第7話 〈魔剣持ちのゴブリン〉

 悟と榛名は15階層へと到達していた。


 2人のあとをけてきたナンパ男は悲喜交々だった。


(くっそ。あの女がまさかここまで強いとは。だが……、へへへ。この2人に付いてきたおかげでかなりのアイテムをゲットできたぜ。このアイテムを売り捌けばかなりの収益が期待でき……ん?)


 ナンパ男は背中に何かゴツゴツしたものがぶつかるのを感じた。


 振り返ると魔法銃を持っているゴブリンがいる。


 ゴブリンは男が悲鳴をあげる間もなく、銃弾を放った。


 魔法銃を至近距離からまともに受けた男は一瞬で瀕死状態に陥る。


 装備していた生命維持装置が発動・展開し、男をカプセル状の装置に包み込み、かろうじて生命を維持する。


 男の所持していたアイテムと装備は辺りに散らばる(生命維持装置は探索者の命を保護し、無敵状態にする代わりに全てのアイテム装備をダンジョン内に排出してしまう)。


 カプセルはそのまま自動でダンジョンの出口まで進んでいき、後日、カプセル回収サービスによって、男は回復魔法をかけられ一命を取り留めるが、公共サービス利用料として10万円が請求されることになる。


 意味のないストーカー行為一つにやたら大きなツケを支払うことになるのであった。




 悟は〈マッピング〉でDライブ・ユニットの位置を調べていた。


聖騎士パラディンがゴブリンに追い立てられて逃げていく。蓮也達は11階層でギブアップか。……あ、後ろの奴の反応も消えた)


 入り口から悟と榛名の後をつけていたプレイヤーが1人。


 何が目的か分からないが、ずっと2人の後ろにひっついていた。


 そして今、消えた。


 おそらくモンスターにやられたのだろう。


(結局、何がしたかったんだ? 後ろからコソコソ尾けてきて。てっきり獲物やアイテムを横取りするのが狙いかと思っていたが……)


 悟は首を傾げた。


(ま、いっか。榛名の配信には特に影響はないし)


「悟。これ見ろよ」


 榛名がドローンから流れてくる速報通知を指差した。


「Dライブ・ユニットの奴らが深層から撤退したって」


「ああ、こっちの〈マッピング〉でも確認した。喜べ榛名。今、このダンジョンでは君が最強だ」


「おっ。マジで? やりぃ」


(榛名のステータスも要件を満たしている。あとは〈魔剣持ちのゴブリン〉の出現を待つだけだな)




 ここ最近、ダンジョン界隈で話題にならない日はないモンスター〈魔剣持ちのゴブリン〉。


 魔王が所持しているはずの魔剣。


 それをなぜか装備しているゴブリンが新宿ダンジョンを彷徨って、上級冒険者を返り討ちにしているのだ。


 悟はDライブ・ユニットに所属していた頃からずっとこの〈魔剣持ちのゴブリン〉について調査していた。


 新宿ダンジョンを〈マッピング〉で観測し続けた結果、〈魔剣持ちのゴブリン〉はおよそ1時間毎に15階層に出現して、消えたり現れたりしていることがわかった。


 〈魔剣持ちのゴブリン〉を討伐するためには、15階層に1時間以上留まり続けられるだけの火力を準備する必要がある。


 榛名と悟が15階層をぶらつくこと20分。


 悟のマッピングが〈魔剣持ちのゴブリン〉の位置情報を捉えた。


 悟と榛名は現場へ急行する。


 ゴブリンがちょこちょこ現れて行手を阻んだが、ダンジョン最強の火力と最高の機動力を持つ榛名を止められるものはいなかった。




 悟と榛名は〈魔剣持ちのゴブリン〉がいる建物の扉の前で最後の打ち合わせをする。


「榛名。この先に〈魔剣持ちのゴブリン〉がいる」


「うん。いよいよだね」


「魔剣の効果は不透明だ。どうも魔法への対抗力がある程度のことしかわからない。ヤバイと感じたらすぐに撤退すること。いいね?」


「うん。任せて」


 榛名はドローンに向かって話しかけた。


「はい。みなさん、お待たせしました。クマさんによると、この先に超強力なモンスターがいるみたいです」


 ・超強力!?

 ・何がいるんだ。ゴクリ。

 ・ワクワク。


「これから最強火力と最高機動力でこの超強力モンスターを討伐したいと思います。では行ってみましょう」


 榛名は鉄製の重い扉に手をかけて、部屋へと侵入した。


 扉を開けると、これまでとは明らかに質の異なる魔素が肌にまとわりついてくる。


 まるで空気の濃度が変わったみたいだった。


 普段から魔素を取り込んでいない人間がこの部屋に入れば、高山病のような症状になっただろう。


 榛名にはこの部屋に紫色のもやがかかっているように見えた。


 足を進めるにつれて、部屋の全体像が判明してくる。


 床にはモンスターのものと思しき頭蓋骨が転がっている。


 オークやオーガ、ドラゴンの頭蓋骨まであり、とてもゴブリンがやったとは思えない。


 煌々と光る炉を内包した瓶がそこらじゅうに散らばっている。


 まだ、未完成の〈魔力炉〉だ。


 どうやら〈魔力炉〉はここで製造された後、各階層のゴブリンにばら撒かれているようだ。


 そうして、作りかけの炉と骨の散らばった部屋の奥、魔素の源流に目をやると、果たしてそこにそれはいた。


 うず高く積まれた骨の上に座るゴブリン。


 脇には禍々しい黒の大剣が骨の山に突き立てられている。


 〈魔剣持ちのゴブリン〉だった。


 ドローンが〈魔剣持ちのゴブリン〉をカメラに捉えると、コメントの流れが速くなる。


 ・魔剣!?

