第2話 ダイヤの原石
「はい。本日の換金額は5821円となります」
換金所の受付嬢はにこやかにそう言った。
(5821円か)
ダンジョンが一般開放された当初、大粒の魔石は一個10万円近くで取引されていた。
しかし、魔石採取はおいしいという噂が広がるやいなや、甘い汁を吸いたいハイエナ共が押し寄せてきて魔石を乱獲し、今やすっかり供給過剰となっていた。
魔石の相場価格は瞬く間に下落し、今や大粒の魔石でも一個1000円の買取価格がつけば御の字だった。
その他の素材も似たり寄ったりである。
多くの冒険者は配信でPVを稼がなければ、事業として成り立たなかった。
(1日ダンジョンに潜って1万円も稼げずか。こりゃその辺の割のいいバイトでもやってた方がまだマシだな)
Dライブ・ユニットをやめてから、悟の貯金は減り続けていた。
この分では配信者はもちろん冒険者稼業からも引退しなければならない。
悟の年齢も今やアラサー。
いい歳していつまでも儲からない配信業に身をやつしていては将来も危うかった。
(とはいえ、どうしよっかな)
今までダンジョン関連の仕事しかやってこなかった。
この歳で転職というのも楽ではない。
ろくな仕事にありつけずブラック気味の会社にしか就職できないかもしれなかった。
悟がダンジョン受付所を後にしようとすると、ロビーに設置された大型スクリーンにニュースが流れてきた。
普段はダンジョンから採れる素材の買取価格などを淡々と流しているそのスクリーンだが、今日は今、勢いのあるダンジョン配信グループを紹介しているようだった。
番組の司会者らしき女性が演出とカメラワークに合わせて今日のゲストを紹介する。
「さて、本日のダンジョンナウに登場するゲストはー、今、乗りに乗っているグループDライブ・ユニットです!」
「「「「「うぇーい」」」」」
暁月蓮也を中心にDライブ・ユニットのメインメンバー5人が若者らしく陽気な雰囲気を振り撒いて画面に飛び込んできた。
(げっ)
「Dライブ・ユニットは現在、チャンネル登録者数でトップ10に入るグループです」
司会の女性の説明と共にメンバー一人一人の映像と略歴が紹介される。
中でも蓮也の紹介はセンターらしく一番長い時間をとっていた。
「破竹の勢いでスターダムを駆け上がるDライブ・ユニットですが、その躍進の秘密はなんなのでしょうか」
「うーん、強いて言えば、企画力……ですかね」
蓮也は首を1つ
「Dライブ・ユニットは視聴者の皆さんが楽しめる企画をメンバー1人1人がとことん考える。それをずっと突き詰めてきました。ただ、それだけなんですよね」
(よく言うよ)
Dライブ・ユニットの100万回以上視聴されている動画のほとんどは、悟が思いついたり、腐心して実現させた企画だった。
「【火鼠をダンジョンに放ってみた】は要のアイディアだったよな」
蓮也がグループの副リーダー格、
「ああ。テイムした1匹の火鼠をダンジョンに放つだけで、勝手に子分が増えていって、いつの間にかダンジョンのボスを倒しちゃったんだよねw」
「【ショートソードを研ぎ澄まして名刀にしてみる】を思い付いたのは由紀だっけ?」
蓮也はDライブ・ユニットの紅一点、
幼児向けテレビ番組に出てきそうな優しい雰囲気のお姉さんといった感じだ。
悟を追放した時の冷ややかな態度は微塵も感じられない。
「うん。秀の錬金術と私のバフスキルを使えば、普通の剣から名刀を作ることもできるんじゃないかって思って」
「凄いですねー。どうすれば、そんな奇想天外なアイディアが思い浮かぶんですか?」
「毎週、みんなで同じ部屋に集まって企画会議しているんです。リスナーを楽しませるためにできることをみんなでとことん話し合う。ただそれだけなんです」
由紀はいかにも優しげな笑みを浮かべながらそう言った。
Dライブ・ユニットの実情も彼らの本性も知り尽くしている悟だが、こうして画面越しに見る彼らはいかにも好感の持てる若者達だった。
