第16話 要の苛立ち

 真莉は自宅で、自分のチャンネルを開いていた。


 今日、撮影した【〈混沌石〉を叩く配信】の再生回数は10万回に届こうとしていた。


 チャンネル登録者数は1万を超え、まだまだ伸びている。


(おおー。私のチャンネルめっちゃ伸びてるじゃん)


 ダンジョン配信者の利用している動画配信サイト、Dストリームにおける収益化条件はチャンネル登録500人以上、総再生時間3000時間以上なので、真莉のチャンネルは余裕で収益化申請が通るだろう。


 しかも悟がすでに今日分の配信の切り抜きを作ってくれており、そこからの誘導もあって、再生回数も登録者数もまだまだ伸びそうだった。


(一人でやってた時は泣かず飛ばずのチャンネルだったのにこんなにすぐ伸びるなんて。悟さんの企画って凄いんだなー)


「コメントも好意的なものばっかりだし。あ、次回の配信も楽しみにしてますだって。参ったなー。ふへへ」


 そんな風にして、自室で1人頬を緩めていると、悟から電話がかかってくる。


(あ、悟さんだ!)


 真莉は速攻で電話に出た。


「もしもし、悟さん」


「真莉、今、大丈夫かな」


「はい。もちろん。全然構いませんよ」


「そうか。よかった。君のチャンネル見た? 登録者1万人超えてる」


「はい。今、見てるところです」


「登録者数1万人超えおめでとう」


「悟さん……」


 真莉は胸がじんわり温かくなるのを感じた。


「今日はちょっとバタバタしちゃったから後回しにしたけど、明日、正式に君と契約を結ぶ手続きをしようと思ってる」


「はい。ありがとうございます。ぜひ結ばせていただきます。今後も頑張りますので、よろしくお願いします」


 その後も真莉は悟にお礼を言い続けて、やがて電話は終わる。


 真莉は電話が終わっても、しばらくスマートフォンの真っ黒な画面を見続けた。


 穏やかな悟の声は聴いていて安心させるものがあった。


 できればもう少し聴いていたかった気がした。


 真莉はそれだけで胸がいっぱいになった。


 悟に何かお礼がしたくてたまらなくなる。


(悟さん、ほんとにありがとう)


 真莉はスマートフォンの画面に向かってキスした。




 翌日、榛名、真莉、天音の3人は電車に乗って一緒に通学していた。


「昨日、悟さんから電話があってさー」


「えっ? そうなんですか?」


 天音は驚きに目を見開く。


「登録者数1万人超えおめでとうって」


「私には? 私には電話来てないですよ!」


「天音はまだ9000人だからな。まあ、でも時間の問題だと思うよ。ホラ」


 榛名が自分のスマホを2人に見せた。


 そこにはSNSの検索画面が映っていた。


 検索欄には「フェンリル テイム」と打たれている。


 そしてその検索結果には、天音と同様の動画、フェンリルのテイムにチャレンジする動画がズラリと並んでいる。


「わ。何これ。まるで天音の配信をそのまま真似したような動画ばっかり」


「こんなにたくさんの人がフェンリルをテイムしてるんですか?」


「みんな天音の動画がバズってるのを見て、企画パクってるんだよ。でも、天音のチャンネルにとって好都合だよ。ほら」


 榛名は並んだフェンリルテイム動画のうち1つを適当にタップして動画サイトに飛んでみる。


 そして関連動画欄を2人に見せた。


「あ、関連動画の1番上に私の動画がありますね」


「そう、フェンリルテイム動画で1番古くてバズってるのは天音のオリジナル動画。似たような動画が出される度に天音の動画が関連動画欄の一番上に表示されて、リスナーが天音のチャンネルに誘導されるってわけさ」


