第3話 分析と落とし穴

「はい。オッケーでーす。おつかれさまです」


 スタジオで収録を終えたDライブ・ユニットのメンバー、暁月蓮也あかつきれんや菊池要きくちかなめ陸田秀仁りくたひでひと長尾大吉ながおだいきち水瀬由紀みなせゆきは、控え室へと戻った。


「くぅー。疲れたぁ」


「しっかし、なんでテレビ収録ってのはこうも疲れんのかねー」


「わざわざテレビに出る必要なんてあんのかね。もう見てる奴の方が少ないでしょ」


「わざわざスタジオに来なくても、撮影用ドローンで十分いい絵が撮れるからねー」


「蓮也。何見てんの?」


 副リーダーの要が聞いた。


「裏切り者の配信」


 蓮也はニヤニヤしながら、悟の配信を見せる。


「ああ。名前を言ってはいけないあの人ね」


「言えば機密漏洩されるからな」


「ギャハハ」


「つか、あいつまだ配信者やってんの?」


「同接数は……10人か」


「ぷっ。ざっこ」


「こんなんで収益化できんのか?」


「ニートに決まってんだろ。言わせんなよ」


「ギャハハ」


「しかし、いまだに信じられんな。あの悟が機密情報を漏洩していたとは」


 大吉が神妙な面持ちで言った。


 はしゃいでいた蓮也と要は、冷や水を浴びせられたように静まる。


「お前、まだそんなこと言ってんのか」


 要が苛立たしげに言った。


「いいか。あいつは配信で一番大事な企画に関することを外部に漏らしてたんだぞ。仲間を裏切って情報漏洩するような奴を切らずに置いていたら、こっちはおちおち配信もできねーよ。いくら初期の立ち上げメンバーだからといって、甘い顔してちゃダメだ。情は捨ててすっぱり縁を切らねーと」


「う、む。そうだな」


「いや気持ちは俺も同じだ」


 蓮也はいかにも神妙な面持ちで言った。


「だが、事実として奴は俺達を裏切った。思えば、あいつの態度にはおかしなところが多かった。妙にコソコソしたり、裏で奇妙な作業をしたり、ダンジョンにも潜らず調査ばかりしたり、企画の意図がどうたらとよく分からん理屈を並べ立てて、なぜか俺達一人一人をバラバラに配信させたり」


「思えば、俺達をバラバラにして自分が動きやすくすることが目的だったのかもしれないな」


「俺達がダンジョンに潜っている間、ライバルに情報を漏洩したり、ネットの匿名掲示板に蓮也の思い付いた企画をバラしたりしてたんだよな」


 要と秀仁が蓮也に同調した。


「まあ、きっと焦ってたのよ。グループ内で自分だけ登録者数が伸びず、私達に置いていかれたような気持ちだったんじゃないの」


「初期の頃はあいつのアイテム探知能力も有用だったんだがな。俺達個々のレベルが上がるにつれて、あいつの能力も不要になっていった」


「アイテムの場所やモンスターの情報もダンジョンニュースを見れば、ある程度分かることだしな」


「バカな奴だな。それなりにレアなスキルを持ちながら。下働きや地道な雑用に徹していれば、たとえ数字は取れなくとも籍くらいは置いてやったのに」


「心の闇に囚われたんだろうな。それなのに俺はそれに気付けなかった。あいつが道を踏み外したのは、リーダーである俺の責任でもある」


「蓮也……」


「何言ってんだよ、蓮也。お前ほどこのグループに貢献してる奴はいねぇだろうがよ」


「そうだぜ。お前が気にやむことじゃねぇよ」


「蓮也は責任を感じすぎなのよ」


「そうそう。悪いのは裏切った悟の方なんだからさ」


 メンバーは全員、蓮也の肩を持つ。


「ありがとうみんな。うん。そうだな。いつまでも気に病んでいる暇はない。俺達はあいつのように心の弱さにつけ込まれないよう気を付けよう。で、それはそうとして……」


 蓮也は微妙に声のトーンを変えながら切り出した。


「悟のことは……、もう配信業界から永久に追放した方がいいと思うんだが」


「そうだな。悟にとってもその方がいいかもしれん」


「あんな奴が関わっていると思われると業界の恥だからな」


「まあ、仕方のないことね」


「知り合いの配信者にも連絡入れとくか」


「よし。それじゃあ、裏切り者のことはこのくらいにして、企画を練ろう。新生Dライブ・ユニットが最初に手がける攻略対象はコイツだ。新宿ダンジョンに出没する謎のモンスター、〈魔剣持ちのゴブリン〉」


