第34話 交代策
3階層に入っても要と秀仁は苦戦し続けていた。
(なんでだ? なぜ上手くいかない? まだ速さが足りないのか?)
(なんでだ? なぜ上手くいかない? まだ強さが足りないのか?)
2人はそんなことを考えていたが、悟からすれば原因はまったく別のところにあった。
(違う。2人に足りないのは速さでも強さでもない。このダンジョンへの適応する姿勢だ)
地中や空、どこからともなくモンスターが現れてくるこのダンジョンにあって、2人は完全に翻弄されていた。
真莉も天音も一見簡単そうに錬成と討伐をこなしているが、その実かなり防御と危険には気を配っていた。
天音は自身の半径50メートル以内から外にフェンリルが行かないよう厳密に統制していたし、真莉も無茶苦茶やっているように見えて味方との距離、周囲への警戒にはかなり神経を尖らせている。
一方で、要と秀仁はというと、要はテイムの輪を広げすぎだし、秀仁は味方の位置取りなど気にもかけていない。
「くそっ。今度こそ」
「もっと、もっと速くだ」
要と秀仁はまた同じアプローチをとって、自爆しようとしていた。
(要、テイムの輪を広げすぎだ。君の
悟がより深刻に感じているのは、真莉と秀仁、要と天音、この2組はそれぞれ性格が違うにも関わらず役割がかぶっていることだ。
通常、役割が重なって獲物の取り合いになった時、あらかじめ揉めないよう取り決めを交わしたり、協調して仕事に当たるのが賢いやり方というものだが、ここで性格が相反する者同士の職掌が重複している場合、双方のコミュニケーションが上手くいかず対立が激化する傾向にある。
味方同士であるにも関わらず成果の取り合いや主導権の奪い合いとなり、果ては潰し合いへと発展してしまうのだ。
悟は真莉と天音の方を見た。
真莉は秀仁のことを冷ややかな目で見ているし、天音もいつまでも自分の役割を果たさない要にイライラしているようだった。
今はどうにか押さえているものの、2人のディーライ勢に対する不満が爆発するのも時間の問題だった。
(よし。ここはアレやってみるか)
「みんなストップ。ちょっと一旦探索やめて」
熱に浮かされていたように探索していた5人は、ハッとしてその手足を止めた。
全員、悟の方に向き直る。
「もうそろそろダンジョン探索も中盤に差し掛かってきた。みんなもこのダンジョンの難しさについて分かってきた頃だと思う。そこで提案なんだが、役割を変えてみるというのはどうだろう?」
「役割を変える?」
「そう。要、秀仁。君達2人の役割を交代しよう」
「「は?」」
「要は真莉の薬草採取および解除薬錬成のサポート。秀仁は天音の
「なっ、なんでオメーがそこまで仕切ってんだよ」
「そうだ。お前にそこまで指図されるいわれはない」
「2人ともここまでの成績は? 秀仁はみんなの分、解除薬錬成できたのか? 要はターゲット何体討伐した?」
「「……」」
「真莉と天音はすでに自分達のノルマを果たしつつある。このまま2人との差が開けば、君達のリスナーもがっかりするばかりだぞ」
2人はぐっと言葉を詰まらせる。
確かに先ほどからコメントの反応が
2人ともリスナーを盛り上げなければとは思っていたが、目の前のタスクに気を取られるばかりでそれどころではなかった。
「それにさっきから2人とも同じパターンでやられすぎだ。一旦、頭を冷やすためにもタスクを変えた方がいい。ここいらで役割を変えて気分転換しておくのも一つの手だろ?」
「……」
要は逡巡する仕草を見せた。
確かにこのままでは肝心の戦果が上げられず不発に終わってしまう。
だが、悟の案を受け入れれば、今回のコラボの趣旨からズレてしまうのもまた確かだった。
「お互い昔のことは水に流すんだろ? 協力していこうぜ」
悟は要の胸元をポンと拳で叩いた。
ダンジョンに入る前にやられたことのお返しだった。
2人はまだ何か言いたそうにしながらも渋々役割交代に応じる。
文句たらたらといった風情だったが、一応要は真莉の方に、秀仁は天音の方にポジションを変える。
「要。君は吸血コウモリの排除で真莉をサポートだ。いいね」
「へーい」
「真莉。今後は要と一緒に組みながら、ダンジョン探索してくれ」
「わっかりましたー」
悟は2人にこれだけ伝えると、天音の方に行った。
悟が離れると、真莉は要に対して警戒するような視線を向ける。
「私、コメント見ながら錬金術するから」
「あー、いいよそんなの。いちいち言わなくて。好きにやれば? 俺も好きにやるから」
(こいつ……、
「秀仁。君は天音のサポート。〈地砕針〉でゾンビを排除してくれ」
「……」
「天音。秀仁に自分のやり方を伝えて、うまくやってくれ」
「かしこまりました」
悟が離れていくと、天音は秀仁の方に向き直る。
「秀仁さん。戦略目標を達成するのが最優先だと思います」
「当然だ! 脇目を振って優先順位を誤るなど言語道断! 目標討伐に全神経を集中させるぞ」
(この人……、イライラしない?)
