第17話 榛名の憂鬱

 横田との電話を切った悟は、ため息を吐いた。


(困ったもんだな横田さんも。できるわけないじゃないか。榛名とディーライでコラボなんて)


 榛名は今、悟がプロデュースしようと着々と進めているグループのリーダーなのだから。


(ていうか横田さん。俺のこと完全に忘れてるんだな)


 Dライブ・ユニットの関係者にとって、悟はすでに過去になっているようだ。


(ま、いいや)


 過去に目を向けている暇がないのは悟も同じだった。


 悟は車を運転して、榛名達を迎えに行った。




【榛名が最強火力でオーガを倒すまでダンジョンから出られない配信】

「はいどうも榛名です。今回はこの新宿ダンジョンにてオーガが複数体いるとの情報を仕入れたので、ちょっと討伐に行ってみたいと思います」


 ・ガンナー1人でオーガを?

 ・無理はよすんだ榛名たん。

 ・オーガを倒すには火力300は必要と言われてるで。

 ・おっ、いきなり〈魔力炉〉ドロップか。幸先ええな。

 ・ファッ!? オーガ討伐5体目!?

 ・倒しすぎやw

 ・ダンジョンレコードで新記録やん。



【幻の素材〈ミスリル〉が出るまで岩を叩き続ける配信】

「どうもー真莉でーす。今回、ここ代々木ダンジョンにて、〈ミスリル〉が採れる岩があるという情報を掴んだので、行ってみまーす。何か使って欲しい素材とか作って欲しい道具とかあったら、教えてね」


 ・真莉ちゃん、こんにちは。

 ・こんちは真莉ちゃん。この前の配信よかったよー。

 ・今日も明るいね真莉ちゃん。

 ・今日はミスリルの岩? 気を付けてね。

 ・今、映ってる〈紅炎石〉と枯れ木からは〈活性炭〉が作れるよ。


「この枯れた木が材料になるの? よーし。叩いちゃお」


 ・ファッ!? いきなり〈活性炭S〉!?

 ・運良すぎやろ

 ・相変わらずの豪運やなw


「なになにー? この〈活性炭S〉てレアなの? おおー。金属の錬成時間を1/100に短縮できるんだ。〈ミスリル〉採取に使ってみよ」


 ・1回の探索で〈ミスリル〉10個生成www

 ・効率よすぎでワロタw

 ・真莉ちゃん、運だけじゃなくて効率よく錬成できて凄い!



【伝説の青フクロウをテイムする配信】

「皆様、こんにちは。本日は青フクロウというモンスターをテイムしようかと思います。情報によると、ここお茶の水ダンジョン内にて、青フクロウが生息しているとのことですので、フェンリルに乗っていこうかと思います」


 ・天音ちゃん、こんにちはー

 ・今日も礼儀正しいね天音ちゃん

 ・天音ちゃん、可愛いよ。天音ちゃん

 ・水を差すようだけど、お茶の水ダンジョンでは青フクロウは出ないよー

 ・ダンジョンニュースっていうサイトを見るといいよ。だいたいどのダンジョンでどのモンスターが出るか詳しく載ってるから

 ・ファッ!? 青フクロウ!?

 ・マジで青フクロウが出てきた!?




