第13話 フェンリルのテイム
配信を終えた真莉と悟は、代々木ダンジョンを離脱した。
ダンジョンを出ると、すぐに榛名と天音が迎えに来てくれる。
「おーい。真莉」
「真莉、凄いじゃないですか。同接1000人を超えてましたよ」
天音がスマートフォンをかざしながら言った。
どうやら2人とも真莉の配信を見ていたようだ。
「うん。悟さんのおかげでね。ただ、錬金槌を振り回し過ぎたせいで筋肉痛ならぬ魔力痛が……」
真莉は肩をコキコキさせながら言った。
魔力痛は魔力を使い過ぎた時に訪れる肩こりのような症状だった。
「大丈夫かー?」
榛名が真莉の背後に回って肩を揉む。
「おお、すまない」
真莉は椅子に座って、榛名のサービスを受ける。
「さて、それじゃあ次は天音の番だね」
「はい。では、早速、ダンジョンに潜りましょう」
天音が待ちきれない様子で言った。
「よし。やる気は十分のようだね。それじゃ、まずは移動しようか」
悟は3人を連れてお茶の水ダンジョン前へと移動した。
かつては雅なカフェのあった瀟洒な街並み、今は実用性重視の防御施設に囲まれている。
「悟さん。お茶の水ダンジョンには何があるんですか?」
「うん。その前にまず確認だけど、天音、君のこれまでの配信を見たところ、モンスターテイム系の動画をかなり上げているね?」
「はい。モンスターテイム系の動画は一番撮ってます」
「そこで君におあつらえ向きの企画がある。これさ」
悟はお茶の水ダンジョンで取得したマップを3人に見せる。
ダンジョン内に散在するAクラスモンスターの表示。
悟はさらにAクラスの表示をタップして、詳細を表示した。
するとAクラスモンスターの詳細が表示される。
――――――――――――――――――――
フェンリル
――――――――――――――――――――
狼族モンスター。
災いの獣であり、飼い慣らすことは不可能だ
と言われている。
魔力を蓄えることで、自在に体の大きさを変
えることができる。
――――――――――――――――――――
「天音がこれまで蓄積してきたテイム系ステータスを活用して、このモンスターをテイムするんだ。配信のタイトルは【伝説のフェンリルをテイムする配信】だ」
悟がそう言うと、天音は訝しげな表情をした。
「? 何か気掛かりなことでもあるのかい?」
「その……企画を考えていただいたのはありがたいのですが、私の実力でフェンリルをテイムするのは難しいのではないかと。フェンリルは物凄く速くて強いモンスターと聞きますし」
「そこがこの企画の肝さ。これを見てくれ」
悟はマップ上に映っている別のモンスターをタップした。
すると、そのモンスターの詳細が表示される。
――――――――――――――――――――
オウルベア
――――――――――――――――――――
フクロウの頭部を持った熊型モンスター。
――――――――――――――――――――
「フェンリルとオウルベアは共に強力なモンスターだ。そして仲がよくない。出会えば必ず戦うことになるだろう。そこで弱ったところをテイムするというわけさ」
「なるほど。そんな方法が……」
「お茶の水ダンジョンでは頻繁にフェンリルとオウルベアが縄張り争いしているみたいだ。2匹が近くにいる場所へと行くだけで、漁夫の利が取れるはずだよ」
「フェンリルがオウルベアに倒されちゃったらどうするんですか?」
真莉が口を挟んだ。
「その場合はオウルベアをテイムすればいい」
「あ、そっか」
「フェンリルをテイムできることはよくわかりました。ただ、弱っているフェンリルをテイムしたとして、それで視聴者の皆様は納得するのでしょうか? 結局、自分よりも弱いモンスターをテイムしただけで、配信企画に偽りがあるのではありませんか?」