「へえ。そういう仕組みになってるんですね」


「昨日から2人の動画を真似してる奴はさらに多くなってるし、ますます2人の動画バズると思うよ」


「でも、どうしてこの人達は私達の動画を真似してるんでしょう? 私達の利益になるばっかりなのに」


「そりゃあ、2人の動画がバズってるのと、悟の企画力が高いからさ」


 2人は改めて悟の企画力の高さに感服するのであった。


「ねえー。こっちから悟さんに電話かけてもいいかな?」


 真莉が甘えるように言った。


「ん? なんで?」


「別に用事とかはないけどー。お話したいなーって」


「うーん、やめといた方がいいんじゃないかなー。悟は結構、真面目だから。あんまり仕事と関係ないことで連絡すると機嫌悪くするかもよ」


「そうですよ。悟さんはお忙しいんですから。電話なんてしてお仕事お邪魔しちゃダメです」


「うーん。そっかー。あーあ、早く放課後にならないかなー。早く悟さんに会いたいなー。配信やりたいなー」




 悟は朝から都内の主要ダンジョンを回っていた。


 すべてのダンジョンの〈マッピング〉を終え、榛名達と相性のいいダンジョンを見極める。


(おっ、新宿ダンジョンにオーガがいるな。榛名の火力が有効な案件だ。これは榛名に知らせないと。代々木ダンジョンにレア素材〈ミスリル〉の含まれる岩があるな。これは真莉に向いてる案件か。お茶の水ダンジョンに青フクロウが出現した痕跡がある。フェンリルの餌になりそうなホーン・ラビットも多い。ここは天音に行ってもらうか)


 悟はダンジョン内の情報と各探索者のスキルを照合し、企画にまとめ上げた後、念のため他の配信者のSNSを調べた。


 ガンナー、アルケミスト、テイマーで、3人が行く予定のダンジョンと被っている有名配信者がいないか調べる。


(うん。大丈夫そうだな)


 すべての情報収集と確認作業を終えた悟は、企画内容を榛名達にメールで送った。




 教室で欠伸を噛み締めていた榛名は、自分の携帯に着信が入っていることに気づいた。


(あ、悟からだ。何々? 新宿ダンジョンにオーガが複数体出現。ガンナーの火力を活かした配信ができる。ふむふむ。よーし。今日は新宿ダンジョン行ってみるか)


 榛名は企画を受ける旨を悟に返信する。


(真莉と天音にも悟から連絡行ったのかな? 聴いてみよ)


 そんなことを考えながら、スマートフォンを操作していると、頭を冊子のようなもので叩かれる。


「いってー。何すんだよ。あ……」


 そこにはしかめっ面をした教師が立っていた。


 榛名は今、授業中であることをすっかり忘れていた。




 休み時間、榛名が廊下に出ると、真莉と天音も廊下に出ていた。


「あ、榛名」


「真莉、天音。やっぱ、2人にも悟からメール来てたんだ?」


「うん。てことは……」


「榛名にも?」


「よーし。そうと決まれば、昼休みに集まって放課後のこと話し合おうぜー」


「その前にお前は職員室だけどな。坂下」


「げ。田沼先生!? わ、ちょっと待って。これには訳が……。わああ」


 田沼は榛名の襟首を掴んで引っ張っていく。




 昼休み。


 榛名達3人はいつも集まる屋上の一角で天音のスマートフォンと睨めっこしていた。


 天音のチャンネル登録者数は9997人を示している。


 天音は更新ボタンを押した。


 すると、登録者数は10002人になる。


 3人は顔を見合わせる。


「登録者数10000人!」


「超えたぁ」


「天音、おめでとう!」


「はい。ありがとうございます!」


 すると、その時ちょうど天音のスマートフォンに電話がかかってきた。


「あっ、悟さん!」


 天音はすぐに出る。


「もしもし、悟さん? はい。私も今、確認しました。はい。ありがとうございます。今後も頑張らせていただきます。もちろん契約させていただきます。今日、送ってくださった企画もぜひやらせていただきます。はい。はい。わかりました。はい。では、失礼します」


 天音は電話を切ると、愛おしそうにスマートフォンを抱きしめた。


(悟さん。ありがとう)


