第37話 くすぶる不満
「どういうことだよあの態度。なぁ?」
要はビールのジョッキをテーブルに叩きつけながら言った。
秀仁は腕を組んで気難しい顔をしている。
ディーライの事務所を後にした2人は、居酒屋に寄っていた。
「真莉・天音とコラボして来い。そう言ったのは蓮也、あいつだろ?」
「そんなことよりも俺が気に食わないのは、あいつらの再生数だ。見ろ!」
秀仁はスマートフォンの画面に映る蓮也達の再生数を表示した。
「3人とも10万再生に届くか、届かないか。俺は50万再生を超えたんだぞ? 一体どの口で俺の配信に文句をつけているんだ?」
「大体、由紀はもうすぐ消えるって言ってたじゃねーか。あの話はどうなったんだよ」
「以前から思っていたが、蓮也の考えた企画。あれは本当に有効なのか? 炎上して登録者数が減るばかりで大して再生数も稼げていないじゃないか」
「もう、俺はゼッテーあいつの言うこと信じないからな」
「蓮也の決定には不可解な点が多すぎる。一度、どういう考えでグループを運用しているのか、問いただしてみるべきだ」
そうして2人は愚痴・不満を言い合い、蓮也への反感を募らせるものの、具体的にどう行動するかという話になると一向にまとまらなかった。
性格が違いすぎるというのもあるが、2人とも方針を固めるとか、意見を調整するといったことになるとてんで無能になってしまうのであった。
事務所を後にした由紀は、真莉と天音のチャンネルを見てひとしきり歯軋りをした後、日課であるエゴサーチをして、女性配信者のチャンネル、ファンスレ、アンチスレ、SNSの巡回を行っていた。
彼女は他者の自分を見る目に極めて敏感でSNS上の些細な変化も見逃さなかった。
ディーライファン、ディーライアンチの書き込みを見ているうちに、彼女の鋭敏な勘は何らかの異変を嗅ぎつけた。
おかしい。
今日のネットは何かいつもと雰囲気が違う。
妄信的にディーライを応援するファンと妄執的にディーライを叩くアンチがいるのはいつものことだ。
だが、彼らの呟きがいつもとやや趣が異なるような気がする。
何かを不安に感じているような、あるいは何かを期待しているような。
同時にここ最近の蓮也、要、秀仁の顔つきに感じていた違和感が首をもたげてくる。
由紀に対して微妙に距離を取っているというか、興味を失っているような感じ。
ネットの海を横断して集めた情報と事務所内の人間の顔つきを照合したところ、違和感は一つの直感へと行き着いた。
(蓮也、あいつ私を消そうとしてるわね)
インターネット空間のこの空気。
悟が裏切り者の汚名を着せられて追放された時の空気に似ている。
あの時もこんな感じだった。
何らかの話題を避けているような、あるいは何らかの話題を期待しているような。
ネット民の炎上を嗅ぎつける能力はバカにならない。
彼らは天変地異の前触れに怯えているようであり、あるいは盛大な祭りの告知を待ち構えているかのようだった。
誰かが何らかの火種をせっせと仕込み、炎上の準備をしているのだ。
それも現れては消えるボヤ程度のものではなく、内部関係者による暴露レベルの不祥事だ。
誰かが由紀を貶めようとしている。
(間違いなく蓮也だわ)
悟が追放された時、蓮也は間違いなく何かしていた。
由紀は朧げながら蓮也の悪巧みに気づいていたが、見て見ぬふりをして話を合わせていた。
(私も悟のように追放しようってわけね。そうはいかないわ。誰がむざむざやられるもんですか。見てなさい蓮也。いつもいつも思い通りになると思ったら大間違いよ)
大吉はベッドの上で枕相手に奮闘していた。
「このっ、このっ、このっ、あのちくしょうめえええええ」
羽毛の詰まった枕相手に何度もパンチを喰らわせる。
「なんで毎回俺が殺されなきゃならんのだ。なんで毎回毎回俺ばかりぃぃい」
