第11話 〈混沌石〉と運勢

 本城真莉(ほんじょうまり)が学校で授業を受けていると、携帯にメールがきた。


 悟からのものだ。


 ダンジョン配信の件でいい企画を思い付いたから、相談したいとのことだった。


 真莉は「学校が終わったらすぐに伺います」と返信した。


 待ちに待った悟のプロデュースだ。


 榛名と天音にも悟から連絡が来たようだ。


 放課後になると、真莉は榛名、天音と一緒に電車に乗って代々木ダンジョンへと向かう。


 車窓からはダンジョンの出現によって、すっかり変わってしまった街並みが見える。


(あの辺りパパの会社があったところかな)


 真莉の父親はちょっとした中小企業の経営者だった。


 経営はそれなりに上手くいっており、真莉も幼い頃は習い事をして私立の幼稚園に通うお嬢様だった。


 だが、ダンジョンの出現をきっかけに政情不安から事業は一時閉鎖。


 本城一家は田舎への疎開を余儀なくされる。


 やがてモンスターから領土を奪還し、事業を再開するも、ダンジョンの出現と共に新たな産業が急速に発展する。


 古い体質の経営をしていた本城商事の資金繰りは急速に悪化し、新たな時代の波に乗ることあたわずあえなく倒産してしまう。


 父は生きがいをなくして寝たきりになり、母はパートに出て家計を支えざるをえなくなる。


 真莉は魔素の影響から魔法を発現したこともあって、高校に入ってからはダンジョン内でバイトすることになった


(ダンジョンでのバイトは学生向けのバイトにしては破格の時給だった)。


(待ってなさいダンジョン。アンタをダシにして稼いで、パパの会社の仇をとってやるんだから)




 都内の主要ダンジョンをすべて〈マッピング〉した悟は、代々木ダンジョンで真莉達を待っていた。


(真莉のスキルを活かせるダンジョンはここだ)


 待つこと数分、学校から直行してきた榛名、真莉、天音がやってくる。


(来たか)


「すみませーん。遅れちゃいました?」


「いや、僕も今来たとこ。早速、打ち合わせしようか」




「ここ代々木ダンジョンでは、真莉に向いた企画が見つかった」


「はい。絶対、頑張って再生数稼ぎます」


「よし。気合いは十分みたいだね。それじゃあ、早速、ダンジョンへと行こうか」


 悟と真莉はダンジョンへ向かう。


 その間、榛名と天音には適当に喫茶店で寛いでもらっておく。


「さて、それじゃあダンジョンでの方針だけど……」


「〈魔力炉〉で魔力を補充して、〈魔装銃〉の火力で押し切る、ですよね。まっかせてください。私、射撃は結構得意なんですよ」


「いや、君には〈魔装銃〉ではなく、これを装備してもらう。アイテム〈錬金槌〉」


 悟はアイテムボックスから魔法陣の紋様が描かれたハンマーを取り出す。


 真莉はキョトンとする。


「君の配信は全部見させてもらったよ。錬金術の動画をかなり撮っているね。そして運勢のステータスをかなり上げている」


 悟は真莉の昔の動画に映っている、〈錬金槌〉を装備した際のステータスをスマートフォンに映して見せた。


「はあ。確かに一時期は結構錬金術関連のステータスを上げていましたが……」


「〈混沌石〉っていう魔鉱石は知ってる?」


「はい。確か錬金術をかけるとランダムに錬成物を生成するっていう魔鉱石ですよね?」


「そう。ランダムだからステータス運勢のパラメーターによって生成物は左右される。まさしく君のステータスを活かした企画ってわけさ。タイトルは『〈竜宮(りゅうぐう)の羽衣(はごろも)〉が出るまで〈混沌石〉を叩き続ける配信』。どうかな?」


「えーっと。ダンジョンでモンスターと戦うとか、そういった方向はなしですかね?」


「? そうだね。こちらから積極的に狩りにいくということはない。基本的には専守防衛だ。向こうからやってきたら身を守るために戦う程度」


 真莉は内心肩を落とした。


 榛名のように派手にダンジョン内で活躍できると思っていたのだ。


 そもそも錬金術で何かを作る系の配信は、ダンジョン配信としては地味な上、飽和している。


 今更参入しても、真莉のような弱小配信者にチャンスがあるとは思えない。


 真莉も途中でそこに気づいたから、錬金術関連の動画を撮るのをやめたのだ。


 まさか悟がそんなことも知らないとは。


(ま、いいか。とにかく今は悟さんとの関係を強化することからだわ)


