第40話 ダンジョン・カップ
ダンジョン・カップ当日。
会場にはたくさんの人々が詰めかけていた。
大会の会場となるのは飛騨給ダンジョン。
本来、ダンジョンは無理に改造しようとすれば、周辺に大災害を巻き起こすため、無闇に人工の手を加えないことが鉄則だった。
どれだけ危険があると分かっていても、放置している理由である。
しかし、そんな中で稀に人間の手で完全に管理できるダンジョンもある。
その一つが飛騨給ダンジョンだ。
飛騨給ダンジョンでは、モンスターの召喚、アイテムの出現、ほとんどすべて人間の手でコントロールすることができる。
しかも近くにスタジアムがあるので、観客を招致しやすい。
そういうわけで、ダンジョン配信者にとっての祭典、ダンジョン・カップは毎年このダンジョンで開催されることになったというわけだ。
大会が開催される前から、会場は人々で賑わっていた。
スタジアム周辺には屋台が出店しており、お祭りの様相を呈している。
普段、動画サイトで追いかけている有名配信者を確実に見られる、大会の様子を配信する巨大スクリーンを見ながらみんなで盛り上がれる、というわけで会場周辺は熱気と期待感に包まれていた。
午前の部では、前座として一般参加の探索者達がダンジョンに入って成績を競い合う。
午後の部では、本番として特別参加のグループ(大会運営から特別に招待されたグループ)がハードモードになったダンジョンで
午前の部は緩い空気でつつがなく進行した。
まだまだ詰めの甘いダンジョン配信者達が、拙いながらも懸命にダンジョンを攻略していく。
そうしていよいよ午後の部が始まろうとしていた。
観客席の期待は否応なく高まる。
「いよいよ午後の部だな」
「ああ、今年ブレイクした配信グループが数多く参加するぜ」
スタジアムからダンジョンに続く道に陣取っている2人の観客が話し合っていた。
毎年、この道は特別参加グループの入場行進パレードに使われる。
こちらの方が配信者達の顔を間近に見れるので、ダンジョン・カップを見慣れている観客は、スタジアムよりもむしろこちらの沿道に詰めかけていた。
「おっ、パレードが始まるようだぞ」
列の先頭が見えるに従って、道路の両脇に詰めかけた人々から歓声が上がる。
初めに顔を見せたのは、全員大剣を装備した精悍なグループだった。
「やはり今年も来たな。リトル・ガーディアンズ」
「ああ、リーダーの
「どんなダンジョンでもステータスの高さだけで押し切れるのは、こいつらだけだと言われている」
「今年も優勝候補筆頭だな」
次に来たのは、魔導士を主体にしたグループ。
「カメレオンRPGだ」
「メンバーそれぞれの個性は薄いが、それが逆にチームワークの高さに繋がっている」
「毎度、ダンジョンに合わせて自由自在に戦略を組み替えてくる」
「対応力の高さでは他の追随を許さない」
「大会中、ダンジョン内部は完全に秘匿されているが、今年も上手く対応して手堅く上位に食い込んでくるだろうな」
「ああ、他が対応にミスれば優勝も有り得るぜ」
そして一際大きな歓声が聞こえてくる。
「おっと、来たぜ。大本命が」
「ああ。去年のディフェンディング・チャンピオンだな」
聖剣を背中に背負った男を先頭にグラサンをかけた一団が歩いてくる。
「Dライブ・ユニット。リーダーの暁月蓮也を筆頭にそれぞれが尖った個性を持っている」
「大抵のグループはリーダーに人気が集中しているが、このグループはリーダーの蓮也以外も個人で登録者数、再生数が多く、それぞれの人気が非常に高いのが特徴だ」
「それぞれの個性を活かしたダンジョン攻略は参考になる」
「ああ。あれだけ尖った能力の集団をよくまとめられるもんだぜ」
「最近は炎上動画で叩かれることも多いが、企画力の高さは随一だ」
「今年も観客をあっと言わせる作戦で驚かせてくれるだろうな」
(チッ。クソ野郎どもが)
リトル・ガーディアンズのリーダー、雅人は後ろから聞こえてくる歓声に苦々しい思いだった。
彼はDライブ・ユニットと浅からぬ因縁を持っていた。
以前行ったコラボ配信で散々な目にあったのだ。
遅刻してくる。
手違いでダンジョン突入前から揉める。
配信中も事前の取り決めを破り、配信を荒らす。
そうした数々の迷惑行為を被った結果、リトル・ガーディアンズとDライブ・ユニットは事実上絶縁状態だった。
その場にいたメンバーの取りなしのおかげで、雅人はどうにか怒りを抑え、配信外のSNSでの場外乱闘には至らなかった。
外見上、両グループは穏便に配信を終えている。
だが、雅人は今日までDライブ・ユニットに対する恨みを忘れた日はない。
彼らが配信サイトのランキングで上位に入るたびにコラボでの因縁を思い出すのであった。
(見てろよ、蓮也。今日こそはあの日の恨み、晴らさせてもらうぜ)
