第28話 コラボ計画とおねだり

 アブ・プロダクションの事務所に出勤した蓮也は、要と秀仁に声をかけた。


 事務所内を見渡したところ由紀と大吉はまだ出勤していない。


「要! 秀仁! ちょっといいか?」


「ん? なんだ?」


「どうしたんだよ。改まって」


「3人で進めたい話だ」


 それだけで要と秀仁はある程度事情を汲み取る。


 この3人の間ではいくつかの議題について由紀と大吉を外した形で話し合うのは、共通認識になっていた。


 3人は盗み聞きを警戒して個室のある喫茶店に入る。


 念のため、盗聴器が仕掛けられていないか確認した後、蓮也は切り出した。


「先日、榛名と合コンした時のことを覚えているか? あの時榛名と一緒にくっついてきた2人。本城真莉と駒沢天音といったか? あの2人とお前達2人でコラボしてみてはどうかと思うんだが」


「あの2人とコラボ?」


「ふむ」


 要と秀仁はすぐに2人のことを思い返した。


 要は天音の折目正しく座る姿を、秀仁は真莉の明るくしゃべる姿を克明に思い描くことができた。


 というか、要も秀仁もあの後、暇をみては天音と真莉の配信をちょこちょこ見るようになっていた。


 そうして2人の配信を見れば見るほど、どんどん2人のことが可愛く見えてきて、特別な娘であるように思えてきた。


 そして、あの時取り逃したことを後悔するようになっていた。


 その後悔の念は、日が経つにつれて深くなっていく。


 せめてあの時連絡先だけでも交換していれば……。


「よし。コラボしよう」


「うむ。俺も異論はない」


「よし。それじゃあ、あの2人とコラボする方向で進めるぞ」


「だが、いいのか?」


 秀仁が言った。


「あの2人はせいぜい登録者数万人の配信者。一方で俺達は登録者50万人を超える」


 秀仁にはこういうところがあった。


 つまり気位が高く格の差を重んじる傾向があるのだ。


「俺達とコラボしても得するのは向こうばかりでディーライにとっての利益はないぞ」


「だからこそだ。あの2人に教えてやるのさ。悟と一緒にいても大した旨味はない、俺達と組んだ方がメリットが高いということをな。そうしてあの2人を取り込むことができれば、やがては榛名もこちらに靡いてくるだろう」


「なるほど。榛名の加入を見越してのことなのね」


「確かに榛名をディーライに加えることができれば、十分数字の上でのメリットもあるか。しかし、由紀はどうする? 説得できるのか?」


「あいつ女なのにすげー女嫌いだよな」


 要は頭の後ろで腕を組みながら椅子にもたれかかる。


「それも問題ない。由紀はもうすぐ終わる」


「「??」」


「詳しくは言えないが、由紀はもうすぐ終わる。お前達があいつの意向について心配する必要はない」


「ふーん。ま、お前がそういうならそうなんだろうな」


 要はその瞳に一種の諦めの念を浮かべながら言った。


 彼は責任感が薄く、矢面に立ちたがらない。


 自分で責任を取るよりも、リーダー気質の人間の周りにくっついて、一定の気楽さを維持したがる。


 生まれついてのナンバーツー気質だった。


 蓮也が消えると言ったら、由紀は消えるのだろう。


「なるほど。では、ディーライ内部に反対する者はいないということだな。それで? 真莉と天音とコラボするのはいいとして。どうやって進めるんだ?」


 秀仁がもっともな疑問を述べる。


「真莉はともかくとして、天音ちゃん、俺らとコラボしたくないって言ってたぜ?」


「あの2人が俺達とのコラボを断るのは、悟に遠慮してのことだろう。悟との仲を引き離せば、どうとでもなる。つまり、悟よりも俺達とのコラボの方が魅力的だと思わせれば……」


「けど、その肝心の悟が俺らとあの2人の間を遮断してんだろ?」


「横田さんは何度もコラボを打診しているが、悟が頑として突っぱねているそうだぞ」


「それについても俺に考えがある。とにかくお前らは真莉と天音の2人を引き込むことだけ考えていればいい。悟との契約打ち切りまでいかなくとも、連絡先を交換して、あの2人と個人的に親しくなるだけでもいい」


