして大吉の体を張ったギャグは、SNS上でも、配信サイトのコメ欄でも絶賛で溢れかえるものの、当然のことながら良識的なリスナーはモヤモヤした気分になる。


 中には気分が悪くなるあまり、サイレント登録解除を行う者もいるほどだった。


 一方で、炎上の匂いを嗅ぎ付けたタチの悪いリスナーがどこからともなくわんさか集まってきて、チャンネル登録していく。


 そんなわけで見かけ上、チャンネル登録者数は増加しているものの、潜在的な害悪ユーザーの比率も増加しており、誰も気付かないままDライブ・ユニットの視聴者層の質は急速に劣化していくのであった。


 そして、この後Dライブ・ユニットの登録者数は日を追うごとに下落していく。

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