第4話 アイテムの力

 ダンジョンの入り口は地下へと続く普通の階段にすぎない。


 かつては地下鉄への階段だったが、今はモンスター蠢くダンジョンへと繋がる奈落の門である。


 階段を降りて、ダンジョンに入場した時点で、榛名の装備はダンジョンに登録・・され、ステータスに反映される。



――――――――――――――――――――

【坂下榛名】

 ジョブ:ガンナー

 HP :50/10sp

 MP :50/10sp

 敏捷 :30(×2)/10sp

 火力 :30+30/10sp


【アイテム】

 〈魔装銃〉(メイン装備)

 〈エア・シューズ〉(メイン装備)

 〈沼の魔法陣〉×5


【スキル】

 〈炎弾〉

 〈空中遊歩エアリアル

――――――――――――――――――――



 登録ボーナスとして、〈魔装銃〉から火力+30、〈エア・シューズ〉から敏捷(×2)(跳躍時のみ敏捷値2倍になるスキル〈空中遊歩エアリアル〉)がもたらされる。


 数値の後ろに付いている/10spのspとは、ステータスポイントのこと。

 

 ダンジョンから出た時に持って帰る・・・・・ことのできるステータスの最大値だ。


 持ち帰ったステータス値は装備に登録され、同じ装備を身に付ければ、次のダンジョン探索時にも使用できる(ダンジョン外でも使用できる)。


 現在、榛名のHPとMP、敏捷、火力は10spだから、今、ダンジョンから出るとHPとMP、敏捷、火力は10しか持ち帰れない。


 余剰値分はアイテムに変わる(火力なら余剰値10ごとに〈魔石小〉1個、敏捷なら余剰値10ごとに〈軽化の羽〉1枚)。


 持って帰ることのできる最大値は、ダンジョンによってまちまちだ。


 30spしか付かないダンジョンもあるし、200spまで付くダンジョンもある。


 基本的にダンジョンの奥深くまでいけばいくほど、高いspが獲得できる。


 ここ新宿ダンジョンでは、10階層までたどり着けば、100spが付くことが確認されている。


 ただし、9階層以下だとどこまで辿り着いても10spなので、探索者はどれだけステータスを強化しても全ステータス10しか持ち帰れない。


 なので、新宿ダンジョンは非常にステータスを持ち帰るのが難しく、探索者泣かせのダンジョンだと言われている。


「アイテム〈魔装銃〉」


 榛名がそう唱えると、魔法陣の装飾が施された銃が手元に収まる。


 榛名は膝を伸ばして準備運動すると、撮影型ドローンを作動させて配信を開始した。


「コホン。どーも榛名でーす。今日は新宿ダンジョンに来ています」


 待ち構えていたかのように、チャンネルのコメント欄が沸き立つ。


 ・キター

 ・待ってました。榛名たんの配信!

 ・榛名たん、がんばえー


 ドローンに表示されている同時接続数は早くも500を超えている。


(うわお。流石、悟の考えた企画。一瞬で同接500になった)


 いつもはせいぜい同接100人が限界だが、今日は一瞬で同接最高記録だ。


「予告通り最強火力を目指してダンジョン攻略していきます。ターゲットは最近、界隈でバズっている〈魔剣持ちのゴブリン〉。魔剣を持ってるゴブリンなんて本当にいるのかと真偽が疑われていますが、なんと今回、耳寄りな情報をキャッチしました。〈魔剣持ちのゴブリン〉の下まで案内できるという方が現れたのです」


 ・な、なんだってー

 ・ついに魔剣への案内人が……ゴクリ

 ・怪しすぎるだろw

 ・信用できるのか?

 ・〈魔剣持ちのゴブリン〉……。本当にいるのか?

 ・ていうか、新宿ダンジョンで最強火力って……

 ・流石に逆張り狙いすぎちゃうか?

 ・面白い。どうやって火力で新宿ダンジョン攻略するのか。見せてもらおうじゃん。


「魔剣への案内人であるその人の名前は明かせませんが、かなり信憑性の高い情報なので信じて付いていこうかと思います。じゃあ、よろしくお願いします。ガイドのクマさん


「どうもガイドのクマさんです」


 榛名の配信機には悟の名前のところだけ「クマさん」という音声が入るようにあらかじめ設定されている。


 また、悟の姿にも加工がかけられ動いているクマの人形が映るようになっている。


 声も少しもっさりしたものに変えられている。


 撮影機が悟の姿を映しても、視聴者側にはその人物のなりは一切分からない。


「じゃあ、行きましょうかクマさん」


「はい。まずはこっちの階段を降りていきましょう」


 榛名と悟は階段の1つを選びさらに地下へと足を運んでいく。




 2人の後をつけてダンジョンに入ってきた男、先ほど榛名をナンパした男は2人の様子を忌々しげに柱の影から眺めていた。


(くっそ。ダンジョンでイチャイチャしやがってバカップルが。まあいい。こいつらがモンスターにやられて失敗するところを見て笑ってやるぜ)