枕からすべての羽毛が飛び散るものの鬱憤が収まることはなかった。
彼は部屋で1人になった時、本音を吐き出すタイプだった。
肩で息をしながら押し入れの中から2つ目の枕を取り出していると、電話が鳴る。
事務所からの連絡だった。
大吉は電話に飛びついて、通話する。
「はい。もしもし。はい。はい。もちろん。やらせていただきます。えっ? またやられ役? えっ? いえいえ。不満など決してありません。ええ、はい。もちろんやらせていだだきます。はい。今後ともよろしくお願いします。ええ、はい。どうもー」
プツリと電話が切れる。
「ちくしょーめえええ。今に見てろよ、蓮也。こなくそ。このっ、このっ」
大吉は今夜、三つ目の枕を破壊すると、アムゾンで新たに枕を1ダース注文するのであった。
自宅で今夜の工作活動を終えた蓮也は一息ついていた。
「ふぅ。こんなもんか」
今夜の主なターゲットは真莉と天音だった。
動画サイトを見ると、2人の再生数は150万に迫ろうとしていた。
(まさか、この2人がここまで伸びるとはな)
おかげで由紀関連の工作が先延ばしになってしまった。
真莉と天音の配信を見ているのは女子高生好きの好色なおっさん、故にイケメン配信者とコラボすればコメント欄は荒れまくり炎上して2人の人気もガタ落ちになる、というのが蓮也の目算だったが、見事に外れてしまった。
どうやら2人の配信は同い年の女子高生も結構見ているようだった。
コラボに対する否定的な反応は限定的で、むしろディーライの主要メンバーとも互角以上に張り合える真莉と天音の姿に好意的な反応の方が多かった。
仕方なく蓮也はコラボでの切り崩しから炎上工作に作戦を切り替えた。
真莉は中学の時点でパパ活をしている淫行常習者ということにし、天音は実家が金持ちであることから親が汚職で利権を貪っている裏社会の危険人物ということにして、いろんな掲示板でそういった噂を流しておく。
(ったく、余計な手間かけさせやがって)
蓮也が対応しなければならない仕事はこれだけではなかった。
蓮也は要と秀仁の一瞬見せた反抗的な態度、そして2人が揃っていつもより早くそそくさと事務所を後にしたのを見逃さなかった。
(あの2人も反抗的になってきたな。そろそろシメとくか?)
反抗的といえば由紀もそうだ。
そもそもあの場で由紀がギャオらなければあのまま真莉・天音の籠絡、および榛名切り崩し路線を続けることができた。
由紀が変に騒ぎ立てるから、要と秀仁の責任を追求せざるを得なくなったのだ。
(やはり由紀は早めに消しておかなければな。何かする度にああやって邪魔されては仕事にならない)
大吉にも蓮也は不満を持っていた。
一見、従順なフリをしているが、いつまで経っても言われたことしかやらない。
もっと自分の立場を自覚して率先して弄られ役を務めてもらわなければ。
(ったく。これだから言われたことしかできない指示待ち人間は)
蓮也が気を揉まなければならないのは身内の統率だけではない。
リスナーを満足させる企画にも知恵を絞らなければならない。
リスナーという奴らは移り気だ。
あっちの配信者のフォロワーになったかと思えば、次の日には別の配信者のフォロワーになっている。
動画配信サイトも問題だ。
最近、サイトトップのおすすめ動画を表示するアルゴリズムは、ますます難解になっており、掴みどころがない。
しかもDライブ・ユニットの動画に対してやけに渋い反応を見せている。
(リスナーも配信サイト運営者もちゃんとして欲しいぜ。Dライブ・ユニットがどれだけ業界に貢献してきたか。まったくわかっていない)
それもこれもひとえに企画立案を担当していた悟が、勝手なことをして抜けたせいだ。
(内部情報を漏洩した挙句、脱退しやがって。前代未聞だぞこんな事件。ディーライの看板に泥を塗りやがって)
蓮也の頭の中では、内部情報漏洩も悟のせいということになっていた。
