第26話 炎上商法

「なぁ。見ろよ悟!」


 真莉と天音を迎えにいく車の中で、榛名は悟に自身のスマートフォンの画面を見せる。


 画面には、榛名の動画の再生数が示されていた。


「再生数80万! 配信直後でこの数字。久々に100万再生行くかも」


「ああ。逆境の中、ここまで数字を出せるのは凄いことだよ」


「? 逆境?」


「例の炎上の件だよ。蓮也とのゴタゴタで」


「ああ。なんだそのことか。もうそんなの忘れてたよ。それよりもさぁ」


 悟は榛名のはしゃぎようを感心半分、呆れ半分に見ていた。


(まったく自分がどれだけ凄いことをしたのか分かっていないんだな)


 炎上をバネにして再生数を稼ぐ。


 並の配信者のつまずくところを榛名はあっさりと突破したのだ。


 これで蓮也も迂闊に手を出すことはできなくなった。


 榛名を炎上させればさせるほど、再生数に貢献してしまうことになる。


(凄い奴だな、榛名)


 榛名はそんな悟の眼差しに気づくことなく、無邪気にSNSでコメントに返信していた。


 悟はため息をつく。


(とにかく榛名は配信者としてまた1つ成長した。こうなってくると企画者としてもうかうかしていられないな)




 榛名が渋谷ダンジョンを攻略していた頃、Dライブ・ユニットの面々は、ダンジョン配信グループの鉄鬼旅団とコラボしようとしていた。


 蓮也と鉄鬼旅団のリーダー卓郎たくろうは、ダンジョン前の駐車場に停めた車の中で打ち合わせしていた。


「鉢合わせるのはこの部屋にしよう。そしてここと、ここと、ここと、ここ。全部で6ヶ所だ」


 蓮也がダンジョンの見取り図を指差しながら言った。


「俺達はこちらから入り、鉄鬼旅団さんはこっちの通路から入り、同時にゴブリンを撃つという方向で」


「偶然鉢合わせたように装って、喧嘩するということだな」


「獲物の取り合いをしている風を装ってな。これを合計6回繰り返す」


「視聴者はまず気づかないだろう。我々がプロレスしていることに」


「プロレスという言い方はよくないな。打ち合わせと言ってもらおうか」


「ああ、すまん、すまん。とにかく対立を装って、お互いの視聴者にSNS上で口論させて、炎上させネットニュースになるよう仕向けることで再生数を伸ばす。まあ、いわゆる炎上商法という奴だな」