(ふむ。若いのになかなか信用の大切さがわかってる
しかも視聴者の利益を常に念頭に置いている。
芯の強さと倫理観の高さが窺えた。
こういうタイプから信頼が勝ち取れれば、高い忠誠心が期待できるだろう。
「そうだね。弱ったままのフェンリルでは、大した戦果にならない。テイムできても旨味はあまりないだろう。弱ったままならね」
「あ、わかった。回復アイテムとかでフェンリルを回復させるんだ」
榛名が先に答えを言ってしまった。
「そう。弱ったフェンリルを捕獲して、回復させる。これでフェンリルのテイム配信の完成だ」
「……」
天音はまだ引っかかるものがあるのか首を傾げている。
「天音。ここで議論していても答えは出ない。ダンジョンの中に入らないと分からないことがある。ここは僕を信じてついてきてくれないか」
「……はい」
お茶の水ダンジョンの階段を降りると、そこは緑あふれる森林だった。
屋内なのに白い光に溢れており、木々と草花は思い思いに光合成を行っている。
だが、普通の森とは明らかに異なるところがある。
魔素が充満しているのだ。
「アイテム、ボーラ」
天音がボーラを取り出すと、メイン装備と職業がダンジョンによって登録される。
――――――――――――――――――――
【駒沢天音】
ジョブ:
HP :50/30sp
MP :50/30sp
交渉 :90+30/30sp
器用 :30/30sp
【アイテム】
〈ボーラ〉(メイン装備)
【スキル】
〈テイム〉
――――――――――――――――――――
天音はドローンを起動させて、配信を開始した。
悟も彼女のSNSを更新する。
すると、すぐに同接数は伸びて視聴者が入り、コメントが投稿された。
・これは気になる配信だな
・これは俺得な配信。フェンリル、テイムする方法探してたんだよねー
・フェンリルってテイムなんてできんのか? ディーライの要も不可能って言ってたぞ
・うおっ。お嬢様系!?
天音はいきなりの同接数の伸びとコメントに驚いた。
(本当にすぐ視聴者、来ちゃった。悟さん、企画力に関しては本物だ)
「天音。挨拶しとこうか」
「はい。コホン。どうも皆様、初めまして。私、駒沢天音と申します。今日はお茶の水ダンジョンでフェンリルのテイムに挑戦してみたいと思います。よかったら配信、見ていってください」
悟と天音は森の中を進んでいった。
森の中とはいえ、ダンジョンであることに変わりはない。
太く密生した木々が壁となり、部屋と区画を形作っている。
ただ1つ、他のダンジョンと違うのは周囲に木々が生えているため、モンスターが隠れやすいこと。
木の実や植物系のアイテムが採取しやすいことだった。
天音はドローンに向かって、すなわち視聴者に向かってしゃべりかける。
「えーっと、皆様、この配信の意図ですが、私、ダンジョンの情報屋をしている方からフェンリルに関する有力な情報を入手いたしました。フェンリルの居場所、テイムしやすい場所などです」
・なんやその怪しい奴はw
・騙されてない?
・榛名の配信にも出てきたね。そういうの。
・流行ってんのか?w
「では、早速、フェンリルがいる区画まで行きたいと思います。あ、ちょっと待って下さい。この区画にもモンスターがいるみたいなので一度準備運動がてらテイムしてみたいと思います」
天音は鎖型の武器ボーラを取り出して、腕に巻き付ける。
この鎖は魔力を注入することで自由自在に伸び縮みする。
モンスターをテイムする際に使われる一般的な武器だ。
・出たー、ボーラ
・使えそうで使えない
・そんなんでフェンリル大丈夫か?