悟は彼らのこの演技力の高さにだけはいつも舌を巻いていた。
「あ、ディーライだ」
「蓮也さんカッコイイー」
Dライブ・ユニットのファンらしき若い女性2人がスクリーンの前で足を止めて、話し始める。
「ダンジョン配信では、Dライブ・ユニットが一番面白いよねー」
「もっと早くトップ10に入っててもよかったよねー」
「裏切り者さえいなかったらなぁ」
悟はぎくりとする。
すると、悟の後ろめたさが伝わったのか、スクリーンを見ていた女性の1人が悟の存在に気づいた。
「あれ? あの人って……」
「えっ? なに?」
「なんか悟に似てない?」
「えっ? 悟って元ディーライの?」
悟はそそくさとその場を離れて、逃げるように建物の外へと向かった。
建物の外に出ると、外の空気に触れて少し気分が楽になった。
季節は秋の始め。
例年より長引いた暑さにより、道の両脇に植えられた木々はまだ青々とした葉を茂らせているが、日が暮れ始めると、冷たい風が吹き始めて半袖では少し肌寒さを覚えた。
悟は駅に向かって、まだダンジョン出現時の傷跡の残る道を歩き始めた。
(ディーライに入ったのも、ちょうどこのくらいの季節だっけな)
Dライブ・ユニットに入った時、悟は仲間達と歩む未来に計り知れない可能性を感じたものだ。
悟が本当に悔しいのは解雇されたからじゃない。
Dライブ・ユニットはもっと上にいける。
そう強く信じていたからだ。
なのに、彼らは今の地位に甘んじることを選んだ。
未来を捨てたのだ。
(過ぎたことを悔やんでも仕方ない。これからのことを考えよう)
「あれ? もしかして悟?」
声をかけられて、咄嗟に悟は誰の声だか思い出すことができなかった。
悟は声の主をまじまじと見た。
悟に呼びかけた声の主は、ストリートな印象のある少女だった。
制服の中にパーカーを着込み、キャップをかぶったその
艶やかな長い黒髪を胸元まで垂らしているにもかかわらず、口元に浮かべるその笑みは少年を思わせる。
悟はその笑みを見て、ようやく彼女のことを思い出した。
「君は……ひょっとして
「やっぱり悟だ! 久しぶり!」
学生にしてすでにダンジョン探索をバイトにしている冒険者だ(社会人に比べれば制限されるものの、学生でもスキルを発現していれば入れるダンジョンもあった)。
ダンジョンでの活動について右も左もわからず困っていたところを、悟がダンジョンのイロハについて教えた、いわば弟子のような存在だった。
「榛名、どうしてこんなところに? ここには学生の潜れるダンジョンはないはず」
「じゃーん。1級冒険者ライセンス」
榛名は免許証のようなカードを取り出してみせた。
「今年の春取得したんだ。これで私も大人向けダンジョンに潜れるってわけ」
(そうか。去年から高校生でもライセンスが取れるように法改正されたんだっけ)
悟は隔世の感を覚えずにはいられなかった。
自分がダンジョンに潜り始めた頃は、まだ世間のダンジョンに対する態度は慎重で、ガチガチに法規制されていた。
悟も大卒でダンジョン探索関連の企業に入った時は、研修という名目で何年も下働きして、ようやく冒険者ライセンスを取得したものだ。
それに比べて今は女子高生でも冒険者ライセンスを取得して、配信することができるようになったとは。
ダンジョンの存在もカジュアルになったものだ。
「悟こそなんでこんなところにいるんだよ。Dライブ・ユニットならもっと難易度の高いダンジョンに潜れるんじゃないの?」
「えっ? あー、いやその……。クビになったんだ」
「クビになった? 悟が? ディーライを?」
榛名は腹を抱えて笑い出した。
「ぷっ。アハハハハハ。なにそれ。ウケるー」
「お前……、笑いすぎだぞ」
「だって、可笑しいよ。悟がクビになるって。クビにする事務所も、クビになる悟も。なんなのそれ? 変な陰謀にでも
(その通りだよ)
榛名にはこういうところがあった。
勘がいいのか、悪いのかよく分からない。