 蓮也は悟の残していった企画書を掲げてみせる。


「おおー。〈魔剣持ちのゴブリン〉か」


「最近、SNSで話題になってるやつだな」


「こいつを倒せばバズること間違いなし!」


「さらに5人全員でダンジョンに潜ろうと思うのだが」


「なるほど。5人で潜れば、より効率的にダンジョンを探索できるね」


「みんなでワイワイしながら探索すれば画面映えもいいし」


「撮れ高も期待できるな」


「そういえば、あんま5人でダンジョンに潜ってなかったな。なんでだろ」


「裏切り者が何かと理由を付けて、俺達をバラバラにしてたからな」


「ああ、そうか」


「そう考えると、マジで邪魔でしかなかったんだな、アイツ


「だが、うるさくごちゃごちゃ言う奴はもういない。これからは5人で潜る頻度を上げていくぞ」


「「「「おおー」」」」


「よーし。みんなで案出していこうぜー」


 Dライブ・ユニットの面々は悟の企画書に自分達の案を書き加えていった。


 そのほとんどが演出や画面映えのことばかりだった。


 悟の企画書に記載されていた「11階層以降深層でオークよりゴブリンが多いのはおかしい」、「深層のゴブリンは器用値か火力値が著しく高い可能性あり」、「火力系魔法で対抗する必要あり」といった特記事項はことごとく無視された。


 悟が腐心して考え付いた企画は、思慮分別のない浅はかな者達によって歪められていく。




 悟は自宅でひたすら作戦を練っていた。


 Dライブユニットのお株とリスナーを奪い、榛名のチャンネルを育てるための作戦。


(榛名の職業はガンナー。火力と機動力に優れたガンナー向けでかつバズる配信となれば……これだ。〈魔剣持ちのゴブリン〉)


 〈魔剣持ちのゴブリン〉は新宿ダンジョンの15階層に出没している謎のモンスターだ。


 元々はDライブ・ユニットで調査し練っていた案件だ。

 

 おそらく100万再生を狙える企画だろう。


 蓮也達がこれを逃すとは思えない。


 今頃、蓮也達は悟の残していった企画書を広げて会議しているはずだ。


 こちらで先に討伐してしまえば、榛名のチャンネルを伸ばすとともに、彼らの将来の再生数を奪うことに繋がるだろう。


 悟は情報サイト、ダンジョンニュースの新宿ダンジョンのページを開いた。


 ダンジョンニュースによると、新宿ダンジョンで特筆すべきモンスターは、〈魔封じの盾〉を装備しているオーク。


 〈魔封じの盾〉は火力系魔法を無力化する効果がある。


 ゆえに、ダンジョンニュースでは、火力系魔法スキルは解除して、近接戦闘スキルを取得するよう薦めている。


 おそらくほとんどの探索者はダンジョンニュースの助言通りに探索するだろう。


 他のサイトや掲示板、SNSでもほぼ同様の見解が大勢を占めている。


 だが、悟はそれでは不十分だと考えていた。


 悟は朝のうちに取得しておいた新宿ダンジョンのマップ情報をPC画面に映し出す。


 すると10階層まではオークがたくさんいるのに、11階層以降はゴブリンがたくさんいることがわかる。


 オークの方が強いのに、魔素の濃い深層でゴブリンの方が威勢を張っているのは奇妙なことだ。


 おそらく、11階層以降のゴブリンは器用値か火力値がかなり高く、飛び道具を使ってオークに対し優位に立っているのだろう。


 となれば、接近戦仕様よりもガンナーのような遠距離仕様のジョブでなければ対抗できない。


 つまり、今回の新宿ダンジョンは前半は近接戦闘職に有利な階層、後半は遠距離戦闘職に有利な階層ということになる。


 では、近接戦闘職と遠距離戦闘職の混成部隊で攻略すればいいのか?


 悟はそうは思わない。


 ダンジョン攻略の場合、イタズラに人数を増やせばいいというわけではない。


 回復効率、補給効率、強化効率など様々な点で弊害が発生する。


 では、打つ手はないのか?