茂みがガサガサし始めたと思ったら、兎モンスター、ホーンラビットが現れた。
頭部に生えた角で攻撃してくる。
「やあっ」
天音は鎖を投擲した。
鎖はぐんぐんその長さを増して、先についたテニスボール大の鉄球がホーンラビットに向かって飛んでいく。
ホーンラビットは鉄球をかわしたが、鎖は追尾してホーンラビットの足に巻き付く。
「えー。このように器用値でモンスターの敏捷値を上回っていれば、ボーラで捕獲することができます」
天音はリスナーに向かって解説した。
「ここからはモンスターとの交渉フェイズに入ります。交渉フェイズに入れば、モンスターから攻撃を受けることはありませんが、交渉を上手く成立させなければ、モンスターを完全にテイムすることはできません。では、実際にやってみたいと思います」
天音とホーンラビットの間で、魔力のやり取りが行われて、コミュニケーションが成立する。
ホーンラビットは攻撃をやめて意思疎通に応える。
鎖によって心が繋がったため、天音もホーンラビットも互いに攻撃できない状態になった。
ここからは物理的な攻撃力よりも
天音の魔力+交渉値がホーンラビットの魔力+交渉値を上回っていればいるほど、交渉は上手くいく。
天音とホーンラビットは交渉を始める。
(命だけは助けてくれ)
ホーンラビットは足踏みして耳をピョコピョコ動かしただけだが、鎖で繋がっている天音には意図が理解できる。
「命を奪うつもりはありません。あなたが私達に危害を加えないのであれば」
(あんた達に危害を加えるつもりはない。殺さないでくれ)
「わかりました。では、その角をいただけますか?」
(わかった)
ホーンラビットは自らの角をポロリと落とす。
ホーンラビットの角は錬金術で加工すれば、武器や薬に変わる。
角は数時間でまた生えてくる。
角を受け取った天音は、ホーンラビットを解放した。
ホーンラビットは茂みに逃げて行く。
「ホーンラビットの角を手に入れました。これは錬金術師さんによって加工してもらえらば、強い武器や回復薬となります」
天音がドローンに向かってホーンラビットの角を示しながら言った。
・ナイステイム
・とりあえず、ホーンラビットのテイム成功だね。幸先がいいね
・そんなことよりフェンリルのテイムはよ!
・疑うわけじゃないけど、この程度の強さでフェンリルをテイムしにいって大丈夫か?
・まあ、テイムスキルでできるのは、この辺が関の山だよね
(やはりこうなりますよね)
天音は唇をかすかに
「皆様、疑う気持ちは分かりますが、フェンリルのテイムは必ず成功させます。どうかもう少しだけお付き合いくださいませ」
・わかった。信じてるよ天音ちゃん!
・ほんとに大丈夫か? 無理はしない方が
・どうやってテイムする気なんだ(ドキドキ
・止まるんじゃねぇぞw
その後、悟と天音は少し回りくどい道程をたどった。
回復アイテムを手に入れるために薬草を採取したり、〈魔石〉でMPを補充したり、モンスターを倒して〈耐震の指輪〉というアイテムをドロップさせたりした。
コメント欄に困惑が広がる。
なぜフェンリルを倒すのに、回復アイテムや〈耐震の指輪〉なのだろう?
悟と天音は草むらに覆われた場所まで来た。
「さて、天音。いよいよフェンリルのいる部屋に行くよ」
「はい」
「この草むらには落とし穴が隠されている。踏み込めば下の階層に落ちることになる。そこにフェンリルはいる」
悟はマップを表示させた。
マップにはフェンリルとオウルベアを示すマークがぶつかり合っている様子が示されている。
フェンリルとオウルベアが戦っているのだ。
このままいけば、フェンリルが勝ちそうだった。
ただし満身創痍の傷を負って。
「本来、落とし穴を使って下層に降りれば、そこまでの道順をスキップできる一方、代わりに大ダメージを受ける。しかし、この〈耐震の指輪〉を付けていれば、ダメージを防ぐことができる。ノーダメージでフェンリルの前までスキップできるというわけだ。あとは満身創痍のフェンリルを相手に戦い、テイムすればいい」
「はい」
「もうすぐフェンリルとオウルベアの戦いが終わる。そうなれば作戦開始だ。今のうちに心の準備をしておいて」
コメント欄では「フェンリルのテイムはよ」の大合唱が起こっていた。
・魔力も補充できて順調だね
・急かしてる奴は気にせず気軽にいこうね、天音ちゃん。
・本当にフェンリルテイムする気あんのか?
・流石に配信タイトル、攻めすぎたんちゃうか?
・早めにごめんなさいした方がいいような
同接数は1000を超えていた。
予想以上の伸びだが、若干、ガラの悪い連中に嗅ぎつけられたようだ。
これでもし失敗すれば炎上するかもしれない。
だが、成功すれば、逆に跳ねるだろう。
悟のマップ上からオウルベアの反応が消えた。
フェンリルが勝利したのだ。
天音は配信を再開した。
「お待たせしました皆様。これからフェンリルをテイムしにいきたいと思います」
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