それはそうとしてパレードは進み、沿道の2人の前を蓮也達は通り過ぎる。
「大体優勝候補はこの3組か。リトル・ガーディアンズ、カメレオンRPG、Dライブ・ユニット」
「そうだな。ただ、一つパンフレットの中に見慣れないグループ名があった。そこにもしかしたら……。ん? なんだ?」
2人は道の向こうから不穏な空気を感じ取った。
それは嬉しい悲鳴でもあり、一方で意外なものを見て緊張と驚きが走っているような気配でもあった。
「やはり来たか」
「ああ、期待の新人だぜ」
艶やかな長い黒髪と魔法銃。
現れたのは榛名だった。
後ろには、真莉、天音、そしてクマの着ぐるみがついてきていた。
「彗星の如く現れた配信界の超新星、坂下榛名」
「今年のダンジョン・カップに特別枠で出るんじゃないかと噂されていたが、やはり来たか」
「ん? 後ろにいるのは、真莉と天音じゃないか?」
「!? ほんとだ。やっぱりあの3人知り合いだったのか?」
「3人とも配信にクマが映ることが多いから、実は繋がってるんじゃないかとは言われていたが、まさかユニットを組んでくるとは」
「ああ、これはとんだダークホースだぜ」
「3人とも女子高生ながら、いきなり配信界に現れて一瞬でランキングの常連入りになった大型新人」
「あの3人がユニットを組むとなると凄いことになるぞ」
(ククク。情報通り大会でユニットを組んできたな)
蓮也は榛名達を見て内心ほくそ笑んだ。
(バカな奴らだぜ。出鼻を挫くための仕込みがいるとも気づかずに)
蓮也はあらかじめ道路の脇に自分の息を吹き込んだ人物を潜り込ませていた。
榛名達にカメラが一番集中するタイミングで卵を投げ込ませる予定だ。
せっかくのユニットお披露目の舞台で、生卵に塗れた無様な姿を晒せば嫌われているという印象が刻まれて、ファン離れを起こすこと間違いなし。
榛名が取り乱すことになれば、グループ内の雰囲気も悪くなって、大会の成績はガタ落ち。
グループ解散まである。
(一度ついたイメージはなかなか離れない。テレビの恐ろしさを思い知らせてやるぜ)
やがて榛名達がテレビカメラの前までやってくる。
(よし。今だ!)
蓮也がそう心の中で思った時、こめかみに何か硬質な感触が走り弾けたかと思うと、トロリとしたものが頬にたれるのを感じた。
(えっ?)
蓮也が自身の顔についたトロリとしたものを手で掬うと、黄色い楕円の浮かぶ透明な膜と粉々に砕けた白い殻が手の平に広がる。
蓮也のこめかみにぶつけられたのは、まごう事なき卵だった。
思わず蓮也が卵の投げられた方を見ると、鉄鬼旅団のリーダーだった卓郎がいる。
「この鬼畜外道。炎上配信者ー」
「おいっ。何をしている貴様」
「つまみだせっ」
卓郎は警備員達に取り押さえられる。
「お前のせいで鉄鬼旅団は解散になったんだー」
蓮也はわなわな震えながらどうにか平静を保った。
(くっ、死に損ないの配信者がぁ)
蓮也が卵をぶつけられる瞬間はバッチリテレビカメラに撮られてしまった。
(しかも榛名には卵投げ忘れてんじゃねぇか。何やってんだよあのグズは)
悟は榛名の右側を固めながら歩いていた。
全てをガードするのは不可能なので、せめて榛名の右側だけでもと思ってのことだ。
そして幸運にも蓮也の仕込みはドンピシャで榛名の右側にスタンバっており、榛名に卵を投げるタイミングを逸してしまう。
テレビカメラは榛名の凛々しい顔つきをバッチリお茶の間に映して、普段ダンジョン配信を見ない層の興味関心を引き起こすのであった。
ダンジョンの前に辿りついた配信者達は、いったん仕切りのあるスペースに通される。
ここでダンジョンに入る前に各自配信を始められるようにとの配慮だ。
榛名、真莉、天音はそれぞれドローンを作動させて配信を始める。
・やっほー、榛名たん
・真莉ちゃん今日も可愛いねー。ん? 一緒に映ってるのは榛名と天音?
・天音ちゃん、こんにちはー。あれ? 今日はコラボかな? 一緒に映ってる2人は?
・ん? この3人は?
・まさかっ
「「「せーの、私達ユニットを組むことになりましたー」」」
・ファッ? この3人でユニット?
・噂は本当だったんだな
・クマ繋がりで知り合いちゃうかとは言われていたが……
・まさかこのタイミングで告知してくるとは
「ユニット名はクロエ・エクスプローラー」
「クロエは『新芽』『若草』など若々しい植物に関連するヨーロッパの女性名だよ」
「いつまでも初心を忘れず向上し続けること。新しい芽と可能性を探り続けることを誓ってこのユニット名にしました」
「記念すべき1度目の配信は、ダンジョン・カップ。上位入賞目指して頑張るぞー!」
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