 榛名と真莉はその様子を微笑ましく見守る。


「天音も登録者1万人超えたことだしさ。そろそろ3人でユニットを組んでみない?」


 榛名が提案した。


「そういえば、まだ3人で一緒に配信したことなかったね」


「今日、悟さんからいただいた企画もそれぞれソロで行うものばかりですね」


 天音が企画を見直しながら言った。


「そうなんだよなー。悟がイマイチユニットを組むことに消極的なんだよね」


「そうなの?」


「まあ、悟のことだから何か考えがあるんだろうけどさー」


「でも、この企画書凄いですよ。ネットのどのニュースサイトを見ても、青フクロウが出現なんて、こんな情報載ってませんし」


「やっぱり悟さんの〈マッピング〉って凄いんだねー」


「それだけじゃないぜ。他配信者の動向もチェックして、被らないように組んでる」


「あはっ。ますます凄いじゃん。できる大人って感じー?」


 3人がそんなことを話しながら、昼食のパンを頬張っていると、警報が鳴り響いた。


 魔素の放射量が高くなっている警報だった。


「あ、避難警報だ」


 魔素を科学技術に応用できるようになったとはいえ、魔素の放射量が多い日は危険だった。


 いつ、街中にモンスターが出没しないとも限らない。


 こういう日はまるで戦時中のようだった。


 人々はもうかつてのダンジョンがなかった日々のことを思い出すことができない。


「体育館に行きましょう」


「だな」


 榛名と天音が腰を上げると、真莉が魔素の放出元らしきダンジョンのある方を睨んでいる。


 その表情にははっきりと怒りが滲み出ていた。


「真莉?」


「どうかされましたか?」


「……ううん。なんでもない。行こっか」


 3人はいそいそと屋上を後にする。




 午前の探索を終えた要は、事務所に戻っていた。


「ちっ。あんま伸びてねーな」


 午前のダンジョン配信はアーカイブに残して、見逃したリスナーでも見れるようにしているが、1万再生いくかどうかといったところだった。


(最近、いまいち再生数の伸びが悪い。以前は10万再生超えが普通だったのに。ダンジョンでの手応えもイマイチだ。モンスターの討伐数にしろ、アイテムの獲得数にしろ、以前より下がってる。やっぱ、悟の〈マッピング〉が響いてんのかな)


 とはいえ、そんなことはメンバーの前では口が裂けても言えない。


 特に蓮也の前では。


 何せ、悟は裏で機密情報を流出した裏切り者なのだから。


 要はSNSを開いてみることにした。


「おっ、フェンリルのテイム、トレンドに載ってんじゃん。ディーライの動画がバズってるのかな?」


 しかし、トレンドワードをタップした先に待っていたのは、天音の動画だった。


「はぁ? 誰だよこいつ。こんな女子高生がフェンリルをテイムしたっての? ウソだろ?」


 しかし、呟きについているコメントを見る限り、天音がフェンリルのテイムに成功したのは間違いないようだった。


「ちっ」


 要はうんざりしてスマートフォンをポケットにしまった。


(けど、このままじゃやべーよなぁ。再生回数で蓮也に詰められてるし)


 どうにか対策を立てなければいけないところだが、午後からの探索に備えなければならない。


 最近、Dライブ・ユニットでは、午前が個人配信、午後がグループ配信と決まっていて、5人ともかなりタイトなスケジュールを詰め込まれていた。


 この後もメンバーが揃い次第、5人で潜らなければならない。


(つーか、5人で潜るのって本当に意味あんのか? 再生数減らしてるだけのような気が……)


 要がそんなことを考えてると、マネージャーの横田の声が聞こえてきた。


「えっ!? 断る? それ本気で言ってます? うち、ディーライですよ? あっ、ちょっ」


 マネージャーは苦虫を噛み潰したような顔をしてスマホをしまった。


「どったの。横田さん」


「あっ、菊池さん?」


 マネージャーは心臓が飛び跳ねそうになったが、自分に話しかけたのが要1人だとわかると胸を撫で下ろした。


 蓮也と社長、由紀がいればどんな目に遭うかわかったものではない。


「実はその……例の榛名さんとのコラボ企画があるじゃないですか」


「あー、あの女子高生の。彼女がどうかしたの?」


「それが先方のマネージャーを名乗る男がどうしてもうちとはコラボしないと言っていまして」


「は? そいつ俺らとのコラボ断るってどういうことか分かってんの?」


「ええ。私としても再三そのことは申し上げたのですが」


「ふーん。榛名自身はどう言ってんの?」


「それにつきましても、榛名さんと直接お話させていただきたいと伝えたのですが……、榛名を出すつもりはないの一点張りでして」


「ふーん。舐めた真似してくれんじゃん」


「なんとかこの榛名さんが桜間高校に通う生徒だということは分かったのですが……」


(桜間高校……)


「いいよ横田さん。榛名のことは俺の方で進めとくから」


「えっ? 本当ですか?」


「うん。ちょっとアテがあってね」

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