 打つ手はある。


 ダンジョンの中に攻略の糸口は必ずある。


 悟が新宿ダンジョンで見出した答え、それは見逃されがちな要素、モンスター撃破時のドロップアイテムだ。


 悟はマップ内のモンスターの1匹をタップして詳細情報を表示した。



――――――――――――――――――――

 ゴブリン

――――――――――――――――――――

【ドロップアイテム】

 〈魔石小〉10%

 〈回復薬小〉10%

 〈魔力炉〉30%

――――――――――――――――――――



 このドロップアイテムの3番目に記載されている〈魔力炉〉。


 30%の確率でドロップするこの〈魔力炉〉が今回の新宿ダンジョン攻略の鍵だった。


 普通、ゴブリンは〈魔力炉〉なんてドロップしない。


 なのに、今回の新宿ダンジョンでは、10体に1体ほどの割合で〈魔力炉〉をドロップするゴブリンが出没している。


 〈魔力炉〉は、ガンナーの火力・補給効率を著しく向上させるアイテムだ。


 この〈魔力炉〉を探索の速い段階で入手することができれば、火力で〈魔封じの盾〉を圧倒できる。


 また、ダンジョン内のみんなが知らない情報、特にドロップアイテムを上手く活用して階層を攻略した動画は、配信サイトのアルゴリズムが反応しておすすめ欄に表示されやすくなる傾向があった。


 ダンジョンニュースには、今のところ特定のゴブリンを倒せば、〈魔力炉〉がドロップするという情報は記載されていない。


 つまりこの情報をいの一番に配信すれば、榛名の火力を強化しつつ、動画をバズらせることができるというわけだ。


 このように悟は地図情報を伝達するだけでなく、プレイヤーの適性、各種効率、ダンジョン内の不審な点、他プレイヤーの動向など多角的に分析して、戦略を練り、企画を立案しているのだ。


 悟は上記の案をまとめて、企画書にし榛名にメールを送った。


 榛名からはすぐに承諾のメールが返ってきた。




 新宿ダンジョン前の受付所には、今日も今日とて配信者達がわんさか集まっていた。


 いずれも海千山千の猛者達である。


 とはいえ、配信映えする映像など滅多に撮れるものではない。


 ほとんどの冒険者は漫然とダンジョンに潜って、時間と安全の許す限りダンジョン内を徘徊し、ライセンスを剥奪されない程度に素材を集め、今日も収穫なしと自虐混じりに談笑しながらダラダラ受付所にたむろするのであった。


 それだけに受付所の柱に寄りかかって、手持ち無沙汰にしている女子高生、榛名が好奇の視線に晒されるのは仕方のないことであった。


 休日、特にやることもないのでなんとなくダンジョン前に来た名も無き男である彼も、榛名のことをジロジロと眺めていた。


 こっそりとスマートフォンの鑑定機能で榛名のステータスを覗き見る。



――――――――――――――――――――

【坂下榛名】

 ジョブ:ガンナー

 HP :50

 MP :50

 敏捷 :30

 火力 :30


【アイテム】

 〈魔装銃〉

 〈エア・シューズ〉

 〈沼の魔法陣〉×5


【スキル】

 〈炎弾〉

 〈空中遊歩エアリアル

――――――――――――――――――――



(ザコだな)


 近接戦闘が重要なこの新宿ダンジョンで腕力値と耐久値の用意なし!

 

 その上、ガンナー職の装備。

 

 装備欄の〈魔装銃〉は火力を〈エア・シューズ〉は敏捷値を伸ばす装備だ。


 なんで新宿ダンジョンでここまで敏捷と火力に拘るのか。


 〈沼の魔法陣〉も大して役に立たないトラップアイテム。


 ダンジョンにおいて、プレイヤーは装備も合わせて、アイテムは10個までしか保有できない。


 ただでさえ、保有できる装備とアイテムの制限が厳しいのに、ガンナー向け装備で2個、ゴミアイテムで5個もアイテム欄を埋めるとは。


 ド素人に違いない。


 だが、ルックスはよかった。


 パーカーを制服の内側に着て、キャップをかぶるストリート系のファッション、眼光の鋭さがやや中性的な印象を与えていたが、艶やかな長い黒髪はよく手入れされていたし、短めのスカートから伸びる太ももは健康的な魅力を放っていた。


 何よりも女子高生である。


 パーカーの上に羽織っているブレザーは桜間学園の制服に違いなかった。


 名も無き男はナンパを試みることにした。


「ねぇ。彼女1人? よかったら俺と一緒にダンジョンに潜らない?」


「悪いねお兄さん。先約があるんだ。他を当たっておくれ」


 ナンパ男は榛名のきっぱりした対応に一瞬怯んだが、めげずに声をかけ続ける。


「まあまあそう言わずに。そんな素人丸出しの装備じゃすぐやられちゃうぜ。俺が一緒に潜って、手取り足取り教えてやるよ。その代わり今夜……」


「彼女に何か用かな?」


 悟が2人の間に割って入る。


「あ、悟!」


 榛名の顔がパッと明るくなる。


「彼女に用があるのなら、僕を通してもらおうか」


「チッ。男付きかよ」


 ナンパ男は舌打ちしながら、すごすご引き下がっていった。


(ったく。どうせこういうのが出ると思ったよ)


