7-6.「星は彼方に輝く」
閃光が減衰し、致命傷を免れた俺の駆体が陽射しを浴びる。命中の直前に渾身の火線を放ち、間一髪、狙撃を強制中断させることに成功したのだ。
再び発生する一瞬の機会、取り返したのは俺の方。
最大推力で急加速――どういう空想を使ったか、直撃射線上にあって致命傷を回避した由祈のふところ、近接戦闘距離へと侵入する。
《!》
ちきっ。
こちらの拳を由祈が認識すると同時、視界の端で再び星の光がまたたいたのを、今度は見逃さない。
拳を開く――吸気孔、その内部で準備していた純粋熱量に指向性を付与するやいなや、反動も構わずぶっ放した。
光に呑まれ、大気の急激膨張が引き起こす爆圧によって撃ち出される星火銀。
当然こっちもただでは済まない。同じく炸裂に巻き込まれ、熱線の余波で装甲表面が溶解、感覚が一瞬機能不全を起こす。
《くう……。効いたわ、さすがに》
数秒を経て復旧した感覚世界に、由祈の声が響く。
感じた手ごたえの通り、由祈にも相当程度の
こっちもそれなりの代価を払ったのだ。そうであってくれなきゃ困る。……もっとも、最悪そこまでは稼げない可能性も覚悟はしていた。少しだけ、
《私の真理、もう見抜かれるとはね。正直、あと一手くらいは隠しておけると思ってた》
再生と同時、放った一撃をやはりすんででかわしながら、由祈が言う。
《で、その一手分で完全に潰しにくるつもりだったか。肝が冷えるな》
反撃の超振動をこちらも回避。一定以上の距離を開けた攻撃は、もうお互い決定打とはならない。
《歌声を基礎にした超振動狙撃と高機動の両立、音の空想。そっちは全部副産物だな?》
《うん。そうだよ》
接近、あるいはそのための隙を狙いすましながら声を飛ばしあう。
《《
ちかっ。
戦闘の余波、崩れ落ちたビルの残骸が俺たちの間を通り過ぎる直前、かすかに星明かりがまたたいたのを俺は見る。
直後、俺は推力放出による飛行を放棄。慣性による自由落下軌道に切り替え、目と鼻の先を由祈の狙撃が粉砕していくのを背筋の冷える思いで見送る。
《“可能性の操作”。それも、まずどうにもならない、低すぎる確率をいじることに限定した特化型。そんなとこだろ!》
《ご名答!》
続く一撃を撃ち込まれないよう放った火線、その牽制など無意味であったかのように全方位から連射が来る。
被弾覚悟で推力変換を再起動、急速上昇。由祈と並んでたなびく炎上煙の層を抜け、さえぎるもののない上空へと飛び上がる。
それで正解だった。超振動による全方位射撃は、付近のビルの備蓄燃料塔を炸裂させ、盛大な爆発を低空域に噴出させるに至っていた。
その偶然を肌で感じとりながら、確信する。
高精度すぎる射撃、曲芸みたいな質の高速機動回避。そしてそもそもこの状況を成り立たせている大元、時間の跳躍による歴史の改竄。
最初はどんな奇跡みたいな空想がそれを成り立たせているのかと思っていた。だが違った。そうじゃない、逆なのだ。由祈の元々の天才性に意識が向きすぎ、見逃すところだった。
《 奇跡を呼び寄せる真理。どれほどお前ができるやつでも、できないこと、しくじることは山ほどある。けど、お前は諦めない。不可能が可能になるまで挑み続け、最後にはやってのける。仰木由祈って人間そのものみたいな真理だ》
《あはっ。嬉しいこと言ってくれるじゃん》
でもちょっと違う。逆だよ。
歌声を軌道上に残し、仰木由祈が笑う。象徴紋に描かれたシンボルをなぞるかのように、頭上から無数の超振動の矢を降らす。
《あの夏、あの庭で、私は星を探してた。見えるはずもない希望の星を。そんなのあるはずないってわかってた。でも、それは来てくれた。私のところに、来てくれた》
真理の発動予兆に細心の注意を払って攻撃をさばき、後退射撃を行う由祈に追いすがる。
射撃は幾度も頬をかすめ、時に鋳られた駆体の一部を砕き、着実に俺を消耗させていく。
《佑! からっぽでボロボロで、なのにやさしい男の子! 佑が私の星だった。あの日の、
それが私の、仰木由祈って人間の
“十七周目”
密度を増し殺到する振動の波。ついに避けきれず、俺は撃墜され、二者の間にいちじるしい距離が生まれる。