 先ほどは咄嗟のことで確認できなかったが、男の方もたいしたステータスではない。


 これなら2人とも危険地帯に入った途端、モンスターにやられるだろう。


 ナンパ男は自身の撮影機を構えて録画を始める。


(カップルで失敗するところを録画して、世界中に配信してやるぜ。世のリア充爆発しろ勢にバズること間違いなし。ククク。世界中の失笑を一心に集めてやるぜ)


 そんなことを考えているうちに2人は通路を通り次の部屋へと入っていく。


 その部屋には魔素が充満していた。


(これが新宿ダンジョンの魔素か。なるほど。学生向けダンジョンとは一味違うな)


 これだけ魔素が満ちていれば、どれだけ魔法を放っても立ち所にMPは補充されるだろう。


「榛名、気を付けろよ」


「うん。わかってる。ゴブリンがいるんだよね。皆さん、この部屋にはゴブリンがいます。そして、クマさんによると、この部屋のゴブリンを倒せば、30%の確率でレアアイテム〈魔力炉〉がドロップされるそうです」


 ・? ゴブリンを倒して〈魔力炉〉?

 ・なーにを言っとるんやこのクマは。

 ・大丈夫か。このガイド。

 ・ダンジョンニュースすらチェックしてないんじゃ……。


 物陰からゴブリンが飛び出してきた。


 棍棒を振り上げながら襲いかかってくる。


 しかし、榛名にとってそれは悟から事前にもらった情報通りだった。


 魔法陣の刻まれた銃を取り出して照準を定める。


(〈炎弾〉!!)


 銃口の先に魔法陣が展開されたかと思うと、魔法陣から〈炎弾〉が飛び出して、ゴブリンを消し炭にした。


 そして、光となって消えたゴブリンの後には、煌々と光る炉を内包したびんがドロップされる。



 ――――――――――――――――――――

 〈魔力炉〉

 ――――――――――――――――――――

 レア度:A

 火力 :+50

 燃費 :+50

 ――――――――――――――――――――

 ダンジョンから出た時、〈魔力炉〉は消滅す

 る。 

 余剰の燃費値は、〈魔石小〉に変わる。

 ――――――――――――――――――――



「よし。みんなー。〈魔力炉〉手に入れたよー」


 榛名がドローンに向かって瓶を掲げてみせると、コメントの流れが速くなった。


 ・ファッ!?

 ・いきなり激レアキター

 ・いや、運良すぎるやろw

 ・クマの情報マジだったwww

 ・お前ら、クマさんにごめんなさいは?


「お、いきなり引き当てたか」


「へへー。凄いだろ」


 榛名は〈魔力炉〉をアイテムボックスに入れる。


 榛名の各種ステータスが強化された。



――――――――――――――――――――

【坂下榛名】

 ジョブ:ガンナー

 HP :50/10sp

 MP :50/10sp

 敏捷 :30(×2)/10sp

 火力 :60+50/10sp(NEW!)

 燃費 :+50/10sp(NEW!)


【アイテム】

 〈魔装銃〉(メイン装備)

 〈エア・シューズ〉(メイン装備)

 〈沼の魔法陣〉×5

 〈魔力炉〉


【スキル】

 〈炎弾〉

 〈空中遊歩エアリアル

――――――――――――――――――――



 この燃費というステータスは、火力系魔法に限って、魔力効率を向上させる効果がある。


 例えば燃費50なら、火力魔法を使う際、通常よりも50少ないMPで魔法を撃てる。


 MP50以下の魔法ならば、MP消費0で撃てる。


 MPの補給効率が重要なガンナーにとって、夢のようなアイテムである。


 榛名は試しに火力110の〈炎弾〉を撃ってみる(〈炎弾〉はMP1毎に火力2で敵を攻撃するスキル。最高火力は火力値に依存する)。


 先ほどの2倍近い火力の弾丸が壁に向かって放たれる。


「おおー。これが火力110の〈炎弾〉!」


「どう? 新宿ダンジョンの魔素は? 魔力酔いとかはない?」


「うん。いい感じ」


「よし。じゃあ、次行こうか」


 悟と榛名は何事もなかったかのように涼しい顔で先へと進む。


 ナンパ男は榛名がレアアイテムを引き当てたのを見て歯軋りした。


(くっそ。ド素人のくせにいきなりレアアイテム引き当てやがって。だが、このダンジョンには〈魔封じの盾〉を持ったオークが現れる。ガンナーがいつまでも幅を利かせられると思うなよ)


 ナンパ男は2人が調子に乗ってより深層へと進むことを期待しながら後をけていくのであった。


 そして榛名と悟は、男の期待通りダンジョンの奥へと足を踏み入れる。


(へへへ。いよいよ。こいつらが阿鼻叫喚をあげる姿が見れるぜ。バッチリカメラに収めてやるから覚悟しろよ)


 ところが、2人は〈魔封じの盾〉持つオークに遭遇することなく、次の階層への階段にたどり着いた。


 2階層も3階層も難なく通り過ぎる。


(なんだ? どうなってんだ。なぜ、モンスターが現れない?)