探索が再開された。
要はやる気を失ったようにボーッとした顔でフラフラ真莉の隣を歩いていた。
(はーあ。天音ちゃんと離されるとか。ないわ。一気にテンション下がったぜ)
要は猫背であくびをしながら億劫そうに仕事に取りかかる。
(えーっと、吸血コウモリの排除だっけ。じゃあ、空を飛ぶモンスターの方がいいな)
墓標の上に止まっている三つ目カラスが要の目の端に入ってきた。
(あれでいっか)
要は指先から鎖を飛ばす。
三つ目カラスは、要の覇気のない攻撃に初動が遅れ、絡め取られてしまう。
(コウモリを食わせてやる。俺に従え)
要は三つ目カラスに命じて仲間を集めさせ、付近のコウモリ狩りを行わせた。
辺りを飛んでいたコウモリ達は瞬く間に狩り尽くされる。
真莉は錬金術で解除薬を作りながら、異変に気づいた。
(吸血コウモリが襲ってこない?)
彼女の視野の広い両目をどれだけぐりぐり動かしても周囲に吸血コウモリが羽ばたく気配はない。
逆にこちらに危害を加えてこない三つ目カラスがやたら辺りを飛び回っている。
三つ目カラスの1匹が要の腕に止まって、何やら鳴き声をあげている。
(!! カラスをテイムしてコウモリを狩らせたのか)
要から何らかの指令を受け取ったカラスは、再び飛び立って鳴き声をあげ仲間達に指令を伝達する。
(おおー。これは使える。さすが悟さん。適材適所をわかってる)
吸血コウモリを警戒せずに済むようになった真莉は、これまで以上に速く解除薬を錬成していくのであった。
青フクロウが天音の耳元で何事か囁く。
(また、ゾンビか)
天音は顔をしかめた。
天音のテリトリー内、すなわち半径50メートル以内にモンスターが侵入してきても大抵のモンスターはフェンリルが少し唸り声を上げればあっさりと退散していく。
そうしてどうでもいいモンスターを排除して、ターゲットモンスターのみにフェンリルを集中させることができるのだが、それが通用しないのがゾンビだった。
青フクロウは地中の音も聞き分けることができるので、悟よりも速く地に潜るゾンビの気配を察知できるのだが、一方でゾンビにはフェンリルの脅しが効かなかった。
そのため、どうしてもフェンリルに爪と牙を振るわせなければならない。
(悟さんの情報によると、
大地がボコボコと盛り上がったかと思うと、そこからゾンビが現れて一行に襲いかかる。
「フェンリルさん……」
「ふんっ」
天音がフェンリルに命じる前に秀仁がハンマーを振り下ろした。
〈地砕針〉によってゾンビ達が一掃される。
天音が口を開けて驚いていると、秀仁が訝しげにこちらを見てくる。
「どうした? お前の仕事は
「は、はい」
(ちゃんと自分の役割をこなしてくれる。なんてありがたい。流石は悟さん。いい人と組ませてくれました)
ゾンビ達は消滅して、薬草をドロップした。
しかし、秀仁はそれに目もくれない。
(俺の役割は天音とフェンリルをターゲット撃破に専念させること。今となっては薬草などどうでもいい)
天音と秀仁は薬草を放置して先へと進む。
薬草は後から悟が拾って、真莉に回した。
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