第10話 蓮也の企み

「ふんふふーん」


 アブプロダクションの社長、阿武隈邦夫あぶくまくにおは鼻歌を歌いながら事務所の階段を登っていた。


 手には先ほど買ってきた寿司折の入った袋がぶら下がっている。


(タレントのために差し入れをする社長。くー、なんて気の利く男なんだ俺は)


 事務所の中にいくつもある部屋のうち足を止めるのは、Dライブ・ユニットのメンバーがつどっている会議室だ。


 軽くノックしてから扉を開ける。


「いよーう。やってるかね?」


「あっ、アブちゃん」


「しゃちょーじゃん」


 蓮也達は社長にもかかわらず気安く話しかける。


「珍しいねー。こんな時間に」


「がはは。ちょっと時間が取れてな。これ差し入れだ」


「わー、ありがとうございます」


「流石、アブちゃん」


「気が利くぅ」


「なんせ昨日はお前らが5人でダンジョンに入った記念日だからな。で、どうだった? 〈魔剣持ちのゴブリン〉は討伐できたのか?」


 一瞬、沈黙が流れる。


「?」


「それがよぉ社長、大吉の奴がうっかりダンジョン内でトチっちまってさー」


「致命傷受けて、カプセル入りになったんだ」


「それで今回はあんま探索できなかったんだよね」


 蓮也、要、由紀の3人は華麗に責任転嫁した。


「なに? そうなのか大吉?」


「えっと、まあ、はい。そうなんですよ。ははは」


 阿武隈は渋い顔をする。


「大吉ぃ。お前、また足を引っ張ってるのか。せっかく、お荷物どころか足を引っ張ってた裏切り者を追い出したっていうのによぉ」


「いやぁ、その……」


「ただでさえメンバーの中で登録者数50万人に達してないのはお前だけなのに。ダンジョンの中でまで蓮也達の足を引っ張ってんじゃねーよ」


「えっと、はい。すみません」


「ったく、しょうがねぇな大吉は」


「大吉。ちゃんとしろよ」


「もうミスすんなよ大吉」


 要達はここぞとばかりに阿武隈に乗っかる。


「……」


「まあ、そういうなって社長」


 蓮也が大吉をかばうように言った。


「大吉も体を張って登録者数を稼いでくれたんだぜ」


「何? そうなのか?」


「ああ。見ろよ。SNSでは大絶賛だぜ」


 蓮也はつぶやき型SNS、TwiXツウィックスのディーライアカウントを見せた。


 そこには大吉の体を張ったギャグを称賛するリプライが大量に付いている。


「なんだやればできるじゃないか大吉」


「は、はあ。ありがとうございます」


「今回は5人全員でダンジョンに入れるようお前達で企画したんだ。大吉も一皮剥けたみたいだし、再生回数も……ん? 再生回数20万……。そこまで回ってねーな」


 阿武隈は自分のスマートフォンでDライブ・ユニットのチャンネルを開きながら首を傾げた。


「登録者数は結構増えてるぜ」


 蓮也が言った。


「おお、そうなのか?」


「ああ。5人全員で入った効果はちゃんと出てる」


「おお、ほんとだ。流石蓮也だな。ちゃんと端々まで数字に目を光らせてる」


「任せとけって。ディーライは俺がきっちり引っ張っていくから」


「ははは。頼もしいな」


 阿武隈はバンバンと蓮也の肩を叩いた。


 蓮也の頬が一瞬引き攣る。


 その時、部屋に1人の男が入ってきた。


「大変です」


 駆け込んできたのは、マネージャーの横田。


 室内の全員が何事かと横田に注目する。


「ドローンバズ株式会社様がDライブ・ユニットの案件をキャンセルしたいと言いだして」


「なんだと? ドローンバズ社といえば大口の案件じゃねーか。いったいなんで?」


「どうも先日の配信に原因があるようで。大吉さんの負傷シーンを問題にしているようです」


「あーあ、大吉のせいで案件一つ飛んじゃったな」


「大吉が負傷するから」


「大吉! お前何やってんだ」


 阿武隈が一喝する。


「ええー!? わ、私のせいですか!?」


「そうに決まってるだろ。話聞いてなかったのかテメェ」


「マネージャーが言ってただろ。お前の負傷が原因だって」


「いや、でもさっき体を張ったのはよくやったって……」


「体を張った結果、案件を失ったんじゃ意味ねーだろが!」


「し、しかし、あれは蓮也が。あ……」


 大吉は自分が口を滑らせたのに気づいてハッとした。


 案の定、阿武隈は額に青筋を立てている。


「大吉。テメェまさか蓮也のせいにしようってのか。登録者数50万人にも満たないテメェが、登録者150万人の蓮也のせいに」


「あ、いや、その……すみません」


「もういい! 外を走って来い!」


「は、はい」


 大吉は会議室を飛び出して、事務所の裏手の川へと向かった。


「ったく、俺は案件先に電話をかけにいく。あとのことは頼んだぞ、蓮也」


「ああ」


