第33話 焦り

 フェンリルが高らかに遠吠えをあげる。


 黒い霧のように一帯を覆っていたコウモリ達は、蜘蛛の子散らすように逃げていった。


 天音が腕に張り付いていた吸血コウモリをむしり取ってフェンリルの方に投げると、フェンリルはおやつでも食べるようにコウモリをパクパク食べていく。


 コウモリの噛みついていたあとは、すっかり消え去った。


(本当にすごい再生力。あれだけズタズタにされていた肌がすっかり元通りになってる)


 回復魔法が世に現れてから、再生医療やアンチエイジングの技術は飛躍的に進んだが、この〈再生の角〉も商品化できれば飛ぶように売れそうだ。


 もっとも現段階では、〈再生の角〉をダンジョン外に持ち運ぶ方法は確立されていないが。


「クゥーン」


「フェンリルさんもよく頑張りましたね」


 天音はフェンリルの口元を優しく撫でてあげる。


 要は悔しそうに天音とフェンリルの方を見ていた。


(くそっ。先を越されたか)


 そうこうしているうちに悟達もやってくる。


(見事な討伐だったよ天音。信念、献身性、忠実さ、そして一瞬の集中力。天音のよさがすべて出た戦闘だったな)


 天音も悟がいることに気付いた。


(悟さん。見ててくれたんだ)


