第41話 入賞条件
会場にて、マイクを持ったリポーターの女性がカメラを前にしてしゃべっている。
「こちら、ダンジョン・カップの会場に来ております。会場はたくさんの観客で満員状態! 現在、仕切りの中では各グループが最後の準備に取り掛かっております」
カメラが切り替わって、各グループのパレードの様子が映される。
榛名達がカメラに向かって笑顔を振り撒いている様子も、蓮也の顔に卵が伝っている様子もバッチリ映されている。
「去年、優勝したのはDライブ・ユニット。人気配信者だけあって、皆さんオーラがありますねー。リーダーの暁月蓮也さんを始めとして……ん? この顔にかかったトロトロしたものはなんでしょう? え? あ、はい。すみません。次のグループに行きましょう」
カンペを見たリポーターは、慌ててDライブ・ユニットの紹介を止める。
昨年優勝グループの割には実に短い紹介だった。
代わりに期待の新グループ、クロエ・エクスプローラーは、かなり多くの時間が割かれる。
「さて、今年は果たしてどうなるのでしょうか。ダンジョン・カップ、午後の部が始まるまであと少しです」
「ぷっ。見たかよ蓮也のあの顔。ザマァねぇな」
リトル・ガーディアンのリーダー、雅人は仕切りの中でドローンの映し出すテレビを見ながら言った。
「鳩が豆鉄砲食らったような顔してたわね」
「あんまり蓮也に拘りすぎるなよ」
副リーダー格の男がたしなめるように言った。
「奴のペースに乗せられたら、また去年みたいにドツボに嵌まるぜ」
「分かってるよ。俺達は誰が相手だろうとやることは変わらない。ステータスでゴリ押しだ」
「そうだ。それでいい」
「余計なこと考えなきゃウチらが最強なんだから。ほんと頼むわよ、リーダー」
クロエ・エクスプローラーも仕切りの中で方針について話し合っていた。
「悟さん、ダンジョン・カップはどのように攻略するのがいいのでしょうか?」
天音が優等生らしい口調で聞いてきた。
「そうだな。ダンジョン・カップにおけるダンジョンの形状、出現するモンスターは毎回異なり、厳密に秘匿されている。だが、一つだけ確かなことがある。それはダンジョンの深さだ。これを見てくれ」
悟は去年取得したダンジョンのマップデータを取り出した。
「飛騨給ダンジョンは6階層までだ。それは去年も一昨年もその前もずっと変わらない」
「6階層!」
「短いですね」
「そう。だから基本的にダンジョン・カップは短期決戦になる。例年、一番速くダンジョンの最終地点に辿り着けるのは3階層でトップだった探索者だ」
「3階層……」
「最初から全速力で駆け抜けないとだな」
「うん。そしてもう一つ大切な要素はダンジョン・カップにおける特殊ルールだ」
「特殊ルール……ですか?」
「ダンジョン・カップでは、毎年特殊な入賞条件が設定される。最速でダンジョンのゴールに辿りつくこと。最強のモンスターを倒すこと。運営の用意した特殊アイテムを探り当てること。特定のアイテムを最も多く獲得すること。特定のモンスターを最も多く倒すこと、などだ」
「そんなに毎回ルールが違うんですね」
「短期決戦な上、特殊ルールがあるのかぁ。速さと対応力が求められますね」
「うん。だから、実力だけでなく運の要素も必要になる。ルールによって活躍できるジョブも異なるからね。どのジョブを主軸に置くか。そしてどれだけ速くキーアイテムを取得できるか。それがすべてだ。ダンジョンに入ったら、即マップ情報を取得してアイテムを指定するから、それぞれできるだけ速くキーアイテムを取得すること。いいね?」
「了解!」
「はい!」
「あ、入賞条件が発表されるみたいだぞ」
榛名が言った。
会場の様子を映すスクリーンに動きが見られた。
「ダンジョン・カップも今年ではや5年目を迎えました。おかげさまで協賛企業はどんどん増えていき、今年は賞品として授与される案件の数・金額共に最高を記録しています」
会場のスクリーンに協賛企業が映される。
A飲料、T自動車、Dハウス、C時計などなど……、誰もが知っているような大企業ばかりだった。
賞品と共に各企業のロゴマークが映される。
「さぁーそして、今回のダンジョン・カップのルールはぁ……これまでの全てです!」
「「「「「!?」」」」」
(((((全て??)))))
