第35話 トラップと波状攻撃

「要。この先にヴァンパイア・ロードが出現した。吸血コウモリが大量に来るぞ」


「わかってら。もうカラス共にコウモリ狩らせてるっての」


「秀仁。この地点にゾンビが出現しそうな空間がある」


「よし。先行してゾンビ共を根こそぎ潰しておく」


「瑞稀。もうすぐヴァンパイア・ロードとエンカウントするぞ。十字架の呪い解除間に合いそうか?」


「わわ。ちょっと待ってよ。あともう少しだから」


 瑞稀は慌ただしく十字架の呪いを解きにかかる。


(ちょっとどうしたのよ、みんな。急に探索速度上がりすぎじゃない?)


 悟の采配の下、一行の探索速度は急激に上がっていった。


 要と秀仁の役割交代がかっちりはまったおかげで、真莉と天音の作業効率も格段に上がり、モンスターの撃破数、アイテムの取得数、ダンジョンの探索速度、すべての指標が右肩上がりになっていった。


 ヴァンパイア・ロードとエンカウントする直前になっても、全員動じることなく役割をこなしていく。


「この階層のコウモリを狩り尽くして、ヴァンパイア・ロードを丸裸にしてやるぜ」


「きゃー。お兄さん、かっこいー」


「天音。地砕針で掘り返しておくぞ。周りこめ」


「はい。援護感謝します」


(みんな活き活きと配信している。交代策は大成功だな。要は法螺吹きが戻ってきたし、秀仁も一徹さを取り戻してきた。真莉と天音もやりやすそうだ)


 この先のヴァンパイア・ロードはバジリスクを従えている。


 真莉は生成した解除薬を全員にあらかじめ配り、毒・麻痺・やけど全ての状態異常を発症するバジリスクの息に備えておいた。




 バジリスクを従えるヴァンパイア・ロードは、視界の端で三つ目カラスが羽ばたいているのを捉えた。


 どうやら彼の配下である吸血コウモリを捕食しようと狙っているようだ。


 ヴァンパイア・ロードは大して気に留めることもなく、マントを翻して低空飛行を続けた。


 彼からすればくだらない下等生物同士の争いだった。


 吸血コウモリなどこのダンジョンに掃いて捨てるほどいる。


 カラスがコウモリを捕食しているからといってなんだというのだ。


 ヴァンパイア・ロードからすれば、三つ目カラスは捕まえにくい割に大して血の量も多くない、あまり旨味のない生物だった。


 吸血コウモリの1匹や2匹のために貴重な魔力を使いたくない。


 なぜ自分が大量にいる下等な配下のために労力を割かねばならないのか。


 それに先ほどから背後から急速に接近してくる数人と数匹の足音。


 冒険者共に違いなかった。


 もうすぐそこ。


 振り向けば、やはり6人の男女とフェンリル、いずれも活きのいい若い男女と大量の血を摂取できそうな大型の狼だった。


 ヴァンパイア・ロードは愉悦に唇を歪ませる。


 手に握った鎖を引いてバジリスクに息を吐かせるように命じる。


 瞬く間に辺り一帯にバジリスクの猛毒の息が充満して、地上に広がり、冒険者達を包み込む。


 ヴァンパイア・ロードは巨大な蛇バジリスクの頭の上に乗り、冒険者達が麻痺と毒にのたうち回る様を高みの見物しようとしたが、冒険者達はのたうち回るどころか反撃してくる。


 真莉が先ほど錬成した〈疾風鎌〉を取り出して、バジリスクに向かって放り投げた。


 秀仁も地砕針を放つ。


 〈疾風鎌〉に切り刻まれ、地砕針に下から突き上げられたバジリスクは、瞬く間に消滅してしまう。


 ギョッとしたヴァンパイア・ロードは、慌てて口笛を吹く。


 吸血コウモリ達を呼び出して、冒険者達を襲わせるのだ。


 ところが、コウモリ達は一向に現れない。


 要が先んじてカラス達に辺り一帯のコウモリを狩り尽くさせていたのだ。


 逃げようとしたヴァンパイア・ロードだが、地砕針でできたヴァンパイア・ロードの死角を利用して天音とフェンリルが背後に回り込んでいた。


 ヴァンパイア・ロードの逃げ道は右側しかない。


 しかし、そこには瑞稀が待ち構えていた。


 エクソシスト・ロッドを振るって聖なる光によりヴァンパイア・ロードに痛撃を与える。


 だが、光の剣はヴァンパイア・ロードの脇腹を掠めただけで致命傷を与えるには至らない。


(ダメだ。浅い)


