6-4.運命
ぎきゅっ、たんっ! がつがつがっ、きゅぎゅっ、たぁんっ!
唱和される哀悼歌――響く音色の中で影たちが走り、銃声と舞う銀髪の反射がそれに応じる。
虹の残光
その揺らがぬ意思と判断が辛うじて悠乃を生かし続けている。……そう表すしかないほどに、舞台上には苛烈な死と殺意が満ちあふれていた。
用意されたその場が物語を描く空間だとするなら、その演目は間違いなく血みどろ、かつ残酷なものだ。
戦場のど真ん中、組まれた隊列、命令により前進を強いられた兵士たちの生存を賭けた殺し合い。
どこにいるのも、訓練などといった上等な仕立てはろくに受けていない雑兵。生き残る希望すらわずかにしか持てないまま、自分と相手の死を天秤にかけるという究極の二択に向き合わされる。
影たちは声なき悲鳴をあげて駆け回り、撃ち倒され、ごくかすかな安堵と再びの死の痛みを胸に力尽きる。そしてそれはいまだ苦しみの中にいる“生きた”影の恐れをあおり、殺到をますます狂乱したものへと膨れ上がらせるのだ。
その感情の生々しさは、舞台の外にいる俺ですら吐き気を
けれど悠乃は
がん、がうんっ!!
《インベントリ》から出現した大型ライフルが咆え、徹甲仕様の大口径弾を撃ち放つ。兵装規模の防御すら貫きうるその火力はしかし、舞台を取り囲む不可視の壁によって防がれる。
弾丸を押しとどめた障壁には亀裂の一つすら入った様子がない――それはつまり、この壁が空想としても存在物としても信じがたい強度を備えているということを意味する。虹の瞳が放つ眼光は変わらず機能し、弾幕をかいくぐった影を打ち消す近接の対抗手段として猛威を振るっている。それほどの力――空想を見抜き否定する無比の魔眼と、合金装甲を撃ち抜く弾丸を併せ用いてすら、舞台を囲む障壁は無傷であり続けているのだ。
目ではわからなくても、感覚でならはっきりとわかる。それは、感触の近いものを挙げるなら
《ふん、無駄なこと!》
その認識を裏付けるように、高みから見下ろす葬送者があざけるような言葉を降らせる。
《我が真理 《
異形の両腕は語りの
《盤面に置かれた駒が、盤と打ち手に抗うすべを持たぬように! “演者”の次元にある貴様が舞台に、そして“奏者”の位置にある我に! 影響を及ぼすことなどできぬと知れ!》
高らかなその宣告を聞いてなお、悠乃は戦いを止めない。状況を構成するすべての事物に絶え間なく視線を走らせ、生き残るための最善手を選択し続けている。
その様子を――俺はここで、ただ見ていることしかできないのか。
「っ……!」
『やめるんだ、直衛くん!』
一歩を踏み出しかけた俺の背に、預言者の制止が飛ぶ。
『今出たところで、事態を動かすことは恐らくできない。耐えて、機を待つんだ』
「でも!」
『君は“
状況認識を違えたままで掴めるのは死だけだぞ。
言葉を聞いた理性が警鐘を鳴らし、俺の足を止めさせる。
『――あらゆる想像が形を結ぶ識域の戦場においても、禁忌とされる
険しい視線を舞台上へと注ぎながら、預言者は語りはじめる。
『《改鋳》は自己改造の空想だ。使用者の存在そのものを一時的に書き換え、用途に特化した形態へと変貌させる。感覚、思考、それらを特定の……多くは真理使用に即した状態に変えることで、空想の質、強度を根本から引き上げる』
「書き換え……自分自身を?」
「ああ。それが最大の特徴であり、また欠点でもある。“在り続ける”ための形である自分の生来の有りようを手放し、一時的にでも別の
だが、それを葬送者は使用した。余興と呼んだ些細な行動を盤石に展開する程度のことのために。
そうだ、と預言者が頷く。
『“到達級”の脅威たる
「でも、それじゃ……!」
やりようのない思いを抱えて、一人戦い続ける悠乃を仰ぐ。
預言者の説明が事実なら、正真正銘、状況には介入の余地がないことになる。