 3人の配信はいずれも同接5000人以上、10万回再生を記録し、SNSでも積極的に拡散され、切り抜きも量産され、配信終了後すぐに内容を真似る配信者が多数現れた。


 3人のインフルエンサーとしての実力がさらに増すことは誰の目にも明らかだった。


 ダンジョン配信を終えた3人は悟と一緒にファミレスで食事をすることにした。


「今日も配信お疲れさま。みんなよかったよ」


「はい」


「ありがとうございます」


「悟の用意してくれた企画のおかげだな」


「それじゃあ、ちょっと遅くなったけど、これ」


 悟は契約書を取り出した。


「マネージャーとして君達と正式に契約を結びたい。書類に目を通して問題ないようであれば、この契約書にサインしてくれ」


「「「はい」」」


 3人は契約書を快く受け取った。


 一応、親の許可も必要だが、それについて3人はまず問題ないとのことだった。


 契約書には3人が配信するに当たって、悟は企画を提供し、チャンネルとSNSを管理する。


 配信収益の3割を悟に支払うこと、などが明記されている。


 ウェイトレスが食事を持ってきたので、4人はそれぞれの食事に舌鼓を打った。


「あの、悟さん……」


 真莉がちょっとモジモジしながら切り出した。


「ん? なんだい?」


「電話とかしてもいいですか?」


「電話? なんの?」


「それは……その、仕事のこととか?」


「うん。いいよ。別に」


「わーい。やったー」


「悟さん、私も電話していいですか?」


 天音が慌てて身を乗り出した。


「えっ? もちろん」


 天音はホッとして座り直す。


 そしてそのあとすぐにトロンとした目で悟のことを眺めた。


 真莉も目をキラキラさせながら悟のことを見ている。


 悟は真莉と天音の自分を見る目が明らかに変わっているのに気付いた。


 以前、ファーストフード屋で会った時は、漠然とした憧れの目を向けてきているだけだったが、今は深い尊敬の眼差しでこちらを見つめてきていた。


 2人はテーブルにいる間、悟への眼差しを変えることはなかった。


 榛名は無邪気にステーキを頬張っていた。




 食事を終えると、悟は真莉と天音を車で自宅へと送っていった。


 車の中は、悟と榛名で2人きりになる。


「どうかなあの2人。どっちもいい奴だろ?」


 榛名が切り出した。


「うん。そうだね」


「じゃあ、そろそろグループ結成しようぜ」


 悟は思案した。


 今、3人でユニットを組ませればどうなるか。


 真莉と天音のダンジョン配信者としての才能には、非凡なものがある。


 再生数、同接数、チャンネル登録者数の伸びは予想以上だ。


 悟がプロデュースするまで泣かず飛ばずだったことを考えれば、物凄い飛躍だと言える。


 だが、2人の実力はまだまだ榛名には及ばない。


 配信者としての実力も探索者としての実力も。


 この状態で組ませればどうなるか。


 数字面でも、探索面でも2人は榛名に依存することになる。


 そうなれば3人の間で互いに悪影響が出ることになるだろう。


 真莉と天音は榛名に依存して自分では何も考えなくなる。


 榛名は2人に対して強権的に振る舞うか、あるいは甘やかすか。


 いずれにしても対等な関係は望めなくなる。


 そのような依存関係は長くは続かない。


 3人でユニットを組むのはまだ時期尚早だ。


 せめて、あの2人が榛名と対等な競争ができるようになるまで待つべきだ。


 悟は榛名の方を見た。


 この娘に自分の考えを話すべきか。


(いや、それもダメだ)


 それも得策ではない。


 榛名にこのことを話せば、彼女は2人のためを思って何らかのアクションを起こすだろう。


 今はまだその時ではない。


 真莉も天音も今はまだ伸び伸びと配信をさせる時期だ。


 悟は榛名の方をじっと見つめた。


 榛名は不思議そうに首を傾げる。


「……榛名」


「ん?」


「綺麗になったね」


 顔を赤らめる榛名。


「なっ。何言い出すんだよ急に」


「出会った頃に比べれば随分大人っぽくなった」


「えっ? そ、そうかな?」


 榛名は頬の隣に垂れている長い黒髪をすっすっと高速でき始める。


「それだけ綺麗なんだから、学校でもモテてるんじゃないの?」


「べ、別にそんなことは……」


「榛名と同じクラスの男子が羨ましいよ。僕が同い年だったらきっと放っておかないだろうな」


「えっ? そうかな」


 榛名の髪を梳く速度はますます速くなっていった。


 榛名はかつてないほど焦っていた。


 悟に迫られたらどうしよう。


 無理矢理襲われたら蹴っ飛ばせる自信があったが、紳士的に迫られた場合、ちゃんと拒めるかどうかわからなかった。


 ましてや普段から慕っている悟からの誘いとあっては。


(ヤバい。ドキドキしてきた)


 次の信号で止まった時。


 悟が肩に腕を回してくる。


 こちらに体を乗り出してくる。


 そして、キスする。


 そんなシチュエーションがついつい脳裏をよぎってしまう。


 車の中に逃げ場はない。


「あんまり男遊びしすぎちゃダメだぞ」


「なっ、そんなのしないって」


「本当かー? クラスの男子と付き合っては別れてを繰り返してるんじゃないの?」


「だからしてないって!」


「そっか。ならよかった」


「じゃ、じゃあさ。悟は……」


 車が止まった。


「榛名、着いたよ」


「えっ?」


 榛名はキョトンとする。


「君の家、ここだろ?」


「う、うん。そうだけど。もうちょっとさ、一緒にいてもいいんじゃない?」


「いや、僕はこれから編集作業があるから」


 榛名はほっぺを膨らませながら、車を降りた。


「それじゃ、おやすみ」


「……おやすみ」


 車が離れていくのを榛名は力無く手を上げながら見送った。




 翌日、榛名、真莉、天音は教室で3人一緒にいると、クラスメイトから話しかけられる。


「真莉ー。配信見たよー」


「わ、ありがとー」


「かっこよかったー」


「天音も可愛かった」


「また見てねー」


「あ、あの、駒沢天音さんじゃないですか?」


「はい。そうですけど?」


「配信見ました。フェンリルに乗ってるのとってもかっこよかったです」


「あら、ありがとうございます」


「頑張ってください。今後も応援しています」


 真莉と天音の配信も学校で知られるようになってきていた。


 こうして教室で屯しているだけでも、クラスメイトはもちろん普段関わらないよそのクラスの生徒からも声をかけられ、応援してもらえる。


「私達も有名人っぽくなってきたね」


「ええ。やっぱりダンジョン配信でバズると凄いですね」


「で、どうしたのよ榛名。そんなむすっとした顔しちゃって」


「……別に」


 榛名は朝からこの調子だった。


 普段は有り余るほどのエネルギーで活発に活動しているにもかかわらず、今日はずっと机に突っ伏して沈んでいた。


(はぁ。悟のやつ何考えてんだよ。やっぱ私のこと子供だと思ってるのかな)

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