 悟は討伐失敗を悟った。


 ヴァンパイア・ロードはコウモリに変身し、瑞稀の横を通り過ぎて、全速力で離脱する。


「チッ。取り逃したか」


「詰めが甘かったな」


 要と秀仁が悔しそうにヴァンパイア・ロードの逃げた先を見つめる。


 あともう一歩で取り逃したことにコメント欄の流れも速くなる。



 ・ああー、惜しい

 ・要と秀仁の調子も戻ってきたな

 ・流石にディーライの2番手と3番手やね

 ・瑞稀だけついてこれてないな

 ・クマさんの采配バッチリはまったね

 ・クマさん修正能力も高いな



 その後も6人は、どんどん連携を深めてダンジョン探索を加速させていった。


 だが、それに比してヴァンパイア・ロードの討伐数は滞ることになった。


 追い詰めるまでは上手くいくものの、詰め切れず逃がしてしまうのだ。


「瑞稀。何やってる。早くしろ」


「おい、瑞稀、おせーって」


「瑞稀ちゃん、右側警戒してくれるかな」


「瑞稀さん、待ち伏せお願いします」


(何よこれ。真莉も天音もすっごく強いじゃない。ついていけてないのは私だけ? こんなの。こんなのって……)


(ちぃっ。どんだけ追い詰めてもトドメ役がこれじゃらちが明かねーぜ)


 要は苛立ちを隠し切れず、髪をかきむしった。


(なんとかならねーのかよ。悟)


 悟も瑞稀の不調には気づいていた。


(瑞稀だけ一歩遅れてるな。決して敏捷値が足りないわけじゃない。判断が一瞬遅いんだ)


 連携が機能して、探索スピードが速くなった結果、実力差が浮き彫りになるというのは皮肉なことだった。


 悟は何かアドバイスしようと思ったが、やめておいた。


 思い詰めている時、いたずらに助言を与えるのは逆効果になることが多い。


 それに彼女もわかっているはずだ。


 この中で実力が足りていないのは自分だけなこと。


 今はそれで十分だ。


 ここから立ち上がるのは彼女の仕事。


 悟は瑞稀のモチベーションをケアするだけにとどめておく。


「瑞稀。うなだれてる場合じゃないぞ。まだ配信は終わっていない」


「う、うるさいわね。わかってるわよ」


「このダンジョンを攻略するには君の力が必要なんだ」


「……」


「リスナーも君のことを見守っている。最後まで顔上げていこう」


「……うん」


(とはいえ、どうするかな。瑞稀は精一杯やってる。これ以上を求めるのは無理だ)


 悟はマップスキルを発動した。


(飛び道具は? ダメだ。先行しているパーティーに取られる)


 本来はもっと速く探索しているはずだったが、要と秀仁の調子を上げるのに時間がかかりすぎた。


 防御重視のアイテム取得も裏目に出たかもしれない。


(アイテムは先に取得される。なら、まだ狩られていないモンスターのドロップアイテムは?)


