2-3(-1).朝から長い一日
「買った……買ってない……買った。これは……さっき見つけた。こっちはここにはなくて、こっちのは……なかった、けど代わりのものを探す……」
数十分後――早朝からの営業がウリの大型量販店内。うずたかく積まれた商品棚の谷、その只中に俺はいた。
通行の邪魔にならないよう壁際に寄り、端末に表示したリストを覗いて呪詛めいた独り言を呟き中。手にはカート、籠を二段に積んだ大規模購入体勢。目的は見たまま、あれこれの物品の買い出しだ。
ぶつぶつ言っているのは記憶の補強をするためである。量が多いので出来れば文面にチェックマークくらいは書き込みたいのだが、諸事情あって手を入れるだけの余裕がない。故、仕方なくこうして暗算的にリストを処理しているという次第。
わかっている、泥縄だ。こんなのは準備に失敗した敗者がとる応急処置的対応だ。確実性を損なってでもスピードを確保せよ、さもなくば詰みである、などと前提から切羽詰まっているような強行軍は、本来まったく俺の望むところではない。
しかし状況は切迫しており、選択の余地は欠片もないゆえ、不本意だろうとこんな手段を選ばなければならない。つまり端的に言って、俺は今ものすごく忙しい。
まず時間がない。指示によれば、俺は残り十五分で買い物を終え車に戻らなくてはならない。
次に責任が重い。一応とはいえ、これは頼まれた仕事だ。失敗に対して「多少は仕方がない」と言っていいのは頼んだ側だけであり、俺は目標達成のためにベストを尽くす必要がある。
そして最後に――端末を見て欲しい。
ぶーん、ぴろん。
ぶーん、ぴろん。
ぶー、ぴろん。ぴろん、ぴろん、ぴろんぶーぴろんぴろんぴろんぶー。
「ええい!」
あまりに通知が続くのが嫌になり、
通知自体を切ってしまえばいいじゃないかと人は言うだろう。しかしこれが出来ないのだ。
理由はこのように通知を開いてみればわかる。
展開されるのはメッセンジャーアプリのグループウインドウだ。
『ガムが欲しいです。キシリトールで、味はミントではないもの』
『ドリンクわすれた~! ××って銘柄のスポドリ、あったら何本か!』
『ブドウ糖もいいですか!? レッスン終わった後、宿題やるのにちょっと欲しいなって』
『ガムと言いましたがアメでもいいです。むしろそっちの方がいいですね。アメに変更で』
『あっ、あたしもそれがいいかも! フルーツ味のアソートとか食べたいなー!』
『自分はミルク派なので、別々で。小さい包装だとなおグーです。持って帰れるし』
『スポドリなんだけど、××は結構マイナーだからないかも。もし見つかんなかったら――』
……頭が痛くなってきた。もういいだろう。
要するに、これはおつかいなのだ。
更に付け加えるとこの窓、連中の会話やら何やらが一部持ち越されており、騒がしいことこの上ない。一部良心的な者がおり、なるべく指示内容を流さないよう気を遣ってくれるのだが、他のメンバーがまるでブレーキをかけないので焼け石に水。おかげでこっちは履歴を
というかまた買うものが増えた。これ本当に全部必要なのか?
いや、そこを気にするのはやめよう。とにかく今は動く。それに尽きる。
「悠乃、追加だ。大至急お菓子コーナーに行って飴を二種類――悠乃?」
仕事を分担しようと
「何処行った……?」
「ここ」
「うおっ!?」
感覚が探りきっていなかった盲点箇所から狙ったように出現した無表情に驚かされる。
漂わせている何となしのドヤ顔オーラにつっこみたいところだが、言及するべきは別の点だ。
「その手に持ってるの、何だ」
「さしいれのおかし」
「そんなの頼まれてたか?」
「わたしのチョイス。とてもおいしい。きっとうけるはず」
「お前が食いたいだけだろ戻してこい。というか、手伝え」
籠に入れる動きを阻止しながら勧告するが、俺の経験は「諦めなさい」と告げている。
「遊撃はおまかせ。必ず最高のさしいれをキャプチャーしてくる」
案の定、悠乃は意味のわからない一言を残すと、意気揚々とした無表情で姿を消す。
俺は溜息をついて、ここまでの物色で培った店内の脳内見取り図を参考に全ての品を買える最短
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