「やっちゃっていいの?」


 要が軽薄な調子で言った。


「おい、女子高生に手を出す気か?」


「いいじゃん。秀仁、お前も真莉ちゃんの身体に興味あるんだろ?」


「俺はただ、あの娘の間違った錬金術のやり方を矯正してやりたいだけだ。お前と一緒にするな」


「堅物だな。もうちょい肩の力抜けよ」


「まあ、とにかくだ。あの2人と仲良くなった後、どうするかはお前ら2人に任せる。好きにしていい。」


 蓮也はあの2人の人気が女子高生であることにあると見ていた。


 要するにアイドル売りである。


 そうなれば、男性スキャンダルが発生した時点で人気は激減するはず。


 この2人にも火の粉がかかる可能性はあるが、悟の箱は始まる前に終わらせることができるだろう。


 そうなれば、榛名もディーライに加入することを選ぶはずだ。


 それで要と秀仁のスキャンダルも埋め合わせることができるだろう。


 とにもかくにも、蓮也は真莉と天音の取り込みおよびブランド破壊を目指して動き始めるのであった。




 榛名、真莉、天音の3人は、朝練に勤しんでいた。


 新宿ダンジョンの8階層で広い空間に出る。


 もうすぐモンスターの大部隊がやってくるはずだった。


 激戦になるだろう。


「天音。後ろの通路塞いで」


「はい」


「真莉、〈花爆弾フラワー・フレア〉できるまであとどのくらいかかる?」


「あと2分ほど」


「オッケー。それまでは私がやっとく」


 榛名は耳でモンスターの集団が近づいて来ているのを感じていた。


「もうすぐ大勢やってくるよ。準備しといて」


「ラジャ」


 ゴブリンの軍勢がわんさかやってくる。


 榛名は柱に身を隠しながら、〈炎弾〉を撃ち続けて敵の前進を阻害する。


 背後からもモンスターの足音が聞こえたが、天音の召喚したフェンリルがその巨大でもって、後ろの通路を塞いでいる。


 迫り来るゴブリンの足音にフェンリルは落ち着かない様子だったが、天音が「どうどう」と宥めると腰を低くして大人しくなった。


 見張り・後詰の役割を受け入れる。


「榛名〈花爆弾フラワー・フレア〉できたよ」


「よし。引きつけるぞ」


 榛名は〈炎弾〉を撃つのをやめて、背後に下がる。


 ゴブリンはここぞとばかりに前へと出てくるが、そこに真莉が錬金術で錬成した〈花爆弾フラワー・フレア〉を投げつけた。


 花のようにパッと炎が広がってしばらくの間、燃え盛る。


 〈花爆弾フラワー・フレア〉は錬成者のイメージ通りに爆炎が広がる特殊な爆弾だった。


 ゴブリンの進軍ルートと部屋の構造、配置物を見越して、真莉は爆破範囲をイメージした。


 見事に1発で30体近いゴブリンを焼き尽くす。


 消滅したゴブリンは魔石と回復薬をドロップする。


 榛名達は手早くドロップアイテムを調達した。


「真莉、天音。回収終わった?」


「うん」


「バッチリです」


「よし。急ぐぞ」


 悟の取得したマップ情報によると、今回ダーゲットにしているアイテム〈火薬花〉はゴブリンでも取得して武器に変えることができるらしい。


 ゴブリンに取られる前に急がなければならなかった。


「あ、待ってください。青フクロウさんが何か言いたそうにしています。ふむふむ」


 天音は青フクロウの嘴の動きに耳を澄ませた。


 榛名と真莉は先へ急ぎたい気持ちを抑えて、天音と青フクロウのやり取りを待った。


 天音がこういう仕草をする時、何か重要な情報が出てくるのを知っていたからだ。


「ふむふむ。〈火薬花〉はすでにゴブリンによって取得されたみたいです」


「げっ。マジで?」


「〈火薬花〉を取得したゴブリンは錬成陣に向かって移動中です」


「くっ。どうすっかな」


「とりあえず悟さんに聞いてみましょ」


 真莉が提案した。


 スマホを取り出して手早くメールを打つと、すぐに返信が返ってきた。


 悟も〈マッピング〉で異変を捉えていたようだ。


 すぐに返信してくる。


 ドローンに新しいマップ情報を送ったとのこと。


 真莉はドローンのマップ情報を確認した。


 悟はあえて方針を固めることなく、敵の動きとアイテムの所在だけを提示していた。


 真莉の場合、あれこれ細かい指示を出すよりもある程度自由を与えて変数を残した方がやる気が出ることに気づいたからだ。


「ふむふむ。よし。だいたいわかった! 2人とも」


 真莉は榛名と天音を呼び寄せて、彼女の思い付いた代替案を話す。


「〈火薬花〉を取得したモンスター達は3つの部隊に別れてるわ。ここと、ここと、ここ。一番〈火薬花〉を多く持っていて一番強いのはこいつら。こいつらを撃破してから他の部隊も倒そ!」