「マッピング」


 悟がマップの最新情報を取得するとモンスターの位置情報が著しく偏っているのが分かる。


(やっぱり。オークのほとんどは蓮也達の方に向かってるな)


 ダンジョンは生き物だ。


 探索者の行動にモンスター達は敏感に反応して、配置を変えてくる。


 オーク達はダンジョンに30名近い大所帯が侵入してきたのを察知して、野合を組み、連立してDライブ・ユニットとその追随者を叩こうとしていた。


 オークはその巨躯と醜悪な外見に反して、縄張り意識に関して繊細なところがあるのだ。


「どう? オークはちゃんと向こうに食い付いてる?」


「ああ。作戦通りだ」


「じゃあ、しばらくは大丈夫そうだね」


「とはいえ、油断は禁物だぞ。まだはぐれオークの来る可能性が……っと、噂をすれば」


 長い通路の向こうに〈魔封じの盾〉持つオークがいるのを悟のマッピングが捉えた。


 すぐにオークはこちらに気づいた。


 ゴブリンよりはるかに背が高くがっしりした体格。


 それがこの逃げ場のない細い通路で待ち構えている。


 オークは2人を認めると盾を構えながら突進してきた。


 榛名は銃を構えて撃つ……フリをしながら足下にアイテム〈沼の魔法陣〉を置いて、バックステップした。


 スキル〈空中遊歩エアリアル〉を持つ榛名の後ろ飛びは、後退にも関わらず、走り幅跳びしたかのように一瞬で10メートル以上背後に移動する(〈空中遊歩エアリアル〉はジャンプした時だけ、敏捷が2倍になるスキル)。


 榛名の目まぐるしい動き、盾のせいで狭まった視界、細い通路、巨体での突進。


 これらの条件すべてを満たしたオークは、あっさりと仕掛けられた沼のトラップにハマってしまう。



 ――――――――――――――――――――

 〈沼の魔法陣〉

 ――――――――――――――――――――

 レア度:C

 ――――――――――――――――――――

 この魔法陣が置かれた場所には沼が出現する

 。

 沼に足を取られた者はしばらくの間、そこか

 ら動けない。

 ――――――――――――――――――――



 この〈沼の魔法陣〉こそ、悟がはぐれオーク対策として用意していたアイテムである。


 沼にハマったオークは体勢を崩して、盾の構えを解いてしまう。


 その隙に榛名はオークの頭を撃ち抜いた。


 オークは光となって消え、持っていた装備とアイテムをドロップしていく。


 その中には輝く白い羽があった。



 ――――――――――――――――――――

 〈グリフォンの羽〉

 ――――――――――――――――――――

 レア度:C

 敏捷 :+20

 ――――――――――――――――――――

 このアイテムはダンジョンから出た時点で消

 滅する。

 ――――――――――――――――――――



 榛名は〈グリフォンの羽〉を拾った。


(ゴブリンからはレア度Aのアイテムがドロップしたのに、オークからはレア度Cか。ま、このあべこべなところもダンジョン攻略の面白いところだな)


「どうやら上手くいったようだね」


 悟が物陰からひょこっと現れて言った(オークの襲来に備えて隠れていた)。


「ああ。悟の考えた作戦バッチリだぜ。〈沼の魔法陣〉と〈空中遊歩エアリアル〉のコンボ」


「榛名、君の立ち回りあってこそだよ」


「へへー。惚れ直した? 今更頭下げてもデートしてあげないぞっ」


「下げないっての。ホラ。バカなこと言ってないで行くぞ」


 2人はさらにダンジョンの奥深くへと向かう。


 ナンパ男は唖然としながら2人のことを見ていた。


(なんだ。こいつら。この強運といい、立ち回りといい。どうなっている?)


 ナンパ男は首を振った。


(くっ。調子に乗りやがって。いつまでもこんな奇策が通じると思うなよ。こんな戦術、オークが複数出現した時点で終わりだ)


 ナンパ男はそう思いつつも、2人が置き去りにしたアイテムだけはこっそり回収して、2人の後を追いかけるのであった。

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