2-5(-4).決着を刻め

 大気が揺れる。悠乃が動いたと察した瞬間、俺は足下一帯へ干渉を加え、盛大に自壊させた。

 ばぎゃあっ!

 現在地から縦一閃、円筒状の吹き抜け空間を構成する壁面が一部まるごと崩壊。ブーツの“なすすべ”を使い壁を駆けていた悠乃は、眼前まで連鎖した破壊を回避するため、瞬間的な大跳躍を余儀なくされる。

 生じた瓦礫は余剰力量の放出により波状に飛散。俺と悠乃を結ぶ直線軌道をことごとく封鎖した状態で落下を開始する。

「まず一手!」

「――なるほど。障害物を使って“踏み込み”を封じる、ひとまずせいかい」

 紋が増幅した感覚を通して、鈴を転がすような悠乃の声が伝達される。あの高速直線移動はそういう名前か。

「あらゆる“なすすべ”は長所と短所をあわせもつ。距離を瞬間的に詰められる“踏み込み”には、使用間隔クールタイムおよび軌道限定という大きな欠点がつきまとう。気付いたのは、いつ?」

「当てずっぽうの勘を数えていいなら、一回目。撃ち込んだ瓦礫を空中で避けられた時だ」

 仕掛けるべき一瞬タイミングを互いに計りながらの会話。わずかな情報も聞き逃せない――正答と比較して頭の中の推測を採点、精度を少しでも上げるべく修正調整する。

「お前の動き方にはがあった。軌道は常に真っ直ぐ、俺のしたいことや動きたい方向を先読みして最短直線の経路ルートを選び、こっちの準備を台無しにしながら詰めてくる。先手必勝とは言うけど、それにしてもだと思った」

 “そうする”理由を最初は絞り込めなかった。ハンデがあるとは言え、状況は圧倒的に悠乃に有利。先読みなんて攻撃的アグレッシブな手を取らなくても、俺を追い詰める方法は幾らとあったはずだ。

 悠乃の性格を考えれば、余裕や油断の現れである可能性は低い。戦術上のメリットが大きいか、“そうしない”ことにデメリットがあるかのどちらかだと仮定した。

「お前の真理を知った上で間近で動作を感覚して当たりが付いた。先読みは、手札の少なさを隠して強みを押しつけるための最適解。そうだろ?」

「――せいかい」

 鈴の音が短く答える。

 力を引き出し、強める。悠乃は《アダマス》の空想性質をそう説明した。

 “靴”が単体で複数の“なすすべ”を発揮してのけたように、存在が持つ力は多様だ。余計な効果を増幅せず、必要な用途だけに特化した性能を引き出すのは恐らく容易なことじゃない。

 となれば、“引き出し”には繊細な調整に伴う使用負荷か、細部の考慮を捨てた反動としての欠点が生じているはずだ。どちらの場合でも、それは立ち回りの制限という形で表に現れる。ハンデの負担は弱点を突いてこそ最大露出する――形勢を逆転するためのはそこにある。

 残りの算段は特筆するまでもない。確認が済んでいる手札カードを切らせた上で、俺がかき集めた札と、悠乃が伏せている残りの札とをぶつけ合う。それだけだ。

 見切り発車であることは否めない。でも、勝算は決してゼロじゃない。

「ここまではいい。“後”に何があるのか、見せてもらう」

「ああ――大一番ショウダウンだ!」

 きりいっ!!

 渦を組む鋭角の紋が啼き、周囲の瓦礫群をまとめて突き崩す。反動放出――推力を掴んだ俺は、フロア中央に屹立きつりつするオブジェを挟んだ悠乃の対角線上へと向かう。

 飛散する障害物の発生中心という安全圏を出た俺を、宙空踏破の“なすすべ”を引き出した悠乃が猛然と追尾する。

 その動きは精密、かつ迅速。俺にとっての命綱である距離の隔たりは、恐ろしいほどの勢いで失われていく。

「壊すものがない空中では、あなたの機動力も減少する。“踏み込み”がなくても、このくらいは数秒で追いつける」

 どうするのか? と俺を捉える眼差しが問うている。

 そう、確かに見られていた。オブジェという巨大な障害物を挟んでなお、その鋭い視線を俺は全身で感じていた。俺の一挙一動は、今この瞬間も悠乃によって精彩に観測されている。

 ぎぢいっ!

