第36話 コラボが終わって
瑞稀は額にぐっしょり浮き出た汗を拭った。
こんなにヴァンパイア・ロードを仕留めたのは初めてだった。
かつてないほど聖力を使って、流石に疲労が隠しきれなくなっている。
瑞稀はメンバーの顔色をみた。
5人のうち誰一人として、瑞稀のように疲れていない。
ディーライの2人はもちろん、真莉と天音も相次ぐ作戦変更にもかかわらず、涼しい顔で配信をこなしている。
(真莉も天音も、ディーライの2人と一緒に配信してるのに。全然余裕でタスクこなしてるじゃない。疲れてるのは私だけ……)
当然、彼らはこの後も探索を続けるだろう。
「瑞稀。大丈夫かい?」
悟が心配そうに声をかけてきた。
「大丈夫」
「あともう少しでゴールだ。頑張って」
「わかってるわよ。子供扱いしないで」
「子供扱いなんてしてないよ。君は優秀な
瑞稀は唇をぎゅっと噛みながら不満そうに悟の方を見た。
(平気な顔して。わかってるんだから。さっきの作戦変更。私をフォローするためのものなんでしょ)
「悟ー。カラステイムしといたぜ。次はどっち行く?」
「悟。あそこにゾンビが現れそうだが、カバーしとかなくていいのか?」
要と秀仁が悟に尋ねてくる。
要も秀仁も方針については悟に頼りっきりだった。
そもそもこれだけ長い時間、マップスキルでガイドできる時点で化け物としか思えない。
4人とも悟のことを信頼していたし、悟も4人のことを信頼していた。
全員からフォローされているのは瑞稀だけである。
瑞稀は悔しげに悟の方を見つめる。
(決めた。また、悟とコラボするわ。次こそは私の実力、認めさせてやるんだから)
9階層になると、ようやく悟の防御重視の策が功を奏してきた。
先行していたパーティーが軒並み離脱したり、戦闘不能に陥ったりし始めたのだ。
悟達はゴール前の最後のヴァンパイア・ロードまでたどり着く。
「あとはこいつ一体!」
「頼むよ瑞稀」
最後のヴァンパイア・ロードは、ラスボスだけあって逃げることなく果敢に挑んできた。
しかし、〈聖なる十字架〉を5つ以上集めて聖力を強化した瑞稀の敵ではなかった。
真莉・天音・要・秀仁の4人も雑魚敵の排除、防御、撹乱などで瑞稀を援護する。
瑞稀の光の剣がヴァンパイア・ロードの胸元を貫いた。
ラスボスが討伐され、アイテムと共に地上への帰還転移魔法陣が現れる。
「よっし。ダンジョン踏破成功!」
「やったぁあぁぁあー。一位だよ」
「コラボは大成功ですね」
「一時はどうなることかと思ったが、どうにか乗り切れたな」
「ふー。無茶苦茶疲れたわ」
5人ともめいめいにダンジョン攻略成功を讃え合い、リスナーとも喜びを分かち合っていた。
悟も満足だった。
(色々あったが、結果的に全て上手くいったな。真莉と天音は存分に実力を発揮できたし、瑞稀とも良好な関係が築けそうだ。要と秀仁も最初は相性の悪さから不調だったが、役割を交代してからの戦いぶりは流石だった。特に真莉と要、天音と秀仁の組み合わせはそれぞれ強力なコンビだったな)
そうして悟が感心するものの、喉元過ぎればなんとやら。
配信が終わると、要は天音の方に、秀仁は真莉の方にそれぞれ行ってしまうのであった。
「ねぇねぇ。天音ちゃん。俺の活躍見てくれてた?」
「さぁ。私は自分のことで精一杯でしたから」
「真莉。今回はどうやら上手くやったようだな。だが、錬金術の道はお前が思っているほど甘いものではないぞ」
「は、はぁ。そうっすか」
リラックスしていた真莉と天音は一転、よそよそしい態度をとる。
要と秀仁はそんな2人に気付かず、話しかけ続ける。
真莉と天音はいっそう鼻白んだ態度をとるばかりだった。
(やれやれ。要も秀仁も相性の良かった相手はそっちのけで、相性の悪かった相手にご執心か)
要と真莉、秀仁と天音はそれぞれかなり気質的に近しいところがあるから、ワンチャン親密になれそうだったのに(流石に妨害するが)。
なぜ人は自分と正反対の気質の人物に惹かれてしまうのだろう。
2人とも人気配信者でチヤホヤされている。
寄ってくる女性も選り取りみどりだろう。
選択肢が多い分、自分と正反対の性格の人物を新鮮に感じてしまうのかもしれない。
「真莉、天音」
悟はいい加減うんざりしている2人に助け舟を出した。
2人とも待ってましたとばかりに反応する。
「楽しんでいるところ悪いけど、そろそろ帰ろう。このあと打ち合わせの予定があるだろ?」
「あっ、はーい。いやぁ、残念だなぁ。そろそろ帰らなくっちゃ」
「かしこまりました。お三方と別れることになるのは残念ですが、悟さんとの打ち合わせを外すわけにはいきませんしね」
「おいおい、そりゃないぜ悟。せっかくコラボしたんだからもう少し親交を深めようぜ」
「そうだぞ悟。せっかく盛り上がったんだから、打ち上げくらいしてもいいだろう」
「すまない。2人とも。この後、入ってる予定があって、どうしても真莉と天音を一緒に連れて行く必要があるんだ」
要と秀仁はなおも食い下がるものの、悟は頑として断ったため、引き下がらざるを得なかった。
要も秀仁も今回のダンジョンで、悟達3人に恩を売ったとは言い難い成果だったため、相手に拒否されればそれ以上要求することはできなかった。