由祈が空中高くで停止し、第四の
ちかっ。ちかっ、ちかっ、ちかっ、ちかっ、ちかっ。
星がまたたく。幾度も、幾つも。彼方の、仰木由祈が信じた摂理――たった一つの星のまたたきから、何度も奇跡が現象する。
その光が星火銀の装甲に宿り、眩さを増していく。
鋳直された由祈という存在、それそのものが一つの奇跡となり、色鮮やかな空想をその身にまとっていく。
《これが私の切り札。私自身の
もちろん長くは保たない。けどその分、クオリティは折り紙付きだよ。
その声を聞くか聞かないかの一瞬間で、由祈と俺の距離はほとんど詰め切られている。
文字通りの
咄嗟に身を固めたが、その程度のことで防ぎきれるものではあり得ない。
砕け散る装甲の欠片を後に残し吹き飛ぶ俺を、有り余る推進力で追いついた由祈の連撃が立て続けに見舞う。一度、また一度と食らうたび、致命的な痛手が俺という存在の中で蓄積されていく。
《(こんな高密度な攻撃が相手じゃ――予兆を読むなんて回りくどいこと、やってる隙がない!)》
《どうする、佑! 降参して、私についてくるって約束するなら殺さないどいてあげるけど!》
ど、めぎゃあっ!
崩れた防御の隙間へねじ込むように放たれた一撃が、俺をはるか下方に吹き飛ばし、給水塔を突き破らせ、ビルの屋上部分へと激しく叩きつける。
“二十五周目”
《う……っ》
噴き上がる水しぶき。視界の隅に表示された原型記憶率の残量ゲージは、既に残量僅少を示す赤色に染まっている。
上空の沈黙は俺の返事を待ってのものだろう。だが、当の俺は返答のための一言を発声する余力すら持たない。
もっとも、
“三十二周目”
長い付き合いだ。俺が首を縦に振る気など欠片もないことは、既に伝わっているだろうが。
“三十八周目”
“四十周目”
“四十一周目”
“四十三周目”
“……四十五周目。あと、残り九回”
“まだ、諦めない。諦めて、たまるか”
――ぎりっ。
庭で聞いたレコーダーの記録音声が、脳裏を走馬灯のように過ぎていく。
刻み込まれた一連の、血を吐くような独白が、直衛佑の精神から諦めを引き剥がし、削ぎ落としていく。
《決め……たんだ》
あくまで返事を待つつもりらしい由祈を仰ぎながら、渾身の力で立ち上がる。
《俺は……もう、“要らない”なんて、言わない……って》
何も要らない。――そんなのは嘘だ。
直衛佑は、欲しい。直衛佑は、憧れている。
“願い”を持つことに。
“願い”を持ち、敗死する不安と恐怖に抗いながら生きるひとたちに。
《望まれた“願い”の、ほとんどは……叶いや、しない……。だから、願う、ことには……確かに、ほとんど……意味が、ない》
摂理は存在をかえりみない。無惨に、呆気なく、存在は挫折させられる。
だから、それは個にとって無意味だ。一度しかない生において、理想や夢が未来を望ましく変えられる確率なんて、皆無に等しいのだから。
《でも……決めたんだ》
“あなたがわたしを救った”と。あなたが伝えようとした感情、あなたが試みようとした小さな抵抗が、ある存在ひとつを心ごと救ったと、そう教えてもらったから。
直衛佑という、どうしようもなく些末な、人間以下の存在の行動に、けれど救われた。そこには意味があったと、そう告げてもらったから。だから。
《俺は“願い”を
《――そっか》
歪んだ喉で張り上げた言葉に、由祈は感情の読めない一言で応じた。
それは何かをかえがたく悲しむようにも、また喜んでいるようにも聞こえた。
いずれにせよ、由祈はその余韻を振り切り、
《それなら、あとはやり合うだけだね。……口で言うのは簡単だけど、ボコボコにやられたばっかでしょ。立ってるのもやっとの格好で、どうやって逆転するつもり?》
まったく正論だ。こんな状態じゃ、
付け焼き刃の知識と経験を総動員するが、どれも十分な材料とはなってくれない。
《(賭けに出るにしたって、ほんの少しは勝算が欲しい。どうする……!)》
由祈の空想の充填動作が終わり、再び星の光が無数とまたたく。
その時だった。
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