「よし。行くぞ。天音」


「はい」


 天音はフェンリルを巨大化させて3人が乗れるようにした。


 魔力を大幅に消費するが今回はそれよりもターゲットのいる場所へ急ぐ方が大事だった。


 3人は敵の大部隊のいるところまで急行して、撃破し、大量の〈火薬花〉を手に入れた。


 〈火薬花〉を錬成して、〈花爆弾フラワー・フレア〉を錬成した3人は、モンスター達を効率よく倒し、悟の課した強化値を達成すると転移魔法で地上まで戻った。




「みんなお疲れさま」


 悟は帰ってきた3人に対して買ってきたドリンクを振る舞った。


「わー。私の好きなジャスミン茶だ」


「ありがとうございます。悟さん」


「サンキュー悟」


 3人にそれぞれ好きな飲み物、榛名は炭酸、真莉はジャスミン茶、天音はミルクティーを渡して、今回の朝練を労う。


「悟、どうだった、今回の探索は?」


「今回は強化率もバッチリだし、かなり良かったんじゃないですかー?」


「私も手応えがありました」


「うん。3人ともよかったよ。榛名は指示がかなり上手くなったね。真莉と天音もそれぞれ対応力と献身性で貢献できていた。チームワークが出来上がりつつある。もう3人で潜っても大丈夫だろう。グループ結成を発表できる日は近いよ」


 3人は顔を見合わせて喜色を浮かべた。


 悟に認めてもらえたことが何よりも嬉しかった。


「3人とも今日の感覚を忘れずに、今後も自分のよさを磨いていくんだよ」


「「「はい」」」


「それはそうと……悟さん」


 真莉が後ろで手を組みながら少し腰を屈めて、悟の顔を下から覗いてくる。


 悟の視界いっぱいに真莉の愛らしい笑顔と開けたブラウスから覗く胸の谷間が飛び込んでくる。


 悟はついつい視線を向けてしまう。


「そろそろ私にも100万再生の企画欲しいなー」


「えっ?」


「悟さんなら何か持ってますよね。錬金術師向けの企画」


「えーっと」


「お願いしますよー。私も榛名みたいにババーンと100万再生出したい」


 真莉は甘えるように言いながら、さりげなく胸元を寄せる。


 元々、開いてた胸元だが、さらに外に晒している肌色の面積が増える。


 男の視線の仕組みをよく理解している娘だった。


 そして、そんな目の保養になる景色を悟が独り占めできるようにしてくれているのだ。


 どんな男でも悪い気はしない。


「コホン」


 天音が咳払いして、悟と真莉は我に帰った。


「悟さん。ネクタイ緩んでますよ」


 天音は2人の間に割り込んで、悟のネクタイを直した。


 悟は先ほどまでの魅入られた感じから背筋を伸ばしてシャキッとした。


 天音の節度ある態度は、男子の身を引き締めさせる効果があった。


「あ、ごめん。ありがとう」


「悟さん、真莉のおねだりにだらしない態度をするのはどうかと思います。が」


 天音は悟の手を取って懇願するように瞳を潤ませた。


「そろそろ難易度の高い企画を与えて欲しいのは私も同じです。どうか私と真莉にチャンスを与えてくださいませんか?」


「そうですよ。悟さん。私達も早く榛名に追いつきたいです。チャンスを下さい」


 真莉は今度は回り込んで肩に手を添えてきた。


 体を傾けて、胸を当ててこんばかりの勢いだった。


「えっと、あはは。もちろんちゃんと2人向けの企画は考えているよ。君達にもその実力はあると思ってる。あとは素材さえ揃えばすぐにでも連絡するよ」


「本当ですか?」


「約束ですよ。悟さん」


「おーい。2人ともそろそろ行かないと学校遅れるぞー」


 榛名に言われて、2人とも渋々悟から離れる。


 3人は駅で悟と別れて電車に乗った。

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