悠乃は舞台を降りることができず、悲劇の“演者”であることを強いられる。
“奏者”である葬送者は隔絶された高みで悲劇を操り続け、“観客”に過ぎない俺たちはなおのこと手出しできず、悠乃が追い詰められる様を眺めている以外にない。
それは。そんなのは――。
《いい加減に認めるがいい、愚かなる選択者よ! 己が行動に意味などないということを!!》
「――――!」
胸に湧いた感情を刺し貫くような言葉が、はるかな高みから降り注ぐ。
《悲劇が世に満ちるのは摂理がそうあるゆえ! なべて存在とは運命の
指揮の
それらすべての影が悠乃を襲う。抗う鋼に傷を刻む。一つ、また一つと。
“どうでもいい”
声にならない声が反響する。
“諦めるしかない“願い”はある”
悠乃が口にした言葉が連鎖する。
“戦ってはいけない”
告げられた事実が感情を締め上げる。
戦うことを選べば、直衛佑の“願い”は袋小路に落ちる。
憧れをもって当の眩しさ、光を殺し、踏みにじることで“願い”を追う、矛盾した人でなしに成り下がる。
――なのに。
……なのに。
「預言者。行ってください」
口が勝手に動く。
喉が抑えようもなく言葉を紡ぐ。
「俺を置いて行ってください。あなただって、自分の娘がこのまま死ぬところなんて見たくないでしょう」
小動物が俺を仰ぐ。気付いていたのか、と尋ねるようにまなざしをくれる。
そうだ。わかっていた。
舞台へ連れ去られた悠乃が
悠乃の目的は時間稼ぎだ。葬送者が言い当てた通り――“最悪の場合”に俺たちが目指すのは、円卓からの増援が到着するまでの時間稼ぎ。
この識域は
であるなら、進入路を確保するために手を打つ余地もまたある。俺にそれができないとしても、状況を詳細に把握している預言者ならできる。少なくとも試みられる。
どうしてそう断言できるか? 悠乃が“それをしない”ことを預言者に願ったからだ。
「舞台に上がった悠乃は、戦いが始まるまでの一瞬で俺じゃなくあなたを見た」
あいつの、的を正確に射抜くような視線の感覚は肌が覚えている。
あの一瞬において、悠乃は俺を見なかった。何かを伝えるために預言者に視線を向けた。
悠乃七彩の“願い”は俺たちを守り抜くこと。もし預言者が俺と同じく“見ていることしかできない”のであれば、あえて言うまでもなく預言者はこの場に留まり、俺と由祈を守ろうと――娘の“願い”を叶えようとするだろう。
にも関わらず悠乃が釘を刺さなければならなかったのなら、答えはおのずと浮かび上がる。“預言者には他の選択肢がある”のだ。
『……この場において、僕は
幾分かの沈黙を挟んで、預言者が口を開く。
『だから、今の僕は私情ではなく、できごとの当事者である君たちの“願い”にしたがって動く。それが
直衛くん。
水晶玉を通して聞こえる、静かな男の声が俺の名を呼ぶ。
『君は、僕が“そうする”ことを望むんだね? それが君という存在のあり方を守ることに繋がると、そう考えるんだね?』
「……言い切ることは、できないです」
遠く近い舞台の上、たった一人息を切らし、血を流し続ける少女の背を感覚し続けながら、俺は言葉を吐く。
「でも、ここからどうするかは――もう決まってます」
拳を一度開き、強く握りしめる。
さっきまでは震えていた指先に、全身に、血を巡らせる。
『……そのようだね。今、僕にもそれが
預言者はそう口にし――そして、こう結ぶ。
『君の切り拓く未来に、
次の瞬間、小動物はきびすをかえすと、わだかまる影の一つへと飛び込み、姿を消した。
あとに残されたのは俺一人。
息を短く吐き、全速力で走り出す。
目指す先、感覚の焦点を合わせている舞台上では、刃が悲劇を――抵抗者の無惨な死という結末を描き出すべく、今にも振り下ろされんとするところだった。
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