 構えた右掌みぎてのひらが鼓動を放つと同時、オブジェの各所に無数の罅割れが走った。

 次瞬、炸裂が巻き起こる。干渉により“ぐらつき”を突かれ、木っ葉微塵に砕け散った巨大オブジェは、極広範囲をカバーする細片の雨となって悠乃へと殺到する。

「ぐっ……!」

 指向性を持たせ、俺がいる側への被害は抑えたが、それでも視界は覆われ、肌が切れる。致命傷を負わないよう加速度も調節したため、悠乃に痛手を与えられたかは怪しいところだが、勘所は別にある。

「(定められた勝利条件は“一撃を当てる”こと! “命中”だけが問題なら、それがどれだけの損耗ダメージを稼ぎ出すかは関係ない!)」

 仮に“踏み込み”の回復リロードが間に合っていたとしても、空間一帯を制圧する攻撃を避け切ることは難しいはずだ。

 伝播する激しい衝撃の中、炸裂で塞がれた射線の先に目を凝らす。

 晴れていく視界の向こう、認めたシルエットの隣で明滅する損傷指標計ダメージレコーダの残量割合表示は――。

「!」

 変化なし、“無傷”を意味する一〇〇%のまま。

 同時、復旧した感覚が危険をしらせる。

 今や明瞭に視認可能となった前方。見えるのは、硬化し、主を包み隠すようにひるがえされた黒衣の盾の姿。

 その内側から返って来るのは、空洞の感触。

「発想はいい。……でも、策としては単調しんぷるすぎる」

 ぞわっ。

 後方、さほどの距離もない地点から響いた声に背筋が粟立った。

 振り返る。視界の先、壁面に張り付き、跳躍突撃の予備動作を終えつつある悠乃の姿が眼に入る。

 引き絞られた四肢に宿るのは、暴力的なまでに可能性を引き出された“なすすべ”の七透色レインボウ・セブンス

「おなじ手の繰り返しは対応される。手札のきりかたは、生死をわける」

 そう告げる悠乃の存在は、今この瞬間、一本の矢弾のごとくに研ぎ澄まされていた。

 明瞭至極、鋭利冷徹。眼差しは俺を真っ直ぐに射抜き、寸秒後に迫った俺の末路を既に見取っているかのようでもある。

「っ、コギト!!」

 声を張り上げ、空想の実行を指示コマンドするが、死の際にあってはその間すらも耐えがたいほど遅く感じられる。

 めきっ!

 コマ送りになった世界の中で、壁面を半ば穿うがち砕きながら悠乃が踏み切る様を見た。追い切れないと判断、視覚を捨て、世界を無色のそれに――感覚一本の状態に切り替える。

 この一合において、俺が散らした細片の雨は速度不足に過ぎている。まず確実に、それが降り注ぐよりも早く、悠乃は俺に二度の致命傷を刻むだろう。

 ……俺が行った“賭け”が、もし狙いを外していたならば、だが。

『――構成完了。最大出力 《光源フラッシュ》の代理干渉を実行します』

 悠乃が跳躍を完遂するまさにその直前、脳裏に淡々とした合成音声が響き渡った。

 そして。

 ――かっ!!

 肌を焼き焦がすかと錯覚するほどの凄まじい閃光の波が、飛び散っていたオブジェの細片を足場に反射。一帯を刹那の内に、真昼のような明るさに染め上げた。

「!」

 張り巡らせていた感覚を通して、悠乃の動きに予定外の揺らぎが走ったことを確認。同時に視線の気配が絶え、仕掛けが効いたことを確信する。

 視線、眼差し――視覚。そびえる障害物オブスタクルすら見透すほどの、超常域にまで達した鋭敏視力。

 それが、俺がこの一合でこじ開けを狙った、本当の突破口の名前だった。

 手がかりを掴んだのは、やはり真理宣告直後の一合。

 初手の砲撃をかわして踏み込んできた悠乃は、発射から着弾まで一秒もない距離から撃った近距離弾をも回避した。ただ避けるだけでなく、こちらの発射軌道をなぞった精密な“踏み込み”にまで繋げた上で、だ。その直後にも、攻撃が巻き起こした衝撃と砂煙の最中さなか、こちらの位置を即座に把握し、距離を稼ぎづらい屋内の戦場へと俺を正確に叩き込んでのけた。