「今回はボスモンスター賞! 最速到達者賞! 特殊アイテム賞! 最多アイテム取得賞! 最多撃破数賞! 全てご用意しております。これらをもとに各グループの総合点を算出し、順位が決定されます」
「面白い。俺達、リトル・ガーディアンはボスモンスター賞をもらうぜ」
雅人は手元のパネルを操作して、伝達した。
会場のスクリーンにリトル・ガーディンの宣言が表示される。
「おーっと、リトル・ガーディアン、速くもボスモンスター賞狙いを宣言したぁー」
「開始前宣言だ」
「これって毎年、やってますよね。悟さん、開始前宣言って何の意味があるんですか?」
真莉が不思議そうに尋ねてきた。
「他のグループの戦意を挫くのが目的だよ。宣言したのが自分よりも
「なるほど。つまり自分達が狙ってるから、他の人は獲らないでってことですね」
「まあ、平たく言うとそういうことだね。ただ、いいことばかりでもない。狙いがわかりきってるから、他の配信者からすれば後出しで対応することができる。場合によっては裏をかくことも……」
悟が言いかけたところで、スクリーンに新たな宣言が追加された。
Dライブ・ユニットの宣言だった。
リトル・ガーディアン同様、ボスモンスター賞を宣言している。
「おおーっと。Dライブ・ユニット、リトル・ガーディアンの宣言に被せてきたぁー」
(チィ。横槍野郎が)
雅人は蓮也の見え透いた挑発に今すぐ斬りかかりたい衝動に駆られる。
(ダンジョン内で邪魔してきたら迷わずぶっ殺す)
宣言合戦の中、天音はDハウスの案件、家一軒プレゼントの項目を一心に見つめていた。
(上位に入賞すれば、あの家から出ることができる。あの憎たらしい叔父の鼻を明かすことができる!)
「天音。緊張してる?」
「悟さん」
「君のこの大会にかける意気込みはよくわかってるつもりだ。けど、あんまり力みすぎると勝てるものも勝てなくなるよ」
「はい。深呼吸しときます」
天音は手を広げて息を交換する。
「大丈夫。いつも通りの実力を出せば、君なら十分戦える。大会を楽しんで」
「はい」
「それで悟、ウチはどの賞を狙うの?」
榛名が聞いてきた。
「そうだな。強化アイテムが取れるなら、ボスモンスター賞だし。移動アイテムが出たら最速到達賞だ。条件が合えば特殊アイテム賞、補給系のアイテムが取れたなら最多アイテム取得賞、最多撃破数賞が狙い目だろう」
「どれでも狙えるってことですかぁー? 悟さんも強気ですねぇ」
真莉がからかうように言った。
「狙いを1つに絞らなくても、大丈夫なのでしょうか?」
天音が心配そうに聞いてくる。
「もちろん、ダンジョンに入れば、自ずと狙いは絞られるよ。ただ、現時点でターゲットを決め打ちしすぎるのはかえって危険だ。ダンジョンは入ってみなければ分からない。特に今回はかつてないほど多種多様な入賞条件が用意されている。ある程度の自由度と視野の広さは持っておきたいところだね」
「オッケー。それじゃあ、どの賞を狙うかはダンジョンに入ってから決めるってことね。素早いマップ情報の伝達頼むぜ、悟!」
「ああ。任せてくれ」
「さぁー、すべての準備が整いました。各グループ。スタート位置につきます」
リポーターの言う通り、それぞれスタート位置につく。
飛騨給ダンジョンの入り口は転移魔法陣だった。
10以上の大魔法陣に各グループがそれぞれ乗り込む。
ダンジョンのどの場所からスタートするかは、各魔法陣によってバラバラ。
そして、スタート地点付近に現れるモンスターやアイテムによって、その後の展開がかなり左右される。
ダンジョン・カップが運ゲーと言われる所以だった。