 社長は慌ただしく部屋を出ていった。


「はぁ。ようやく出ていったか」


「ったく、あのオッサン、社長のくせにダンジョンニュースもチェックしてないのかよ」


「あの人、私達の配信全く見てないよね」


「ふん。経営者なんてそんなもんさ」


 蓮也はそう言いながら、ノートパソコンを開いた。


 画面にはニュースサイト、ダンジョンニュースのトップページが映し出されている。


 ヘッドラインには榛名の配信に関する記事が載っており、〈魔剣持ちのゴブリン〉討伐、100万回再生突破、女子高生配信者などといった文言が踊っていた。


「まさか俺達より先に〈魔剣持ちのゴブリン〉を討伐する奴が現れるとはな」


「坂下榛名……いきなり現れたな。何者なんだ?」


「おい、みんな見ろ」


 蓮也は榛名のチャンネルを開いた。


 配信から1日経過した今も〈魔剣持ちのゴブリン〉討伐動画は伸び続けていた。


 今や再生回数は150万に届こうとしている。


「凄い勢いだな」


「ああ」


「動画を見る限り腕も立つようだし……」


「そうか? たまたまだろ。レアアイテムを何度も連続で引き当てただけだ」


 秀仁が疑問を呈する。


「それに可愛いな」


「そう? これくらいどこにでも普通にいそうなじゃない?」


 今度は由紀が口を挟んだ。


「いや、これはかなり可愛い。女子高生であることを踏まえても」


「そうかなぁ。カメラ映りでかなり誤魔化してると思うけど」


「しかも女子高生だ」


「クラスでも一番可愛いだろうな」


「いや、学年でも」


「いやいや、学校内でも」


「いやいや、地区内でも」


「そうそう見ないレベルだな」


「……まあ、年の割には頑張ってるわね」


 劣勢を察して、由紀は一歩引いた。


「直近の成績だけ見れば、由紀よりも再生数が高い」


「……」


「コラボしてみるのも……いいかもな」


 蓮也がそう言うと、由紀以外のメンバーは色めき立った。


「おっ、いいねぇ」


「たまにはこういう息抜きもないとな」


「コラボだけじゃない。ゆくゆくはもっと彼女の人気をディーライに取り込む方向で考えてもいいんじゃないか?」


「というと?」


「彼女をディーライのメンバーに入れても……」


「は? ちょ、ちょっと待って。あんた達まさか私を切ってこのをディーライに入れるつもり?」


「いや、そこまでは言ってない。ただ、いつまでも女性メンバーが君一人というのも。荷が重いんじゃないかと」


「荷が重い? 私じゃ実力不足だっていうの!?」


「いや、そんなつもりで言ったわけでは……」


「そうだぞ由紀。蓮也の言葉に他意はない。悪い風に解釈するな」


「冗談じゃないわ。こんなポッと出の小娘に女性NO.1配信者の座を明け渡してなるものですか。コラボ!? ふざけんじゃないわよ。誰がこんな若さしか取り柄のないガキと組むもんですか。私がどれだけこのグループに貢献してきたと思ってるの。ディーライの総力をあげてこの小娘ぶっ潰すわよ」


「落ち着けよ。何もそこまで過激にならなくても」


「そうだぞ。年下相手に大人気ない」


「恐れることはないわ。こいつは所詮小娘。チヤホヤされているのも今のうち。すぐ調子に乗ってボロを出すに決まってるわ。今に見てなさい。ぶっ潰してやるから」


「おい、何をする気だ」


「有名どころの配信者全員に電話かけまくるわ。こいつを手助けしないよう。いえ、むしろ蹴落とすように」


「よせ。バカなことはやめろ」


「ギャオオオオン!」


「わかった。わかった。冗談だから。コラボなんてしねーよ」




 どうにかこうにか由紀を宥めた後、蓮也、要、秀仁の3人は改めて事務所の隅っこに集まって話し合った。


「おい、さっきの件だが」


「分かってる。榛名のことだよな。何としてもウチが一番最初にコラボして、榛名の人気をディーライに取り込み、ゆくゆくは加入に道をつける」


 蓮也はそう明言した。


「お前がそう言ってくれて安心したよ。だが、由紀が難色を示している。あの様子だと榛名とコラボすることすら反対しそうだ。どうする?」


「……仕方ない。由紀を切ろう」


「……やはりそうなるか」


「由紀はすでに29歳(公称27歳)。すでにアラサー入りだ。一方で、榛名はまだ16歳。アラサーになるまであと9年は持つ。つまりその……経営判断上合理的な選択ってやつをだな」


「どちらを取るべきかは決まり切っているな」


「よし。そうと決まれば、早速コンタクトを取ろう。当面、由紀には秘密にして水面下で話を進めるぞ」


 そうして3人は事を進めようとしたが、由紀が柱の影から聞き耳をたてて、目を光らせていることには気づかなかった。

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