実際に悟の企画書を流出させたのは蓮也なのだが、それも悟のせい、つまり蓮也がリーダーとして悟を切らざるを得なくなるほど悟の配信成績が悪かったためだと、蓮也の頭の中では都合よく事実が改変されていた。
蓮也はため息をついた。
(まったくどいつもこいつも使えない奴ばかりだな。
蓮也はさらに自身への権限を集中させるべく、これまで以上にメンバー全員への罰則を厳しくし、一方で悟達への妨害を強化しようと決意するのであった。
コラボ配信が終わった後、悟達は榛名を拾って4人で街中をぶらぶら歩いていた。
真莉と天音の動画が100万再生を予想より速く超えたため、そのまま祝賀会をしようという流れになったのだ。
こうなることを見越して、悟は一応店を押さえておいたが、予約した時刻までまだかなりの時間があった。
4人は適当に街をぶらぶら歩いて暇つぶししているというわけである。
「はーあ。私もやりたかったなーコラボ」
榛名が頭の後ろで腕を組みながらぼやく。
「榛名は今日も元気に50万再生突破してるじゃない」
「そうです。化け物すぎますよ榛名は」
「えー。でも、そっちに混ざってりゃもっと稼げてたかもしれないじゃん」
「でも榛名、実際にディーライのメンバーを前にしたら喧嘩ふっかけてただろ?」
悟が言った。
「あったりまえじゃん。ダンジョンに入る前にボコボコにしてやんよ」
悟と真莉は2人で顔を見合わせて「これだよ」みたいな表情をした。
「あっ、なんだ2人ともその顔」
「わかってないですねー」
「それが榛名のいいところだよ」
「くっ、なんか納得いかないな」
街並みに目を移す天音の目に電光掲示板の宣伝が飛び込んでくる。
そこには「ダンジョン・カップ」の文字が踊っていた。
「今年ももうすぐだね。ダンジョン・カップ」
悟が天音の視線の先に目ざとく反応して言った。
「ええ。去年までは観戦側でしたが、今年は冒険者ライセンスを取得しているので参加できます」
天音が両手で握り拳を作りながら言った。
「ディーライの奴らも参戦するのかな?」
榛名が神妙な顔つきになって言った。
「当然、来るだろうね」
ダンジョン・カップは年に一度開催される配信者向けの祭典だった。
年に何度か訪れるダンジョン内のモンスターが休止する期間を利用して行われる大会。
ここで優勝したグループには、一躍有名になり登録者数が増加すると共に多数の企業から案件がもらえる。
ちなみに去年の優勝チームはDライブ・ユニットの蓮也・要・秀仁のチームだった。
「ディーライは去年のディフェンディング・チャンピオン。今年も大会に参加するのは半分義務みたいなもんだ」
「うへぇ。またあの説教魔の錬金術師と顔合わせるんですね」
真莉はうんざりしたように言った。
「秀仁さんはそこまで問題ではありません。それよりもあの要とかいう人です。みっともないったらありゃしない。あの人の方がイライラしますよ」
「……そう? 要さんは普通じゃない?」
「どこがですか。全然ですよ」
基本的に仲のいい真莉と天音だが、要と秀仁の人物評に関しては一向に話が合わなかった。
「秀仁も要もどうでもいい。一番倒さなきゃいけないのは蓮也だ」
榛名が言った。
「うん。そうだね」
「あの人だけは許せません」
2人はそこに関しては全面的に同意した。
「悟を追放して、私にもあらぬ噂を振り撒いて炎上させた。あいつだけは必ずとっちめないと」
3人は深く頷き合った。
「よし。3人ともダンジョン・カップへのやる気は十分みたいだね。そこでもう一つ僕から提案があるんだけど……」
「「「?」」」
「このダンジョン・カップで3人のコラボをすると共にユニット結成を発表しようと思うんだが」
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