 悟はマップ内から情報を探し続けた。


 すると、鋼蜘蛛はがねぐもというモンスターがまだ狩られていないことに気づく。


 悟はメンバーを見回した。


 真莉が鼻歌を歌いながら、薬草を刈っている。


 もはや自分の役割はほとんど終えて、流してるといった感じだ。


(よし。ちょっと作戦を変えてみるか)


「みんなちょっとストップ。集まってくれ」


 5人は探索、錬成の手を止めて悟の下に集まる。


「みんな薄々感じてると思うけど、ヴァンパイア・ロードの逃げ足が予想以上に速い。さっきから最後の最後で取り逃してる」


「うむ。それは俺も気になっていたところだ」


「ようやくその話か。待ちくたびれたぜ」


 秀仁と要が同調する。


「そこでちょっと、作戦を変えようと思う。真莉」


「はい」


「解除薬はもう十分調達した。ここからは罠を張ろうと思う」


「罠ですか?」


「うん。これを見て」


 悟はマップ内に残っている新たな重点アイテムを表示した。


 鋼蜘蛛はがねぐもの糸と麻痺毒針。


「この2つでヴァンパイア・ロードを罠にはめる。具体的にはヴァンパイア・ロードの好物である黒曜獅子を麻痺毒針で痺れさせ、その周辺に鋼蜘蛛はがねぐもの粘着糸をしかけて、ヴァンパイア・ロードの動きを絡め取る」


「なるほど。そうすれば、逃げ足の速い相手も簡単に捕まえられますね」


「そう。要、君はテイムモンスターを使ってトラップの管理と誘導だ」


「よっし。カラス共を使ってヴァンパイア・ロードを罠に嵌めてやるぜ」


 要と真莉はすぐに自分達の新しい役割を理解した。


「俺達はどうするんだ?」


 秀仁が聞いてくる。


「秀仁と天音には別の作戦を担当してもらう。ヴァンパイア・ロードのヘイトを溜める作戦だ」


「ヘイトを溜める?」


「そう。ヴァンパイア・ロードが包囲される前に逃げてしまうのは、戦力的に勝ち目がないと悟ってしまうからだ。だから、今後は包囲せずに戦力の逐次投入を行う」


 悟はマップを表示して、マーカーを動かし、天音と秀仁が順繰りにターゲットに向かっていく様子を見せる。


「ヴァンパイア・ロードが出現したら、まず天音が攻撃を仕掛ける。そして次に秀仁が。ヴァンパイア・ロードとまともに正面からぶつかれば、こちらもダメージを受けてしまうが、向こうもダメージを受ける。向こうも感情的になって反撃してくるはずだ。そうして、ヴァンパイア・ロードが前のめりになったところで後に控えた瑞稀を投入し、トドメを刺す」