「悟さんっ」


 天音は感激のあまり悟に抱きついた。


「やりました。私、〈再生の角〉手に入れましたよ」


「君ならできると思っていたよ」


「凄いじゃないの天音」


「かっこよかったよー」


 瑞稀と真莉もやってきて天音を労う。


「はい。皆様、ありがとうございます」


 天音は悟に抱きついたまま言った。


「天音、今はまだ配信中だから、僕よりもリスナーさんの方に戦果を報告しようね」


「あ、すみません。私ったらつい……」


 天音は顔を赤らめて、悟から離れた。


 ドローンの方に向き直る。


「えー。皆様、失礼しました。感動のあまり、師匠であるクマさんに抱きついてしまいました。


 この通り無事、再生する鹿リバース・ディアを討伐することができて、〈再生の角〉を手に入れることができました。角のおかげでケガも治っております」


 ・うおお、やったー

 ・天音ちゃん、成長したねー

 ・フェンリルの制御に手こずっていた頃からここまで伸びるとは

 ・お肌スベスベやな

 ・天音ちゃん、可愛い

 ・クマさん裏山



 瑞稀はコメントの流れを見て、うずうずしてきた。


 2人が活躍しているのを見て、配信者の血が騒ぐようだった。


 悟は瑞稀の気持ちの変化を敏感に読み取る。


「さて、天音も〈再生の角〉を手に入れたことだし、そろそろ本題のヴァンパイア・ロードに行こうか」


「待ってました。ぜひ行きましょう。今すぐに」


「吸血コウモリが沢山いたから、そう遠くない。すぐそこにいるはずだよ。ほらあの丘を越えたところに出現してる」


 悟達はマップ情報を頼りにヴァンパイア・ロードの下へと向かった。


 丘を越えるとすぐに黒い霧と共に空中をゆっくりと移動する貴族服にコウモリの羽と牙を生やした異形の男が見えた。


 獲物を探しているのか、ややスピードが速い。


「私が頭を押さえます」


 天音はフェンリルに乗って丘を駆け下っていった。




 紫と橙色に染め上げられた野原に、黒い霧のようなコウモリが密集しながら移動している。


 辺り一面には血を吸い取られた動物のミイラが放置されている。


 動物達はやがてゾンビとなって、探索者達に襲いかかるだろう。


 すべてはヴァンパイア・ロードの仕業しわざだった。


 昔のヨーロッパ貴族が着ていそうなフリル付きの軍服と背中からは大きなコウモリの翼をはためかせて、獲物を探している。


 その喉は潤うことを知らない。


 どれだけ血で吸い取っても、すぐに渇きに襲われてしまう。


 彼は今日も今日とて、配下のコウモリ達を従え、終わらない夕暮れの野原を彷徨うのであった。


 その時、野原の彼方から白い大きな物体が1つ。


 フェンリルだった。


 ヴァンパイア・ロードは、フェンリルよりもむしろその上に乗る雪のような肌をした少女に食指が動く。


 彼女の血を飲めば、決して満たされることのないこの喉の渇きも癒えるかもしれない。


 少女、天音は鎖を引っ張ってフェンリルの動きを止めた。


 ヴァンパイア・ロードから一定の距離を保ちながら、視線を逸らさない。


 フェンリルは轟然と吠えた。


 流石のフェンリルも不死身の化け物を前にして、興奮しているようだ。


「どうどう。落ち着いてフェンリルさん」


 ヴァンパイア・ロードは、まずはうるさいフェンリルを黙らせようと、紫色の波動を放つ。


 しかし、フェンリルはあっさりその攻撃をかわした。


 やむを得ず、ヴァンパイア・ロードは、手下のコウモリ達を差し向けた。


 無数のコウモリの吸血攻撃をすべてかわすことは不可能。


 天音の血をコウモリ達に先に飲まれてしまうのは残念だが、手取り早く弱らせるにはコウモリを使うのが一番だった。


 無数のコウモリが天音とフェンリルを襲う。


 コウモリのキィキィ鳴く音と共に、天音とフェンリルは、黒い羽と毛、牙に覆われた。


 すぐに貧血になった天音とフェンリルが横たわるかに思えた。


 が、どれだけ経っても天音もフェンリルも倒れる気配がない。


 むしろ、フェンリルは大口を開けて、コウモリを食べ尽くしてしまう。


 まるで鯨が魚の群れを一気に飲み込んでしまうかのごとく。


 フェンリルはコウモリの魔力を取り込んでどんどん大きくなっていく。


 天音も自分の腕やほっぺに張り付いたコウモリをむしってはフェンリルの口の中に放り込んでいった。


 傷を受けた肌はすぐにキラキラと光り始めて、立ち所に治癒していく。


 ヴァンパイア・ロードは目を見張った。


 まるで再生する鹿リバース・ディアの放つ光のようだ。


「そんなに天音の方ばっかり見てていいの?」


 振り向いた時には、瑞稀の祓魔師の杖エクソシスト・ロッドが振り下ろされているところだった。


 ヴァンパイア・ロードは咄嗟に紫の波動を放つものの、紫の波動は白い十字架の光線に薙ぎ払われて、ヴァンパイア・ロードの体を引き裂く。


 主人を失ったコウモリ達は散り散りに離れていった。


 ヴァンパイア・ロードの焼け跡には、次の階層へと進む魔法陣が残されるばかりだった。


「よーし。ヴァンパイア・ロード倒したよー」


 瑞稀の討伐報告にコメント欄の流れが速くなる。



 ・わーい。おめでとう瑞稀

 ・ヴァンパイア・ロード討伐おめでとう瑞稀

 ・天音ちゃん、ナイスアシスト

 ・天音ちゃんよく頑張ったね

 ・天音ちゃん、いい動きだった

 ・フェンリルの魔力も供給できて、一挙両得だね



(くっ。なんか天音に対するコメントの方が多いわね)


「よし。天音、瑞稀よくやった。これで次の階層に行ける」


 要と秀仁は苦々しく転移魔法陣を見た。


「なぁ悟。もうちょっとこの階層に居続けねぇ?」


「俺もそうしたいな。このまま何も成果なしで引き下がるわけには……」


「いや、ダメだ」


「はぁ? 何でだよ」


「すでに何組かのグループが次の階層に進んでいる」


「「!?」」


「上階層のモンスターも動き始めた。このままだとアイテムや資源の争奪戦に乗り遅れる。この階層に留まり続けていると、アイテムが根こそぎモンスターと他の探索者に奪われて、手遅れになる。ここは急いで次の階層に行くべきだ」


「っ」


 要と秀仁は悔しそうにするものの、悟の言うことの方が道理なので反論しようがなかった。


 5人は転移魔法陣に乗って、次の階層へと進む。


 要は手勢の生き残った一つ目狼を呼び寄せて、転移魔法陣を潜らせた。




「みんな、ここからは攻撃力の高いモンスター、黒曜獅子が出てくる。気をつけてくれ」


(黒曜獅子か。となれば、まずは防御力強化の錬成から始めるべきか?)


