2-5(-1).今、一度死んだ
ざく、ざく。
砕けた街路舗装、ところどころ露出した砂石混じりの地面起伏の中を歩き、移動する。
足元から起こる空気の震えは若干の間を置いて反響し、俺たちを取り巻く建造物群の頑強さと背丈の高さを感覚へと伝えてくる。
顔を上げれば、目に映るのはそびえる廃墟で構成された街並みだ。
材質も構造も、ガラスの向こうに覗く調度や備品の配置まで、現実で日々見るありきたりのそれと
「…………」
「…………」
数メートルほどの距離を挟んで隣を行く悠乃は無言。俺も無言。軽い冷戦状態といったところか。
会話の一つもなく指定を受けた位置で向き合うと、軌跡を
数列の方はデジタル表記のタイマーとおぼしい。
『それは
コギトを介してか、脳裏で響く預言者の声。
なるほど、
見比べて納得が行く。悠乃の数値は俺のそれよりも、文字通り桁違いに大きい。
『始める前に、改めて
預言者の声が続ける。
『これから行うのは、識域での実戦を想定した
感覚を通して、設定された彼我の位置関係を確認する。距離の開きはおよそ十メートル、足場は悪いが障害物はなく、お互い視線が通っている。
双方
『実力差を考慮して、七彩の方には出力制限をかけさせてもらった。その上で武器の使用は禁止とし、持ち込む道具も最低限と定めた。対して、直衛君には簡単だが僕からレクチャーを施してある。知識格差を埋めるための処置だね。一応聞くが、七彩。不服は?』
「ない」
答える平淡な声はいつもより低温で、鋭い。
感情を抑えていることがはっきりとわかる。出来るなら利用したいけれど、立ち姿に力みも緊張もないことを考えると期待は出来ないだろう。
『では最後に、勝敗について。経験がないことを踏まえ、直衛君には四つ予備の体力、つまり
こくり、と無言で頷く悠乃。
対して、俺は――。
『ふむ。思うところがあるかな、直衛君』
「……いえ」
否定してみたものの、胸にわだかまった感情はまだ完全には
俺が言い出して、そして処遇を賭けてもいる勝負だ。条件は俺に有利なほど都合がいい。それはそうだ。
でも。
『わかった。ではカウントを始めよう。ゼロになったらスタートだ』
「…………」
タイマーが減少を開始する中、ふと目が合う。
灰晶の目はそのまま俺を見つめてくる。その視線に真っ向から応じるには気まずく、視線をわずかに伏せる。
すると、悠乃はおもむろに口を開き、告げた。
「遠慮はむよう。殺すつもりでかかってこないと、意味がない」
思わず顔を上げる。さらりと投げられた言葉に面食らう。
ここが訓練用に調整された場だということは聞いていた。痛みは薄く、例え本気で戦ったとしても、命に危険が及ぶことはないと。
それでも、悠乃が選んだ言葉はいささか剣呑だと感じた。
殺意――敵意、害意。それを自分に対して抱けと、そう言外に伝えているようにしか思えなかったからだ。
『そうだぞう。わざわざこの形式を選んだのは、直衛君の戦闘適性、実力と素質を見るためでもあるんだからね』
言葉のニュアンスを一切解さなかったかのような気軽さで、預言者が付け足す。
「でも……!」
つい声を上げたが、続く反論は出て来ず。代わり、預言者が口にした内容に言葉を奪われる。
『怪物の息の根すら止められる暴力を、同じ人間、それも女の子である七彩に向けて使うのは抵抗があるかい?』
「…………!」
タイマーのカウントが減っていく。静かに悠乃が続ける。
「逸路は“願い”のためにどんな手段をも用いる。見かけに縛られて手を
残り五秒。
身構えるべきだと理性が命じる。しかしそれでも何かを言い返したくて、言葉を探してしまう。
そして。
『二、一』
ゼロ。
機械音声が刻限を
――どっ!!
大気を震わす激しい衝撃が、俺の胴体部を中心として前触れなく巻き起こった。
「――――!?」
視界がぐらりと揺れ、色を失い
目の前に悠乃がいた。黒衣を
静かに
音すら聞こえない臨死の
「今、一度死んだ」
ばぎゅっ!
素早く腕が引き抜かれると同時、再び衝撃。無防備な腹部に蹴りを食らった俺は、受け身も取れずに吹っ飛び瓦礫の壁へと激突した。
『
「う……げほっ」
風穴の開いた胸、破裂した内臓、それらの傷が塞がる巻き戻しのような嫌な感覚に
『ハンデ追加だね。五秒としようか』
「倍でいい。そのくらいは、よゆう」
「く……」
会話を聞きながら、震える足で立ち上がり呼吸する。衝撃で麻痺していた感覚をどうにか復旧させる。
本能が危険にわななき、ごうごうと血流を鳴らしていた。彼我の距離はそれなりにはある。だが、その程度は一息も要さず詰められる
『代理宣告を実行します』
きりいっ!
刻印を叩き起こし、足下のコンクリートを破壊、反動を使って跳躍。全速力でその場からの離脱を開始する。
修復されたばかりの肋骨が速度に
「(馬鹿だ俺は。悠乃をなめてた!)」
悠乃と預言者がわざわざ寄越してくれたヒントを、俺はふいにした。自分の感情に振り回されて、“見かけは飾り”――その言葉の意味するところを捉え損ねた。
道具を扱う指先、
けれど識域では違う。それらは空想によって補うことが出来る。今しがた悠乃が俺に示して見せたように。
だとすれば、捉えるべき重点はずれる。識域において
「(頭の中を一から組み直すしかない。さもなきゃ秒殺だ)」
幸い、どう動くべきかの指針は得られた。与えられた猶予ですべきことは一つ。
どくんっ!
右手の刻印が鼓動を放ち、一帯の構造を
「(まずは探る――悠乃の手札を一枚でも切らせる!)」
視界の彼方、
命中直前、音もなく悠乃の姿がかき消え、彼我距離の三分の一ほどを一気に詰めてきたのを感じ取る。連発の気配はなく、そのまま両脚を使った高速疾走へと移行。
「もう一撃!」
こちらの攻撃射程に悠乃が踏み入った瞬間、地面に腕を突き立てて干渉を仕掛ける。
地下地層の構造を探り、縦横を切り抜くように破壊。最後に底部を崩し、反動で地上へと強制射出。地鳴りと共に土の大壁が現れ、隆起して悠乃の進路を遮断する。
厚さと質量を持った土壁に対し、悠乃は速度を維持しての跳躍を選択。宙に
発動条件、
しかし――。
「――“
銀の長髪を風になびかせながら、鈴の音が空に
「“わたしの世界は色づく。鮮やかに”」
ばしゅうっ!
瞬間、悠乃の軌道が上書きされたかのように切り替わった。
上昇する放物軌道を描いていたのが一転、下方――地上に向けて急降下。すれ違うような軌跡を刻み、瓦礫弾を回避してのけたのだ。
悠乃の
どっぐぉっ!!
振りかぶられた
遮られる視界。生命の危機を前に再び加速したコマ送りの世界に、残影
またたき揺らめく
「(これが、悠乃の――)」
巡らせかけた思考は全身に走った衝撃によって寸断される。
『
盛大に吹き飛ばされる俺の脳裏に、戦闘前に預言者から受けた講釈の記憶が
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