「炎上商法という言い方はやめてもらえるか? 話題作りと言ってもらおうか」


「ああ。すまん。話題作りと言い換えよう」


「で、6回中俺達の方が4回先にモンスターに攻撃し、鉄鬼旅団さんは後から攻撃するということで……」


「ちょっと! 何言ってるんですか。話が違うでしょう?」


 鉄鬼旅団の副リーダー、重光しげみつが割って入ってくる。


「先に攻撃するのはお互い同じ回数っていう話だったでしょう? 4回も横取りしたら、こっちが完全に悪者になっちゃうじゃないですか」


「なんだ。お前。俺達に3回も他人の獲物を横取りする悪者になれっていうのか? 登録者数30万人の分際で?  なら、こちらにも考えがある。5回お前達が悪者になれ」


「はぁ? なんでそうなるんですか」


「よせ重光」


 卓郎が制する。


「蓮也うちの副リーダーが失礼した。そちらの要望通りにさせてもらおう」


「では、さらに要求させてもらう。俺達のアイテムの補給にまつわる費用。これもそっちが負担しろ」


「お前! いい加減にしろよ」


「いい加減にするのはお前の方だ。どれだけ打ち合わせの邪魔をすれば気が済むんだよ」


「無茶苦茶言ってるのはそっちだろ」


「よせ重光。わかった。そちらの要望通り、費用もこちらで全額負担させていただく」


「ちょっと、リーダー」


「耐えろ。今は仕方がない」


「まったく。本番ではちゃんと台本通りやってくれよ」


 蓮也はそう言って、鉄鬼旅団の車から降りた。


「くっ。あの野郎。リーダー、いいんですか。あんなにあいつの要求飲み込んで」


「致し方ない。うちはDライブ・ユニットに比べれば、弱小。ここは向こうの要求を飲むしかない」


 鉄鬼旅団もかつてはトップ10に数えられる指折りのグループの1つだった。


 しかし、後追いのグループにどんどん追い抜かされ、今ではすっかり古豪の地位に甘んじている。


 案件離れも著しかった。


 故に今、勢いのあるDライブ・ユニットとのコラボを逃すわけにはいかないというのが、鉄鬼旅団の苦しい台所事情であった。


「とにかく今回のDライブ・ユニットとのコラボ絶対に成功させるぞ。各員装備の点検を抜かるなよ」


 鉄鬼旅団の面々は、装備の点検を済ませると、ダンジョンへと入っていき、配信を始める。


「よーし。点呼を取るぞ。1」


「2」


「3」


「4」


「5」


「よーし。全員揃ってるな。いざ、魔物の巣窟ダンジョンへと行こう」


 この堅苦しい軍隊式の硬派な感じが鉄鬼旅団の売りだった。


 当初はこの体育会系な感じが好感を持たれて、再生数を伸ばしたが、近年ではDライブ・ユニットのようなスタイリッシュなイメージのグループの方が再生数を伸ばしがちだった。


 だが、一度築き上げたスタイルを崩すのは難しく、鉄鬼旅団はこのノリを続けているのであった。


 やがて、Dライブ・ユニットと打ち合わせにあった例の部屋に差し掛かる。


(この部屋か)


 リーダーは全員に目配せした。


 全員「了解」の目線を送る。


 やがて、部屋の内部で戦闘が始まったのか、戦闘音が聞こえてくる。


「隊長! 他の配信者がモンスターに襲われています」


「何ぃ? 助けに行かなければ」


 鉄鬼旅団の5人は喜び勇んで部屋へと侵入していく。


 若干、不自然な成り行きだった。


 ダンジョン配信界隈では、他の探索者が戦闘中に割り込むのは、よほどのピンチでもない限りマナー違反とされている。


 ダンジョン配信を見慣れている視聴者なら、首を傾げるシーンだろう。


 だが、ネットニュース経由でやってくる素人には、その微妙な違和感も感じ取れないに違いない。


 隊長が部屋に入ると、すでに弱ったゴブリンに斬りかかる。


「助けに来たぞ。むっ? お前達はディーライの……」


 その時、蓮也が隊長に〈聖刃ディバイン・ブレード〉を放った。


「ぶっ」


「なんだこいつ?」


「モンスターだ。モンスター」


「撃て撃て」


「ぐあっ。ちょっと待て。話がちがっ」


「隊長!」


「おい、何をする。やめ……ぐあっ」


「ぎゃああああ」


 隊長の生命維持装置が発動し、カプセルに収納された。


 それを皮切りに鉄鬼旅団の他のメンバーもDライブ・ユニットの魔法攻撃に晒され、続々カプセルに入ることになる。


 結局、5人全員戦闘不能となり鉄鬼旅団は合計100万円以上の回収サービス費用を請求される。




「話が違うじゃないか」


 卓郎は蓮也に抗議した。


「あの場では口論に留めて、プロレスに徹する。打ち合わせではそういう話だったじゃないか。なのにあんな風に即座に攻撃してくるだなんて。そんなこと打ち合わせではなかった」


「はぁ? 何言ってんだ。他人の戦闘中に割り込んでくるのが悪いんだろ」


「それは演出で……。そういうコラボだって話だっただろ」


「コラボ? 何のことを言ってるんだ? ウチがお前らとコラボしたことなんて一度もない」


「……なんだと?」


「もう俺達に関わらないでくれるか? アンタらのような迷惑配信者と知り合いだなんて思われたらウチの沽券に関わるんでね」


「図に乗るなよ蓮也。大手チャンネルであることを笠に着た今回のような振る舞い。いつまでも通用すると思うなよ。そのうち必ず天罰が降るぞ」


「へっ。勝手に言ってろ。弱小チャンネルが」




 その後、この事件はSNS上で炎上し、どちらが悪いかの論争が起こった。


 ネットでは様々な意見が飛び交ったが、登録者数の多さや、戦闘中割り込みをした鉄鬼旅団側の落ち度から、全体的にDライブ・ユニットの方が優勢となった。


 その後、鉄鬼旅団リーダーの卓郎はメンバーの信任を失った。


 ったもんだの内輪揉めの末、鉄鬼旅団は解散することになる。


 卓郎は遅まきながら、Dライブ・ユニットとの事前の打ち合わせ内容を暴露し、蓮也の不誠実と約束違反をSNSでなじったが、それを相手にする者はどこにもいなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る