リトル・ガーディアンの面々が魔法陣を1つ選んでそこに歩み寄ろうとすると、他のグループは彼らを避けて別の魔法陣を選ぶ。
ステータス最強のリトル・ガーディアンと最初から競争したくない。
ただ一つのグループを除いては。
「おおーっと、Dライブ・ユニットとリトル・ガーディアン、同じ魔法陣を選んだぁー」
(くっ。このストーカー野郎)
「おい、テメェ。どういうつもりだ?」
雅人は食ってかかる。
「どういうつもり? それはこっちのセリフだろ?」
「は?」
「なんでお前ら俺達が選ぼうとしていた魔法陣に乗ってんだよ」
「はああ?」
「雅人、挑発に乗らないの」
「そうそう、仲良くやろーぜ。リトガーの皆さん。カメラもこっち向いてるんだしさ」
要が牽制するように言った。
雅人はカメラを意識してどうにか抑えるも、貧乏ゆすりだけは止めることができなかった。
「早速、バチバチやってんねあの2組は」
カメレオンRPGのリーダー
「あいつら仲わりーからな」
ダンジョン配信界隈で、リトル・ガーディアンとDライブ・ユニット、というか小暮雅人と暁月蓮也の仲が悪いのは周知の事実だった。
「まあ、勝手に仲違いしてくれりゃあこっちとしてもやりやすい。だろ?」
「しかし、どうするよ。あの入賞条件の数」
陸人はスクリーンに映った数々の入賞条件を見ながら言った。
「あれだけたくさん条件があったら、どこに的を絞ればいいのやら」
「なぁに。俺達がやることは変わらない。ダンジョンの形状・種類に対応する最も良い方法をとる」
「そうだな。実際にダンジョンに入りさえすれば……ん?」
会場が小さな異変に気づいて騒ついた。
悟、榛名、真莉、天音がそれぞれバラバラの魔法陣の上に乗っているのだ。
「おおーっと。クロエ・エクスプローラー。これはどういうことでしょう。メンバー全員バラバラの転移魔法陣を選びました」
他のグループは一斉に眉を顰める。
(なにっ!?)
(どういうことだ?)
(こいつらマジか? ダンジョン・カップは短期決戦なんだぞ?)
(なのに戦力を分散させるなんて……)
(目立ちたがり屋が。今回は配信企画で勝負してるんじゃないんだぜ?)
「僕もここに同乗させてもらおうかな」
悟が一人でリトル・ガーディアンとDライブ・ユニットと同じ魔法陣に乗り込む。
「今日はよろしく頼むよ」
(プクク。バカじゃねーの? 悟とか、ただでさえ戦闘力がないのに。孤立するとか)
蓮也は内心で嘲笑う。
「さぁー。開始まであと30秒。会場の皆さん一緒にカウントダウンしましょう!」
「お前、確か元々ディーライに居たやつだよな?」
雅人が悟に突っかかってくる。
「情報収集系のスキル。マップスキルだっけ? それで情報収集に特化していった結果、どんどん戦闘に参加しなくなって、配信画面から消えていって、ついには不祥事で追放された。それで新しくグループ立ち上げたと思ったら、大会でこの采配。舐めてんのか? この大会は短期決戦なんだぞ」
「舐めてなんかないよ。むしろ勝つために最善を尽くしてるんだ。そっちこそいいの?」
「あ?」
「短期決戦なのに、誰も犠牲にしなくて」
「?」
「さぁー、いよいよ10秒前です。会場の皆さん、一緒にカウントダウンしましょう。10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、0! ダンジョン・カップ、午後の部スタートです!」
魔法陣が煌めいたかと思うと、選手達が吸い込まれていき、やがて魔法陣の上には誰もいなくなった。
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