第15話 ずれていく歯車

 天音は微睡まどろみの中で揺蕩たゆたっていた。


 誰かの肩に頭を乗せて、寄りかかっているのを感じる。


 やや硬い感触から男性の肩だと分かる。


 天音は不思議だった。


 自分には寄り添うことのできる男の人なんていないはずなのに。


 けれども、不快感はなかった。


 むしろずっとこのまま微睡まどろんでいたいとすら思った。


 不意に周囲の音が大きくなって自分を運ぶ何かがゆっくりと減速していくのを感じる。


「天音」


 誰かの呼びかける声。


(うるさいですね)


 もう少しこのままでいたいのに。


 天音は抗議するように男性の肩と二の腕らしきものにますます重心をかけて寄りかかった。


 しかし、追い討ちのように声がかけられ、肩を揺さぶられる。


「天音」


 意識が覚醒してしまう。


 仕方なく天音は目を開けて、頭を起こした。


 歪んだ景色から少しずつ焦点が合っていく。


 そうして、飛び込んできたのは悟の顔だった。


「えっ? 悟さん?」


 天音は飛び跳ねるように体を起こした。


 どうやら自分が寄りかかっていたのは悟のようだった。


 周囲を見ると、無数の窓と乗客、吊り革、広告と座席。


 自分が電車の中にいるのがわかった。


 どうしてこんなことに?


 天音は記憶を遡った。


(そうだ。私、配信が終わった後、悟さんと一緒に帰りの電車に乗って……。つい眠くなってウトウトして。やだ。私ったら悟さんの肩を枕にして……)


 かあっと顔が赤くなるのを感じる。


「すみません。私ったら眠くなってしまって」


「だいぶ疲れていたみたいだね」


 悟がニコニコと微笑んでくる。


 そうして悟が余裕のある態度をとればとるほど、天音は恥ずかしくなるのであった。


 悟はずっと天音の寝顔を眺めていたということである。


 変な寝顔を晒していないだろうか。


(悟さんも悟さんだわ。起こしてくれればいいのに)


「本当に……すみません」


「駅着いたよ。降りよっか」


「あ、はい」


 天音はどこかソワソワしながら電車から降りるのであった。


 その後、天音は悟に家まで送ってもらった。


 悟は適度に話題を振ってくれたが、天音は送ってもらう間、ずっとドキドキしっぱなしだった。




 アブプロダクションの事務所では、Dライブ・ユニットの面々が集まって企画会議をしていた。


 蓮也が自らの考えた企画(実際には悟の残した企画)をメンバーの前で発表していく。


「【〈混沌石〉を叩き続ける配信】というのはどうだろうか?」


「おおー。なるほど」


「〈混沌石〉はガチャ要素があって配信受けしそうだよな」


「で、これも5人全員で潜ろうと思う」


「おおー。いいね」


「その方が効率よく〈混沌石〉を探せるもんな」


「流石蓮也。頭いいぜ」


「あっ、それならさ。〈混沌石〉だけじゃなくて、〈緑風石〉も錬成しようよ」


「じゃあ、〈紅炎石〉も錬成すればいいんじゃね?」


「なんなら〈青水石〉も錬成しようぜ」


「いっそのこと魔鉱石の前でバーベキューしようぜ」


「むしろ、魔鉱石の隣で筋トレするってのはどう?」


「いいねー」


「すげぇ。めちゃくちゃいい案出せるじゃん俺ら」


「今までなんでこんなにいい案出せなかったんだろうな」


「やっぱ、裏切り者がいらなかったわw」


「次にフェンリルをテイムする配信をやろうと思うのだが」


「おおー。その発想はなかった」


「フェンリルはまだテイムされた報告がないもんな」


「で、これも5人全員で潜ろうと思う」


「おおー。いいね」


「その方が効率よくフェンリルを探せるもんな」


「流石蓮也あったまいー」


「あっ、それならさ。フェンリルだけじゃなくてオウルベアもテイムしようよ」


「じゃあフェニックスもテイムしようぜ」


「なんなら、サイクロプスもテイムしようよ」


「いっそのことモンスターの前でカードゲームしねぇ?」


「むしろモンスターの前でバンドするってのはどう?」


「キャンプファイアーもしようぜ」


「おおー。いいねー」


「すげぇ。めちゃくちゃいい案出せるじゃん俺ら」


「今までなんでこんなにいい案出せなかったんだろうな」


「やっぱ、裏切り者がいらなかったわw」


 こうして蓮也達は悟の作成した企画案にこってり余分な脂肪を乗せて、ろくに問題点も検討しないまま、実行に移した。


 そうして配信した結果、Dライブ・ユニットのコメント欄は荒れに荒れた。


 ・なんていうか、こういう方向でいっちゃうんですかね。

 ・最近、タイトル詐欺多すぎない?