「ていうか、君、ディーライの配信見てないの? 俺の卒業告知されてたはずだけど……」
「見てないよ。忙しかったし。いや、昔は見てたけど。最近は企画に悟らしさを感じなかったし。あんまり面白くなかったから」
(変わった奴だな)
Dライブ・ユニットは若者に人気のチャンネルだ。
当然、ほとんどのリスナーの興味は美男美女の役者に向いている。
背後のスタッフになんぞ興味はない。
それを榛名は、背後の企画者の存在を感じ取りながら、チャンネルを視聴していたのだ。
よほどの変わり者と言ってよい。
「で、なんでクビになったの? 悟の思い付いた企画めっちゃバズってたじゃん」
「それは……」
悟は滑らせそうになった口を慌てて
ただでさえ、機密漏洩のレッテルを貼られているのに、これ以上社内の内情を暴露すればさらに立場が悪くなりかねない。
ましてやこのフットワークの軽そうな娘に話せばどうなることやら。
せっかく懲戒を免れたのに、またDライブ・ユニットの連中と揉めることにもなりかねない。
これ以上、蓮也とゴタゴタを起こすのはゴメンだった。
「なんで解雇されたかは……、それは言えない」
「何それ。解雇理由も外に言えないの? ますますおかしいじゃん」
「うるせーな。大人には色々あるんだよ」
「でもそっか。解雇されたんだ。ふーん」
「……もう行くぞ」
「あっ、ちょっと待ってよ」
榛名は悟の腕をガシッと掴んだ。
「クビになったってことは今、フリーなんだ。じゃあさ。私達のマネージャー兼プロデューサーやってよ」
「マネージャー兼プロデューサー?」
「うん。今度、友達と一緒にグループ結成するんだ。みんなダンジョン配信者。私がリーダーやるんだけど、自分の配信も頑張らなきゃだし、みんなの分まで面倒見切れなくってさー」
「お前なぁ……。マネジメントもプロデュースもタダじゃないんだぞ」
「結構PVも取れてるんだぜ。ホラ」
榛名がスマートフォンで自分のチャンネル画面を見せてくる。
「PVねぇ。……ん!?」
(へえ。なかなか頑張ってるじゃないか)
榛名のチャンネルはムラがあるものの1千〜1万PVで推移している。
(しかも、これって……)
かなり荒削りだった。
タイトルの付け方、題材の選び方、企画の立て方、ダンジョンの探索効率、いずれも改善の余地がある。
つまりダイヤの原石の可能性が高かった。
これなら悟の〈マッピング〉でダンジョン情報をもたらすだけで、Dライブ・ユニットを超える再生数が出せるだろう。
「頼むよー。悟なら、企画からコーチまでこなせるじゃん」
「榛名。それは単なる昔の
「もちろん正式な依頼だよ。ちゃんと報酬も支払う」
「……」
「ダメ?」
榛名は急に甘えるような声でしなをつくりながら言った。
子供にも大人にもなりきれない微妙な年頃特有の危うさ。
悟はため息を吐いた。
一時ほど酷くはなくなったが、いまだダンジョン界隈にはグレーな商売に手を染めるいかがわしい連中が蠢いている。
ここで榛名を放っておけば、変な連中にいいように利用されかねなかった。
「わかってるのか榛名。僕を雇うってことは、ディーライからリスナーを奪うってこと。つまり、ディーライに喧嘩を売るってことだぞ」
「望むところさ。悟のいないディーライなんて何にも怖くない。堂々とあいつらからリスナーを奪ってやるさ」
「わかったよ。その依頼受けよう」
「ホント? やった!」
「ただし、あくまでビジネス上の関係だ。僕にもお遊びで付き合うほど余裕はない。報酬が支払えないと判断した時点でそこまでだからな」
「うん。わかってるよ。絶対成果を出すから!」
もうダンジョン配信では成功できない。
そう思っていた。
けれど……。
(もう一度、夢を見てみるか)
こうして悟は榛名のマネージャー兼プロデューサーとしてダンジョン活動の新たな一歩を踏み出すのであった。
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