 悟は苦々しげに男のことを見送った。


「ね、悟。あいつ私のこと悟の彼女だと思ってたみたいだよ」


 榛名がやけに嬉しそうに言った。


「私ってそんなに大人の女に見えるかなー。へへっ」


 榛名は悟の腕に自分の腕を絡めた。


「榛名。今日はダンジョン配信に来たんだろ」


「そんなこと言ってー。悟も案外満更でもないんじゃないのー?」


「真面目にやらないと帰るぞ」


「わ、ごめんって。冗談だよ。ちゃんと仕事するから。そんなに怒んないで」


「……ま、いいや。企画書は読んでくれた?」


「おう。私の炎弾を最大限に活かせる企画。流石は悟」


「それじゃあ、最後の確認だけど……」


 悟と榛名がそんなやり取りをしていると、大きな騒めきが起こった。


 どうやらみんな駐車場に停まったワゴン車に騒いでいるようだ。


 ワゴン車の扉が開くと、やたらオーラのあるサングラスをかけた男女が降りてくる。


「おい、あれ」


「Dライブ・ユニットだ!」


「蓮也さんだ!」


「きゃー。カッコいい!」


 ダンジョン配信者が注目するばかりでなく、待ち伏せしていたと思しき女性ファンも黄色い声をあげる。


 彼らが騒ぐのも仕方がない。


 Dライブ・ユニットは現在、登録者数100万人を超える有名インフルエンサーなだけでなく、ダンジョン探索においても目下最も実力のあるグループの1つとみなされているのだから。


 探索者達は当然の如く蓮也達の身に付けている装備に目を配る。


 Dライブ・ユニットの面々は全員接近戦重視の装備を身に付けていた。


 聖剣、大斧トマホーク、大槌、ガントレット。


「やはりディーライは接近戦重視できたな」


「ああ。ダンジョンニュースの情報に忠実な装備。流石だぜ」


「やはり10階層以上を目指すのかな」


「当然だろ。今回もディーライがバズる要素全部持っていくだろうな」


「なあ、ディーライについていけば、俺達でも10階層まで行けるんじゃね?」


「確かにそれが最も確実な方法かも」


 Dライブ・ユニットの副リーダー要は、聴衆の言葉に耳聡く反応する。


「おい、聞いたか蓮也。あいつら俺達の後ろから付いてくるつもりみたいだぜ」


「好きにさせればいいさ。付いてこれるならな」


 そう言った蓮也は、思い直したようにふと足を止めて振り返る。


 Dライブ・ユニットを遠巻きに見ていた者達の間に緊張が走る。


「俺達の後から付いてくる奴らに一つ、言っておく」


 蓮也は聴衆に向かって宣言するように言った。


「俺達は単に10階層以上を目指すだけじゃない。〈魔剣持ちのゴブリン〉を討伐する。そう。【〈魔剣持ちのゴブリン〉を討伐するまでダンジョンから出られない配信】だ!」


(やはり蓮也達も〈魔剣持ちのゴブリン〉を討伐しにきたか)


 聴衆の間でどよめきが起こった。


「〈魔剣持ちのゴブリン〉!? 本当に出るのか?」


「相当深く潜ることになるな。おそらく15階層まで」


「じゃあ、やめといた方がいいかな?」


「バカ、逆だ。俺達でも15階層まで行くチャンスだろ」


「皆さーん。付いてくるのはいいけど。動画のタグにDライブ・ユニットって入れといてくださいねー」


 要がそう言うと、ドッと笑いが起きた。


 Dライブ・ユニットの面々が悠然と歩くと、皆遠慮して道をあける。


 結局、蓮也達は悟に気づくことなく、ダンジョンへと入っていった。


 探索者が30人くらい、彼らの後に続く。


(蓮也達はダンジョンニュースに忠実な装備できたか。それも5人全員で)


「好都合じゃん」


 榛名が言った。


「榛名?」


「悟の見立てとはまるで正反対の正攻法。悟をクビにしたのが正解かどうか。今回の探索ではっきり分かるよ」


「……そうだな。僕達も行こう。ダンジョンが待ってる」


 悟と榛名も受付に登録して、ダンジョンの入り口へと向かった。


 その際、2人の後ろからこっそり後をつけている人物がいることに気づくことはなかった。


 やがて、ダンジョンへの入場者は規定に達したため、入り口は閉め切られた(モンスターやアイテムのリポップ間隔を考慮して、ダンジョンへの入場者数には制限がかけられているのだ)。

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