「なるほど。波状攻撃か」


「それなら確かに探索スピードを維持しながら、ヴァンパイア・ロードを釘付けにすることができそうですね」


「うん。どうかな? ヴァンパイア・ロードの即死魔法を前に正面から仕掛けるのはかなり勇気のいることだが…………」


「いいだろう。やってみよう」


「悟さんの作戦なら喜んでやります」


「ありがとう。瑞稀。君も少し忙しくなりそうだけれど、頼めるかな」


「あ、う、うん。わかった」


 こうして役割と作戦を変えた一行は、ダンジョン探索を再開した。


 真莉はすぐに鋼蜘蛛の毒針と糸を入手し、トラップを錬成した。


 見つけた黒曜獅子に毒を打ってヴァンパイア・ロードを捕まえるための罠を張った。


 要はカラス達に命じてトラップを見張らせる。


 そうこうしているうちにヴァンパイア・ロードが出現した。


 トラップとは逆方向、前方すぐのところだった。


「天音。ヴァンパイア・ロードが出現した。この場所だ」


「はい。先行して攻撃をかけます」


 天音はすぐさまフェンリルに乗ってヴァンパイア・ロードの下へと向かった。


 秀仁がそれに続く。


 瑞稀は一歩遅れて2人の後を追うが、この場合は瑞稀の判断が遅いのは逆に好都合だった。




 ヴァンパイア・ロードはフェンリルに乗る天音と対峙していた。


 紫の波動、即死魔法を放つ。


 フェンリルに直撃するも、アイテム〈抗体の毛皮〉を身に付けているため即死魔法を3回まで無効化できる。


 ヴァンパイア・ロードは舌打ちした。


 〈抗体の毛皮〉。


 抗体持つイタチアンチ・ラーテルのドロップアイテム。


 あらゆる状態異常を跳ね除け、即死魔法すら無効化する最強の防具。


 だが、それでも向こうには自分を殺せるスキルはない。


 やや倒すのに手間取る相手だが、倒せないことはない。


 フェンリルはヴァンパイア・ロードの腕を食いちぎった。


 しかし、食いちぎった腕はフェンリルの胃に収まることはなく、黒い霧となってすぐにヴァンパイア・ロードの元に戻り、腕を復元させる。


 ヴァンパイア・ロードはニヤリと笑った。


 不死身の体。


 どれだけダメージを受けようともたちどころに再生してしまう。


 腕がないその時だけ即死魔法を放つことができないが、所詮は時間稼ぎ。


 消耗戦になれば先に力尽きるのは天音の側だった。


 この戦いには勝てる。


 そう思ったヴァンパイア・ロードは必ず天音とフェンリルを殺して血を吸ってやろうと心に決める。


 そうしてヴァンパイア・ロードは即死魔法を放とうとするも、横槍が入った。


 地面がボコボコと盛り上がったかと思うと、剣山のようになってヴァンパイア・ロードの体を貫く。


 ヴァンパイア・ロードはまたもや舌打ちした。


 今度は錬金術師か。


 だが、無駄だ。


 どれだけ攻撃を当てようとも何人たりともヴァンパイア・ロードを殺すことはできない。


 ヴァンパイア・ロードは秀仁に向かって即死魔法を放つも、やはり弾かれる。


 秀仁も〈抗体の毛皮〉を装備していた。


 ヴァンパイア・ロードは流石に苛立ってくる。


 こいつも〈抗体の毛皮〉か。


 どこまでも無駄な抵抗を続けおって。


 どうせ自分を殺すことなどできんのだ。


 ヴァンパイア・ロードはこの2人、自分にダメージを与えたこの二人だけは絶対に殺してやろうと心に決めて体の修復を待つ。


 そうこうしているうちに、また一人近づいてくる人間の足音。


 ヴァンパイア・ロードは頭に血が昇った。


 まだ来るのか!


 忌々しい人間共め。


 ヴァンパイア・ロードは近づいてくる瑞稀のジョブもろくに確認しないまま吸血コウモリを差し向ける。


 瑞稀は吸血コウモリの攻撃を受けながらもヴァンパイア・ロードに接近する。


(私だけみんなに追いつけていないんだ。もうこれ以上足を引っ張れない)


「このくらいで。怯んでたまるか!」


 祓魔師の杖エクソシスト・ロッドの間合にヴァンパイア・ロードを捉える。


 ことここに及んでヴァンパイア・ロードは瑞稀のジョブに気づいた。


 慌てて逃げようとするも後の祭り。


 光の剣がヴァンパイア・ロードの胸を貫く。


「よし。倒せた!」


「ナイスです。瑞稀さん」


「ようやくヴァンパイア・ロードを倒せたな」


 転移魔法陣が現れ、ドロップアイテムがその場に散乱する。


 ヴァンパイア・ロードはドロップアイテムの宝庫だった。


 ヴァンパイアの牙、翼、衣服。


 それぞれ攻撃力や素早さ、防御力を大幅に上げる。


 3人はアイテムをそれぞれ3等分して取得した。




 次の階層では、真莉の仕掛けた罠にヴァンパイア・ロードがかかった。


 要が罠付近に出現したヴァンパイア・ロードにテイムした吸血コウモリを差し向け、罠へ誘導するとあっさりとかかった。


 瑞稀がトラップの場所へ行くと、ヴァンパイア・ロードは粘着糸に足を絡め取られながらも、黒曜獅子の血を吸っていた。


 瑞稀は拍子抜けするほどあっさりとヴァンパイア・ロードを倒した。


 今度は真莉・要と3人でドロップアイテムを分け合う。



 ・まーた、クマの立てた作戦が成功したのか

 ・このクマ、有能すぎんだろw

 ・ディーライ勢と仲良すぎんか、このクマ

 ・知り合いだったのか?

 ・いったい何者なんだ?

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