 ・なぜゴブリンが魔剣を!?

 ・ゴブリンが魔剣を持ってるってことは……。

 ・魔王、お前まさかゴブリンに負けたんか?

 ・これは大変なことやと思うよ。

 ・〈魔剣持ちのゴブリン〉マジでいたwww


 ゴブリンは榛名を見るや否やニタニタといやらしく笑って、禍々しい魔剣を抜いた。


 辺りにはこれまで仕留めたらしいオークの髑髏しゃれこうべが散らばっている。


 魔剣の魔力に当てられたのか、同族を殺すほど凶暴化しているようだ。


(この階層でオークよりもゴブリンの方が強いのはこいつの影響か。こいつの魔力に当てられて、ゴブリンが知能と器用さに目覚めたんだ)


 榛名は銃を構えた。心の中で呪文を唱え、〈炎弾〉を撃ち出す。


 が、〈炎弾〉はあえなく魔剣に吸収される。


(!? 魔法攻撃を吸い込むのか?)


 ゴブリンはニヤリと笑った。


 一気に距離を詰めてくる。


「チッ」


 榛名は距離を保とうと後退した。


 が、ゴブリンは剣の間合いからはるかに離れた場所から斬撃を繰り出してくる。


 オレンジ色の三日月の形をした斬撃。


 榛名の〈炎弾〉を取り込んだ炎の斬撃だった。


 榛名は〈空中遊歩エアリアル〉で高速バックステップし、かろうじて斬撃をかわす。


 炎の斬撃が当たった壁は、抉られた上、黒く焦げた跡がついた。


 ゴブリンはニヤニヤしながら、剣をもてあそぶ。


(〈炎弾〉は吸収される。斬撃からは逃れられない)


 一見、万事休すに思えた。


 だが、榛名の目は死んでいなかった。


 榛名は昔を思い出していた。


 まだ、未熟だった頃、まだ悟の手を借りなければ見習い用のダンジョンでも四苦八苦していたあの頃のことを。


(懐かしいな。あの頃も散々こんなシチュエーションを想定して鍛えてもらったっけ。〈炎弾〉の通じない相手、自分より攻撃力の高い相手に対してどう粘るか)


 記憶に甦る、悟からの教え。


「榛名。君のスキルは高機動・高火力。基本的には接近戦を避けて、遠くから相手を確実に仕留める立ち回りをすること。だが……、時として不利な間合いで戦わなければならないこともあるだろう。相手の火力、敏捷、防御力のいずれかもしくは複数がずば抜けている時だ。その時、どう粘るか。それが勝率を格段に上げるはずだ」


 ゴブリンは再び斬撃を浴びせようとして間合いを詰める。


 が、その瞬間が榛名の狙い目だった。


 榛名はすでに見抜いていた。


 ゴブリンが魔法攻撃を受ける際、魔剣を自身の体の前に持ってきて、自分と魔法の間を遮ることを。


 榛名はこれまで溜めてきた火力と燃費を使って〈炎弾〉を連射する。


 案の定、ゴブリンは魔剣で〈炎弾〉を遮ろうとする。


 榛名は〈炎弾〉をブラインドにしながら、〈空中遊歩エアリアル〉で一気に距離を詰め、ゴブリンの魔剣を握る手を蹴り上げる。


 魔素の影響を受けていない物理攻撃は、ゴブリンの生命力を削ることはないが、その一方で物理法則には逆らえない。


 魔剣はゴブリンの手を遠く離れて宙を舞い、床を転がっていった。


 無防備になったゴブリンに、榛名は銃口を向ける。


 ダンジョン内に1発の銃声が響きわたった。


 ゴブリンの頭は消し飛んでいた。


 榛名はニッコリ笑って、悟とドローンの方に手を振る。


 ・うおお魔剣ゴブ仕留めたぁぁぁー

 ・ふー、ハラハラした

 ・〈炎弾〉が効かなかった時はどうなることかと

 ・久しぶりに体術で魅せたなw


(一見手詰まりな場面でも、立ち回りと機転で突破口を見つけられる。これが榛名の隠れた強さだな)


 ゴブリンが消えると、その後には地上への転移魔法陣が出現した。


 魔剣はすっかりその邪悪な魔力を潜め、大人しくなっている。


 榛名は魔剣を拾って、ドローンに向かって掲げる。


「魔剣ゲットー」


 ・うおお魔剣手に入れたぁ

 ・実質、魔王討伐?

 ・結局、あのゴブリンはどうやって魔剣を手に入れたんだ?

 ・待て。誰か近づいてきたぞ


 悟と榛名もドローンが近づいてきた何者かをカメラに収めようとしているのに気付いた。


 真っ暗な通路から聞こえる足音。


 その足音の主は神々しいまでの美しさに尖った耳の持ち主。


 エルフだった。

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