 悟との関係を維持し続ければ、いずれは榛名みたいに売れ線企画を持ってきてもらえるかもしれない。


 真莉はその明るい外見通り、生来ポジティブな性格だった。


「わかりました。その企画やらせていただきます!」


「よし。それじゃ早速行ってみようか」


 悟は真莉のドローンの設定を調整して、彼女のチャンネルで配信を開始し、彼女のSNSにて『〈竜宮の羽衣〉が出るまで〈混沌石〉を叩き続ける配信』というタイトルで告知した。


 ダンジョンへと向かう。




 代々木ダンジョンは洞窟風のダンジョンだった。


 辺り一面ゴツゴツした天然の岩盤に囲まれており、クリスタルのように魔鉱石がところどころ剥き出しになって生えている。


 真莉は錬金槌を装備した状態でダンジョンに入り、メイン装備と職業を登録した。


――――――――――――――――――――

【本城真莉】

 ジョブ:錬金術師(アルケミスト)

 HP :50/30sp

 MP :50/30sp

 器用 :30+30/30sp

 運勢 :100×2/30sp


【アイテム】

 錬金槌(メイン装備)

 招き猫(メイン装備)


【スキル】

 錬金術

――――――――――――――――――――



 悟は事前にマッピングで確認した通り、〈混沌石〉の多くありそうな部屋へと向かう。


「真莉。この通路を抜ければ打ち合わせ通り〈混沌石〉のたくさんある部屋にたどり着けるよ」


「あっ、はい」


 真莉は悟に話しかけられて笑顔を作るものの、すぐに浮かない顔に戻る。


(真莉、配信が始まってるっていうのに元気がないな)


 悟は先ほど企画内容を伝えた時の真莉の微妙な反応を思い出した。


 態度では従順なものの、本心では企画内容に不満があるのかもしれない。


(だが、早く元気を取り戻してもらわないと配信にならない。どうしたものか)


 やがて魔鉱石の大量にあるゾーンにたどり着いた。


 赤や青、緑、黄色の煌びやかな魔鉱石が至る所に生えていて、宝石のように輝いている。


 だが、真莉は浮かない顔だった。


「さて、目当ての場所に着いたね」


「はい」


「ところで真莉。コメントが来てるよ」


「えっ? もう?」


 真莉は驚いて、ドローンの映すコメント欄を見た。


 ・〈混沌石〉で〈竜宮の羽衣〉か。これは普通に気になるな

 ・錬金スキル持ちだから参考になります

 ・〈混沌石〉はいつもどう処理するか迷うんだよなぁ

 ・こんにちはー。初コメです。いつも代々木ダンジョンに潜ってるんですか?

 ・いきなり魔鉱石いっぱいあるゾーン引き当てて草

 ・うおっ。ギャルだ


 同接数を見ればすでに500を超えてる。


(うそ。普段は1時間経ってもコメントはおろか同接10人もないのに。今日は入って速攻でコメント来てる。これが悟さんの企画力なの?)


「真莉、ちょっと挨拶しとこうか」


「は、はい。こんにちは。真莉でーす。普段は渋谷ダンジョンに潜ってるんですけど、今日は趣向を変えて代々木で錬金術をすることにしました。みんなよかったら見ていってね」


 真莉がそう挨拶すると、コメント欄の流れが速くなって盛り上がる。


 ・こんにちはー。

 ・どこから来たの? 代々木ダンジョンの近くに住んでるんですか?

 ・はじめましてー。錬金術師やってる冒険者です。よければ相互登録よろしくお願いしまーす

 ・まだ高校生? 彼氏いるの?

 ・おい、ナンパしてる奴帰れよ。


 真莉の目付きが目に見えて変わり、表情が活き活きとしてきた。


「コメントありがとうございまーす。ただ、今日は〈竜宮の羽衣〉を錬成するのが目的なので、関係ないコメントは無視させていただきまーす。ごめんね」


(明らかに真莉の顔つきが変わった。注目を浴びるとスイッチが入るタイプか)


「よーし。それじゃあ、早速、最初の〈混沌石〉叩いてみるよー」


 真莉が錬金槌に魔力を込めて、一番近くにある〈混沌石〉を叩いた。


 〈混沌石〉は形を変え、瞬く間に〈雷帝の護符〉が出来上がる。


「ありゃー。〈竜宮の羽衣〉は出ませんでしたね。残念ながらハズレです」


 ・うおっ。いきなり〈雷帝の護符〉が出た。

 ・それハズレちゃう。激レアや

 ・〈雷帝の護符〉はレアアイテムですよー。ゴーレムとか硬いモンスターに有効なんで結構高値で売れますよ


「えっ? うそ。これレアアイテム? やったぁ」


 真莉の屈託のない喜び方にコメント欄は可愛いの連呼で応える。


(これなら真莉は大丈夫だ。この企画いけるぞ)

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