 秀仁がそんなことを考えていると、真莉がドローンに向かって喋り出した。


「みんなー。この階層からは黒曜獅子が出るってクマさんが言ってるよー。どうしよっか? 黒曜獅子が見たい? よーし。それじゃ、早速、行ってみよっか」


「は!?」


 真莉は一団から飛び出して、先走っていく。


「おい、待て。お前また……」


「秀仁。真莉はあれでいいんだ。君は自分の仕事に集中して」


 悟がそう言って秀仁を止めた。


「くっ。どうなっても知らんぞ」


(とにかく真莉よりアイテムを生成するには速さだ)


(とにかく天音よりモンスターを狩るには強さだ)


 秀仁と要はそう考えて、このダンジョンの攻略に着手するのであった。




 秀仁は早速、薬草の生えている地帯に向かった。


 種々の薬草が生えている地帯にたどり着くが、そこには黒曜獅子がいた。


 黒光りする鋼のような立髪たてがみと鋭い牙爪を持つ黒曜獅子が唸り声を上げて威嚇してくる。


(黒曜獅子か……)


「ふんっ」


 錬金槌で地面を砕き、地砕針を放つと、黒曜獅子にヒットする。


 黒曜獅子は相性の悪さを感じ、後退りすると尻尾を巻いて逃げ出した。


 攻撃・防御の高い黒曜獅子に一撃でこれほどのダメージを与えられる錬金術師は、世界広しといえどもそうそういなかった。


(ふっ。やはり俺は錬金術師最強!)


 しかし、吸血コウモリがやってくると話は違う。


「くっ。うわっ。ええいっ。鬱陶しい」


 吸血コウモリはその身軽さを活かして、秀仁からチクチク血を吸い取る。


 秀仁は錬金槌を振り回すも、その大振りはことごとくかわされてしまう。


 そうこうしているうちに黒曜獅子が仲間を引き連れてやってくる。


(くっ。どうする?)


 ふと〈混沌石〉が目の端に映った。


(〈混沌石〉……。一か八か錬成してみるか?)


 秀仁は首を振った。


(いや、ダメだ。そんなことをしてクズアイテムが錬成されれば、単に魔力を無駄遣いするだけ。俺にはそんなことできない)


 秀仁はやむなく撤退した。


 悟達の元に戻ると、真莉が大量のアイテムを手に戻っているのが目に入る。


「アイテム沢山手に入れましたー。黒曜獅子もバッチリ狩ってきたよ」


(くっ。バカな。遊び半分でやってる奴になぜ……)




 要は配下の一つ目狼達を放ち、再び調教の連環テイム・リンケージを築いていた。


再生する鹿リバース・ディア抗体持つイタチアンチ・ラーテルを仕留めるには、もっと攻撃力の高いモンスターをテイムしねーと。狙うは黒曜獅子だ)


 要は10匹の一つ目狼で1匹の黒曜獅子を屈服させ、配下にした。


(よし。これでいける)


 そうして順調に黒曜獅子をテイムしていき、仲間を増やしていくが、ここでまたミスを犯してしまった。


 輪を広げすぎたのだ。


 ヴァンパイア・ロードが現れて、要のテイムしたモンスター集団を殲滅してしまう。


(あっ。しまった。ヴァンパイア・ロードのこと忘れてた)


 そうして要が足踏みしているうちに天音と瑞稀は戦果をあげた。


抗体持つイタチアンチ・ラーテルを討伐しました」


「ヴァンパイア・ロード討伐したわよー。何? 要も秀仁もまだ戦果上げてないの?」


「「ぐっ」」


((なんでだ? なんで上手くいかない?))




 悟は現段階での戦果に概ね満足していた。


(真莉と天音は順調だな。瑞稀も流石に専門職だけあって、祓魔師エクソシストの力を上手く使いこなしている。問題は要と秀仁か)


 2人は真莉と天音にマウントを取ろうと躍起になっているが、ムキになればなるほど空回りしていった。


(2人とも真莉と天音のポテンシャルに圧倒されてしまっている。このままでは実力を発揮できないまま配信を終えることになるぞ)


 2人のコメント欄にも不穏な空気が流れていた。


 このままだと、互いのリスナー同士で口論になって、コラボ配信が荒れてしまうかもしれない。


 また、2人の性格上足手纏いが確定すると、不貞腐れて逆に足を引っ張ってくる可能性もある。


 そうなれば真莉と天音の探索にも悪影響が出てしまう。


(このままじゃまずいな)




※追記

いつもお読みいただきありがとうございます。

風邪治りました。

ご心配おかけしました。

また、従来通りのペースで更新させていただきます!


そして、マップスキルのコミカライズ決定しました!

詳細は後日追って報告させていただきます!

しばらくお待ちくださいませ!

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