第32話 天音のテリトリー
〈錬金鍋〉に入れていた〈混沌石〉の錬成が完了した。
真莉がアイテムボックスから〈錬金鍋〉を取り出して、
「わーい。〈錬金鎌〉手に入れたよ」
・おおー。〈錬金鎌〉!
・またSレア!?
・強運すぎる
「これでもっと薬草採取が捗るね。てりゃっ」
真莉が〈錬金鎌〉を装備して、薬草を刈り取ると自動で錬金術が働き、薬草は薬に変わっていく。
状態異常を回復するアイテム採集は、ますます捗った。
「真莉。君は錬成に集中して。採集は僕の方でやるよ」
悟が申し出た。
「おおー。助かります。それじゃ、どんどん錬成していくよー」
真莉はどんどん薬草を錬成していって、薬を作っていった。
先ほどのマルチタスクから一転、同じ種類の薬草をまとめて刈っていく。
(装備や状況が変わっても即座に対応できるのが真莉の強みだな)
まだ、1階層にもかかわらず、真莉は早くもダンジョン踏破に必要な量の解除薬を錬成してしまった。
あまりの速さに秀仁の出る幕はなかった。
「やるじゃない、真莉。もう今回の探索に必要な分の薬を作っちゃうなんて」
瑞稀が普通に感動して言った。
「秀仁ー。お前何やってんだよ。真莉ちゃんに負けてんじゃん」
要が茶化すように言った。
「くっ。要、貴様……」
「ダメだろー。上級者が新入りに負けちゃ」
「貴様もまだ重点アイテム1つも手に入れていないだろうが!」
「俺はいいんだよ。お前と違って天音ちゃんに負けてないから」
「要さん。そのような言い方はよくありません」
天音が
「秀仁さんの言うとおり、私達もまだノルマを達成してはいません。一つ目狼を狩っただけで、目標である
「あー、はいはいっと」
(やれやれ。天音ちゃんはお堅いのが玉に瑕だな。ま、いいさ。すぐに俺の力にひれ伏すことになる)
要はすでにテイムした一つ目狼達を解き放ち、広範囲を捜索させていた。
(見せてやるぜ。俺の力、広範囲の遠隔操作、
悟達は〈聖なる十字架〉の入っている宝箱にたどり着いた。
「あの宝箱に〈聖なる十字架〉が入っている。ただ、手を触れちゃダメだよ、瑞稀」
「わかってる! 呪いがかかってるんでしょ」
「はい。瑞稀。これが呪いを打ち消す薬だよ」
真莉は瑞稀に〈呪い消しの薬〉を手渡した。
薬といっても、パンのような見た目と食感である。
ただ、味は苦かった。
瑞稀は一口
「どうしたの瑞稀?」
真莉が不思議そうに聞く。
「うーん。苦いのは苦手なのよね」
「これを付けるといいよ」
悟は市販のイチゴジャムを手渡す。
「あ、これなら食べれるわ」
瑞稀はジャムにつけて、〈呪い消しの薬〉をムシャムシャ頬張った。
ステータス解呪を手に入れ、宝箱を開ける。
宝箱にかけられた呪いとステータス解呪が打ち消し合って、瑞稀は呪いにかかることなく〈聖なる十字架〉を手に入れることができた。
「よーし。〈聖なる十字架〉手に入れたよー」
瑞稀が十字架をアイテムボックスに登録するとコメントの流れが速くなった。
・おおー。一個目の十字架ゲット!
・これでヴァンパイア・ロードが現れても返り討ちにできるね
・クマさん気がきく
(これでヴァンパイア・ロードを討伐する目処は立った。あとは天音と要の領分。ステータス再生と抗体の入手か)
状態異常をかけてくるモンスターがよく出るこのダンジョンにおいて重要なのが、ステータス再生と抗体だった。
ステータス再生はどれだけダメージを受けても自己再生して回復できる。
ステータス抗体は毒や麻痺、呪いなどあらゆる状態異常を跳ね除けることができる。
いずれもこのダンジョンにおいて、強化と攻略効率を追求するには重要なステータスだ。
そしてこれらステータスを上げるアイテムをドロップするのが、
これらを狩るのが、天音と要の役割だが……。
悟が天音の方をチラリと見ると、天音も天音でまだ自分達が成果を上げていない現状に焦りを覚えているようだった。
天音は要に話しかけた。
「要さん」
「ん? 何?」
「
「……」
「フェンリルは私から離れるのを好みません。なので、パーティーの半径50メートル内の防御はフェンリルに任せて、その外側を要さんが捜索するのがいいと思うのですが」
「あー。うん。まあ、適当に頑張っといて」
要はいかにも適当にあしらうといった感じで言った。
天音はムッとするも相手が自分よりも配信歴の長い歳上であることを考慮して、我慢した。
天音は要の態度に不満を募らせたが、要には要なりの理屈があった。
まず、彼は大雑把で責任や役割の分担・明確化といった言葉が嫌いだった。
なるべく気楽に生きたい。
それに彼はすでにターゲット捕獲に向けて手を打っていた。
要が一見いたずらに放っておいたように見える一つ目狼は、自分達の仲間を集めていた。
要の配下になれば、あるいは要の要求を満たせば、褒美がもらえるぞ。
そうして仲間達にどんどん働きかけて、最初は3匹だった配下の一つ目狼はすでに30体もの集団になって有機的に動いていた、
要を中心にして、まるで渦を巻くように周囲を索敵し、モンスターを狩りながら仲間を増やし、群れを膨らませていく。
テイムしたモンスターを起点に自動でどんどん仲間を増やしていく。
これが要の得意技だった。
(流石は要。瞬く間にテイムの輪を広げて包囲網を構築した。腕は
悟はマップを見ながら、要の腕のよさを確認した。
マップスキルで見れば、要のテイムした一つ目狼を起点に渦を巻くように一つ目狼がどんどん集まっているのがよく分かる。
(ただ、忘れていないだろうな。このダンジョンにはヴァンパイア・ロードが出没するんだぞ? こんなに網を広げて、緊急時の対処は大丈夫なのか?)