「悟」
真莉と天音を引き連れて、車へ戻ろうとする悟に瑞稀がおずおずと話しかけてくる。
「また、私達コラボできるよね?」
「ああ。もちろんだ。またコラボしよう」
悟は瑞稀にそれだけ言って車に乗り込んだ。
こうして、6人は解散してそれぞれの本拠地へと帰った。
要と秀仁は手応えを覚えながら事務所へと帰った。
動画の伸びを見る限り、久々に50万再生を超えそうだった。
ここしばらく10万再生にも届かないことがほとんどだったことを思えば、上出来の成果と言えるだろう。
普段あんまり仲良くない2人だったが、この日は珍しく軽口を叩き合いながら和やかな雰囲気で事務所へと戻っていった。
しかし、待っていたのは怒り心頭の由紀だった。
「あんた達、どういうことよこれ」
由紀は本日のコラボ動画を映したPC画面を見せる。
瑞稀をはじめ、真莉や天音も当然映っている。
2人は内心、事務所に帰ったのを後悔した。
((しまった。この時間まだこいつがいるんだった))
「えっ? どういうことって。何が?」
「なんであの裏切り者のプロデュースした配信者とつるんでんのかって聞いてんのよ。何? 悟の内通者ってあんた達だったの?」
「いやいやいや。違うって。これはたまたまだよ。たまたま。瑞稀と電撃コラボすることになって、そしたら現地に悟達がいてさぁ。いやー。あれはビビったな」
「嘘ついてんじゃねぇええー。コラボに横槍入れたのはあんた達でしょーが。ホラこれ見なさい。瑞稀と真莉、天音が3日前からコラボ宣伝してる。調べはとっくについてんのよ」
由紀はSNS画面の動かぬ証拠を突きつける。
(ぐっ。こういうのには余念がないな。こいつ)
「いやいや、違うんだって。これは榛名を引き込むための作戦で……あっ」
「榛名ぁ?」
由紀が鬼のような形相で要を睨む。
「あんた達まだ榛名、榛名言ってんの? 榛名はあの裏切り者と繋がりのあるクズ女! 蓮也の企画をパクって再生数伸ばしてるド外道だってことで結論が出たでしょーが。それをあんた達は何? まだ榛名を引き抜くために裏切り者の悟と仲良くしてんの? 冗談じゃないわ。これは重大な背信行為よ。背信行為。要、あんたディーライの看板に泥を塗る気?」
「いや、榛名を引き込むってのは言葉のアヤで。榛名をディーライに入れるんじゃなくて、悟に打撃を与えるための方策であってだな」
「嘘つくんじゃないわよ。どうせ女遊びしたさにこの2人とコラボしただけでしょーが」
「落ち着け由紀。何も俺達は遊んでいたわけじゃない。きちんと再生数を稼いでディーライに還元するためにだな」
「そうそう。俺らの再生数見ろよ。久しぶりに50万超えたんだぜ? ランキングだってきっと1位に。あ、あれ?」
要が自身のスマホで動画サイトのランキングを開くと、1位に天音、2位に真莉が来ており、2人の再生数は100万回を超えていた。
一方、要と秀仁は9位、10位に甘んじている。
前半で遅れをとった分、動画サイトのアルゴリズムは天音と真莉の動画を2人よりも評価したのだ。
「裏切り者の方が再生数稼いでんじゃねーかぁああ」
由紀は机をダァンと拳で叩いた。
「ふざけんじゃないわよ。要、秀仁、あんた達責任もってこの動画を消すよう向こうに言ってきなさい」
「はぁ? なんで俺達がそんなことしなきゃ……」
「これじゃディーライのファンがこいつらのチャンネルに流れるでしょーが!」
「いや、いくらなんでもそんな無茶苦茶な……」
「要、秀仁、今後あんた達は女性配信者とコラボ禁止よ。SNSでそう明言しなさい」
「ええ。ちょっと待ってくれよ」
「ギャオオオオン」
要は由紀の怒号に閉口して蓮也に助けを求めた。
「蓮也。お前からもなんとか言ってくれよ」
「蓮也。わかってんの? これを許したらますますディーライのファンが悟の方に流れるわよ」
黙って腕を組んで聞いていた蓮也が満を持して口を開く。
「うむ。そうだな。今回は由紀が正しい」
((…………は!?))
要と秀仁は蓮也の言葉に耳を疑った。
今回の一件、企画したのは蓮也ではないか。
(おいおい。何言ってんだよ蓮也。由紀は消えるんじゃなかったのかよ)
「要。秀仁。真莉と天音を悟から離反させる算段だったはずだが、それはどうなった?」
「「……」」
「要、秀仁。お前らはこれ以上ディーライのリスナーが裏切り者の方に流れないように責任をもってこのコラボ動画を削除させろ」
蓮也はそれだけいうと、会議室を後にした。
要と秀仁は仕方なく、悟と菊花騎士団にコラボ動画の削除を要請するが、当然のことながら聞き入れてもらうことはできなかった。
すでに公開した動画を特段の理由もなく消すことはできない。
この日以来、要と秀仁は蓮也に対して拭うことのできない不信感と不満を持つようになり、蓮也の言うことを無条件に聞くことはなくなっていく。
そして、ちょうどこのタイミングで悟が事務所に残した企画書も使い尽くした。
今後は蓮也自らの頭で企画を考えていかなければならない。
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