2-3(-2).どうしてこうなった

「――つまり由祈のことは、昨日の事件が起きた時点でもう一時保護を済ませてた、と」

「そう」

 由祈に可及的速やかな着替えを厳命した後、俺は改めて悠乃から質問の答えを聞いていた。

「悠乃ちゃん、ドライヤーどこ?」

「服を着ろて先に」

 浴室エリアから顔を出した適当女は未だ下着姿。

「暑いじゃん着てからやったら」

「暑かろうが守るもんは守ってくれ頼むから」

「せんめんだい、下の収納のなか」

「あったー」

 がたごと言わせながら響き始めたドライヤー音を遮断するため、内部の様子を感覚しないようにしながら浴室の戸を閉める。

 と、こちらをじっと見つめる無表情と目が合う。

「……せくしーしょっと、すき?」

「真顔で答えにくい質問振るのやめてくれ」

 こてん、と首を傾げてきたのをざっくりと切る。

 うちの玄関でかましたあれといい、こいつのボケセンス攻めてるな。女子二・男子一の状況で聞くネタじゃないぞ。

「話続けてくれ」

「としごろチャンスりょうかい」

 言いながらタブレット端末を操作する小柄銀髪。不穏すぎるがつっこまず流す。

 表示されたのは「捜査計画」と簡潔に銘打たれたアニメーションスライドだ。

規則ルールに基づき、現実の自然な運行……こちらで言う“日常”は、可能な限り阻害しない方向で動く。保護と監視は継続しつつ、仰木由祈を初めとする関係者にはこれまで通りの活動を行ってもらう。わたしたちはそこへ隠密裏に付き添い、護衛と捜査を進める」

 展開した画面には、由祈を中心とする人の輪に悠乃と俺のドット絵が入り込む図が映る。

「さしあたっての目標は、主犯格の逸路が突き止めること」

「?」

 疑問符を浮かべた俺に答えるように、画面が展開。無数の穴が掘られた地面の断面イラストが表示され、地上に“現実”、地下に“識域”と補足の文字列が浮かぶ。

「逸路は識域での活動に特化した存在。くじらが陸ではその巨体を支えられないように、彼らも原則、現実の物理法則下では生命活動を維持することが出来ない。その壁を越えるには、膨大なコストを支払った上で、更に弱体化のリスクを受け入れる必要がある」

 地上に進出した逸路のモデルに無数の圧が加わる図。

「最終的な目標――対象を自分の根城である識域に連れ去る、という結部ゴールは同じでも、それまでの過程をどう処理するかで、逸路側の戦略は変わる。自ら現実に出る個体もいれば、安全圏から分体や手駒を操る個体もいる。打ち手がわかれば、対処は容易になる。今回の主犯は、恐らく後者」

 穴の一つに糸を引く蜘蛛のドットが現れ、その更に後ろに黒く塗られた犯人のシルエットが表示される。

「この場合、“現実に異常な力を持った怪物が現れる”危険は少ないけれど、“主犯の居所が掴みにくい”点がまずネックになる。潜伏している識域の座標を掴むために、手がかりを集める必要がある」

 悠乃のドットが蜘蛛の糸を辿り、更に奥へと侵入。犯人の拠点アジトと思しき識域の扉を派手に蹴り開けた。

「そのためにも、まずは現場に溶け込むことが大切。どう動くにせよ、相手は仰木由祈と、その周辺の人物に干渉してくるはずだから」

「それはわかった。けど……」

 聞いている俺の方にはまだわからないことがあるので、尋ねることにする。

「それと、今見せられてるには何の関係があるんだ?」

 これ、というのは俺の眼前にある別のパネル型端末の画面である。

 そこにはこうある。

『夏の職業体験! あこがれの仕事をホンモノの現場で学ぼう!』

 夏休みを利用した職場体験企画のページらしい。職場体験と言えば各学校が個別・独自にやるものだと思っていたが、最近はこういうのもあるんだな。

 まあそれはいいとして、問題はそれをわざわざ今ここで見せる悠乃の意図である。

「まさかとは思うけど、由祈の“職場”に体験ので潜り込む、なんて言うんじゃないよな」

「そのとおり」

「はい?」

 あっさり頷かれたので声が出た。

「夏休み期間中の宿題という設定で潜入する。人員、制服もそのために調達した」

 俺の反応が予想外だったのか、悠乃は首を傾げて補足する。いや、詳しく聞きたいのは設定の方ではなくてね?

「何かもんだいが」

「発想からして問題だらけだろうがしっかりしろ」

 アイドルグループ――それも大手芸能事務所の虎の子たるトップ連中のそばへお邪魔出来るような職場体験がこの世にあってたまるか。

「あることにする」

「そんな無茶な」

 出来るかいな、とつっこむ手にも力が入らない。こいつを信じて大丈夫なのか俺は。

「全幅はなまる、だいじょうぶ。わたしは覚徒のすーぱーえりーと」

「帰っていいか?」

 ドヤ顔オーラのサムズアップにやる気をなくしかけたが、しかし意外な方向から飛んで来た声で話が続く。

「出来るんだな、これが。実はもう話もついてたりして」

「由祈」

 言いながら現れたのは、新品のシャツに顔と腕半分を突っ込んだままのスーパーアイドル(へそ出し)。

「前と後ろ逆だぞ」

「おお」

 その場でもぞもぞと服の向きを正し、無事に顔を出すに至ったところで、で? と尋ねる。

「うん。いや、社長に電話してさ。貰ったの、OK」

「ええ……」

 トップの権力フル活用。びっくりするほど正攻法のゴリ押しだ。通るのかそれで。

「友達が単位ヤバいって言ったら“あーじゃあいいよ”って」

「ノリ軽すぎないか?」

 海千山千の芸能界重鎮ともなるとこうもフットワークが軽くなるものなのだろうか。あと俺、さらっとひどい悪評流されてないか?

 疑問を抱く俺をよそに、悠乃はさっくりと画面を次に切り替える。

「わたしたちはLuminaのマネージャーについて行動することになる。これがタイムスケジュール」

「……俺の見間違いじゃなければ、今日からスタートって書かれてるけど」

 しかも朝の結構な時間――具体的には今からおよそ十分後――より行動開始とある。

「兵は拙速を尊ぶ。計画がかんぺきなら、なお言うことなし。まずはファーストコンタクトを済ませる」

「準備よーし。小枝こえださん、もうこっち着いたって」

「待て待て待て待て――」

 ぴんぽーん。

 言いつのりかけたその時、室内に来客を報せる音色が粛然しゅくぜんと鳴り響く。

 高級な空間ではチャイムの音まで心なし上品である、というどうでもいい情報を、この日俺は知り――そして余地もなく車中から量販店へと運ばれ、今に至るという次第なのであった。

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