 その時わかったのだ。悠乃は

 能力に制限を架されてなお先手を取れるのは、最速の環境把握を可能とする五感、視覚に秀でているからだ。その鋭敏さが識域において最大限に発揮された結果、動体視力に至るまでが《アダマス》を通すまでもなく強化され、戦況を支配するすべを悠乃に与えている。

 触覚、肌感覚が優位にある俺ですら、視覚が代え難い利便性を持つことはよく知っている。

 ……しかし、なら、もし何らかの手段を使って、を潰すことが出来たら?

 覚徒が扱える空想には偏りがある、と預言者は言った。

 強化の空想を得意とする《アダマス》は、攻撃にせよ防御にせよ、強みを押しつけることには長けていると言っていい。だがそれなら、相手の仕掛けた手を空想は最も苦手とするところではないか?

 読みは当たった。閃光は薄れる様子を見せず、煌々と空間を照らし続けている。

 ――りいんっ!

 激しい光の中、細心の注意を払って予兆を抑えていた紋が咆哮、限界照度の只中でプロト・ホワイトの唸りを上げた。

「ああああああっ!!」

 感覚を広げ距離を測り、迫る悠乃を迎え撃つ。

 最大の観測器官を押さえた以上、こちらの攻撃軌道を悠乃は掴むことが出来ないはずだ。

 こちらの残機は二、相打ちなら勝ちをもぎ取れる!

「……ごうかく」

 そう確信した俺の眼前で、しかし悠乃が何かを呟いたのを肌身が感じた。

 刹那、繰り出した掌が空を切る。そして全身に走る、強烈な被弾の衝撃。

「(外した――!?)」

 コギトを介して使った《光源フラッシュ》に、俺の感覚を狂わせるほどの熱量はなかったはずだ。なら、どうして?

 答えは文字通り、目と鼻の先にあった。麻痺しているはずの視界、瞳をそれでも魅了する、真なる超常が意識を音もなく染めた。

 虹の万象プライマル・セブンス。そう呼び称えるほかない極小の理想色彩が、向き合う悠乃の眼にあらわれていた。

 人の技では未だ辿り着き得ない、自然物だけが備えうる燦然さんぜんの、一つの完成形。その眼差しに射抜かれ、吹き抜けを埋め尽くす光は完全に消失していた。

「《アダマス》への推理はせいかい。相手の空想を弱めるような手を、わたしの真理は持たない」

 耳元で淡々、答え合わせの言葉が紡がれる。

 深く突き込まれた悠乃の右膝を起点に、伝達された推力エネルギーが荒れ狂う。めきり、と身体がきしみ、骨格、筋肉、内臓へと破壊の波が伝播でんぱする。

「でも、そこから先はふせいかい。真理に手がなくても、

 虹の眼が俺を一瞥する。それだけで、俺の身体に残っていた空想の名残なごりが完膚なきまでにかき消される。

 中和、除去、相殺――違う、どれでもない。そんな生易しい空想ものじゃない。

 これはだ。見る空想もの全てに「お前は架空だ」と突きつけ追放する告死の視線だ。

「“万象の瞳ヴィジョン”。それがこの眼……わたしが持つ最後の切り札カードの名前」

 見据える眼差しが、「そちらにまだ札はあるか?」と聞いてくる。

 苦悶のうめきすら吐き出せないのどに変わって視線を返す。

 今この刹那、激しい痛みをこらえてでも言ってやりたいことは一つだ。

「(そんな無法チートに返す手なんてあるわけないだろ、畜生――!)」

 次の瞬間、俺は弾丸のような勢いで宙へと打ち出される。

致命的な損傷フェイタルダメージの発生を確認』

 思考も精神も限界だ。コギトによる窮地を告げる言葉もはるか遠い。

 身構える間もなく追いつかれ、下方へと蹴り込まれた俺は猛速で落下し――《自動修復オートリペア》が完了したそのコンマ数秒後に、計算通りなのだろう勢いで地表へ激突。抵抗の余地など微塵もないまま、最後の残機ストックを意識ごと失った。

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