 ・どうしちゃったんですかね。最近のディーライ。

 ・昔は結構参考になる動画が多かったのに。

 ・もうあの頃のディーライは戻って来ないんですかね。

 ・ダンジョン内でバーベキューは流石にやりすぎじゃ。後から来る冒険者に迷惑だし。

 ・モンスターの前でバンド演奏やるのも意味わからない。

 ・なんで毎回大吉さんを殺すんですか。意味わかりません。


 このように辛辣な評価が見え始めた一方、相変わらず不自然な高評価も続いた。


 ・流石、蓮也さん。思いもつかないアイディアが飛び出してきますね。

 ・アンチの言うことは気にせずどんどんやっちゃってください。

 ・迷惑なんてみんなかけてますよw

 ・バンド演奏最高でした。また、やってください。

 ・カードゲームも。


 こうしてコメント欄の評価が真っ二つに割れる中、蓮也達は強気の姿勢だった。


「アンチは無視でw」


「観たくない奴は観なけりゃいいんだよ!」


 こうして、蓮也始めディーライのメンバーがSNSでイキリ散らした結果……、Dライブ・ユニットのチャンネル登録者数は激減した。


「どういうことだ? なんでこんなに登録者数が減ってるんだ?」


 アブプロダクションの社長、阿武隈はパソコン画面を見ながら慌てていた。


 隣には蓮也がいる。


 登録者100万人を越えていたDライブ・ユニットの登録者数は80万人を割っていた。


 各メンバーの個別チャンネル登録者数も数万人単位で減っている。


「登録者が20万人以上減るだと!? こんなことがあるか? 一体何が起こったっていうんだ?」


「いや、減っていない。これはアンチの仕業だ」


「なに?」


「見え透いた手だ。たくさんのアカウントを使ってあらかじめ登録者数を作り、ある時一斉に登録解除する。そうすることで外形上は登録者数が減ったかのように見せることができるんだ」


「な、なるほど。そんな方法が……」


「社長、狼狽うろたえるなよ。こんなの使い古されたチャチな手法だ。俺達のやり方は何も間違っちゃいない。全て順調だ。ディーライは今後も順調にファンを増やして、登録者数を伸ばし続ける。この現象も一過性のものに過ぎない。ここで方針を曲げたら、俺達に嫉妬するくだらねー連中の思う壺だぜ」


「しかし、大丈夫なのか? これを放置しておいて」


「は? 何? 俺の言うことに文句でもあんの? なんなら辞めてもいいんだけど?」


「い、いや。そんなことはない。そうめくじらを立てるなよ。ちょっと言ってみただけじゃないか。お前のことは信頼している」


「まあ、それならいいんだけどよ」


「よし。それじゃあ全部順調なんだな? 今後もお前に任せるぞ」


「ああ。大船に乗ったつもりでいてくれよ」


「社長。お出かけのお時間です」


「ああ、今行く」


 阿武隈は背広を着直きなおして、そそくさと会社を後にした。


 阿武隈が出ていくと蓮也は顔を険しくさせる。


「クソが!」


 蓮也はゴミ箱を蹴った。


 中身が辺りに散らばる。


(順調だと? そんなわけないだろボンクラが)


 再生回数と1視聴者当たりの平均再生時間、その他指標を見れば、視聴者離れを起こしているのは明らかだった。


(この醜態は一体誰のせいだ? 決まっている。俺の足を引っ張るゴミどものせいだ)


 蓮也はDライブ・ユニット専用の会議室のドアを勢いよく開けた。


 たむろしているメンバーに対して鋭く問い詰める。


「お前ら。これはどういうことだ!」


 持ってきた阿武隈のノートパソコンをガンと机に叩きつける。


「登録者数20万人減。20万人減だぞ? これがどういうことかお前らは分かってるのか?」


 会議室はシンと静まり返る。


「要! お前は前回の配信で何をしていた? フェンリルをテイムするどころか、1匹もモンスターテイムできてねーじゃねーか。秀仁ひでひと! お前も〈混沌石〉1個も叩くことなく終わってたな?」


「う、それは……」


「それはそうだけど。そうだけどよ……」


「それに大吉!」


「ヒイィ」


「お前は全部が悪い」


「す、すみません」


「お前ら人におんぶに抱っこされてないで、ちょっとは自分達で登録者数を伸ばす努力をしたらどうなんだ」


「いや、そうはいうけどよ。魔鉱石の隣で筋トレなんてやってたら、どうしても体力が減るじゃん。バーベキューで胃もたれもひどいしさ」


「そうそう。バンド演奏やキャンプファイヤーだって、モンスターに自分達の位置をバラしちまうし」


「筋トレやバンド演奏なんてしてダンジョン攻略できるわけねーだろ! Dライブ・ユニットの今のこの体たらくはお前らがくだらねー案ばかり出すからだ」


(((いや、お前もいいアイディアとか言ってノリノリだったじゃねーか)))


「とにかく次の配信で失敗は許されねーぞ。いいな?」


 蓮也は荒々しくドアを閉めて会議室を出ていった。

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