悟はそんな危惧を抱いたが、要に注意喚起するのは
要は基本的に指図や注意を嫌う。
すでに天音と交わしていた役割分担も
また、広範囲に展開したモンスターを一定の規則に従って
要はすでに網を構築する作業を終え、索敵フェイズに移行している。
今、注意喚起すれば、むしろ逆効果かもしれなかった。
(天音、君はどうする?)
悟が再び天音の方を見ると、天音は青フクロウを召喚して、ずっと周囲の音を探らせていた。
青フクロウは非常に聴覚が優れており、半径50メートル以内であれば、たとえ地中の中のミミズの動きでも捕捉することができる。
天音は要にした宣言、半径50メートル以内を自分が担当するという宣言を律儀に守り続けていた。
(うん。そうだね。そこが君のテリトリーだ)
天音は悟に自身の戦闘スタイルについて相談し、悩みを打ち明け、幾度となく話し合っていた。
悟はそれに対して真摯に耳を傾け、一緒に考えてきた。
どうすれば、戦闘力を上げられるか。
どうすれば、テイマーとして役に立てるか。
どうすれば、フェンリルと青フクロウをもっと有効に活用できるか。
リスナーのために何ができるか。
話し合った結果、天音には
どうも天音は要の配信に影響を受けていたようで、テイマーは
悟の「本当に
そうして自身のテイマーとしての価値を洗い直した結果、以下のような戦術が組み立てられた。
フェンリルと離れた状態が続くと戦闘が安定しない。
なので、フェンリルと青フクロウは、どれだけ遠くとも半径50メートル以内に留めておく。
常にフェンリルと肌で触れることができる距離を保つ。
フェンリルもフェンリルで天音が近くにいた方が落ち着くようだ。
また、複雑な立ち回りもしない。
天音は複数のモンスターを同時に複雑な動きをさせられるほどの器用さも持ち合わせていない。
もっぱら、フェンリルの巨体を活かして通路を遮断したり、後詰を担当する。
基本的に専守防衛で、敵が自身のテリトリーに入ってくるまでひたすら待つ。
そして敵が自身のテリトリーに入ってきたら、フェンリルの俊敏さを活かして一気に畳み掛ける。
天音は周囲50メートルの音に耳を傾ける青フクロウの様子に注意を払いながら、ダンジョンを進んでいく。
(要の放縦さに惑わされず自分のペースを守れてる。えらいぞ)
要の配下のモンスター達が
繋がった鎖を通して、要の方にも情報が伝達される。
(よし! 見つけたぜ! 全員襲いかかれ!)
一つ目狼達が口々に遠吠えを上げて、網を絞り
しかし、
(ちっ。なかなか仕留められないな)
そうこうしているうちにもう1匹のターゲットモンスター、
(どうすっかな)
要は迷ったが狼達を二手に別れさせることにした。
一方は
しかし、これが大失敗だった。
(くそ。ダメか。一つ目狼じゃ
30匹以上の狼で
しかし、そこでヴァンパイア・ロードが出現した。
「!? 要、ヴァンパイア・ロードが出たぞ。君の狼達のすぐ側だ」
「げっ。マジ!?」
要はすぐに撤退の決断ができなかった。
あと少しで仕留められそうな獲物、すでに走り出した集団に対する急激な方向転換。
決断は遅れ、それが命取りとなった。
紫の波動が
(せっかく作った一つ目狼の群れが……)
一方で、天音の方も青フクロウが
(見つけた!)
天音はフェンリルを召喚すると、現場に急行する。
要もそれに反応する。
(ちっ。天音も見つけたか。させるかよ)
要は残りの一つ目狼に指示を出して、天音の後を追わせる。
しかし、そこには大量の吸血コウモリがいた。
行き先いっぱいに黒い斑点が広がっており、視界を遮っている。
(吸血コウモリ!? まずい。ヴァンパイア・ロードがいるかも……)
要は一つ目狼の投入を躊躇う。
しかし、天音は臆せず進んだ。
「ちょっ。天音ちゃん。危ないって。うっ……」
天音の腕や足に蝙蝠達がまとわりつき、牙を立てる。
天音の白雪のような柔肌はすぐに紫に変色する。
しかし、天音は動じることなく、黒い斑点の先を見続けた。
(〈再生の角〉を手に入れるのが今回の探索の分岐点にして、悟さんのプランの要諦。悟さんのプランが達成できるのなら、私の身はどうなろうと構わない)
天音の体からみるみるうちに血が吸われていく。
天音は黒い斑点を見続けた。
すると輝く角を持った鹿がノコノコと近づいてくる。
蝙蝠のせいでこちらの存在に気づいていないようだった。
このタイミングしかない。
天音はそう確信した。
このチャンスを逃せば、永遠に倒せないだろう。
天音はフェンリルを解き放って、
フェンリルはひと噛みで
そしてペッと角を吐き出した。
天音が〈再生の角〉をアイテムボックスに登録すると立ち所にコウモリに噛まれた傷が治ってゆく。
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