根暗のおっさんは転生してゆりゆりしたい

スティーブ中元

第1話 リストラよりもいとこがだいじ

 俺は今日リストラされた。クリスマス近い街は飾り付けがされ綺麗だが、遠い世界のことのような気がする。少子化の波は塾業界にもしっかり押し寄せていて、40近いおっさんはもういらないそうだ。大学時代からバイトで塾で教え始め、20年近く算数ばっかり教えてきた。次の仕事など思いつかない。

 

 今日午前中、都心の本社に呼ばれた。授業は夕方だから、しばらく時間がある。やはり都心の大学病院に入院しているももかのところによってみよう。


 2駅電車に乗って、ももかのいる病院に着く。面会の許可をもらって、通い慣れた病室にむかう。

 

 ももかは父方のいとこで、今高1だ。都内の私立女子校に通っていたのだが、去年腫瘍が見つかった。高校になってから学校にいけなくなり、俺はときどき行ってやって勉強を教えている。

 

 見慣れた「川口ももか」のネームプレートを見て病室に入ると、先客がいた。

「あ、コーイチせんせい」

 ももかの友達であり、俺の教え子の鈴木すずかだ。ももかが5年のとき伯父の家に遊びに行くと、伯父がももかの算数の模試の結果をなげく。しかたないのでちょっと見てやっていたら、塾ですずかに俺のことを話したらしい。一緒に勉強をみてやることになり、伯父と鈴木家から会社に内緒の謝礼をもらっていた。受験が終わり、すずかとの縁は切れていたが、ももかの入院で時々顔をあわすようになっていた。

 

 断じて俺はロリコンではないが、若い女の子と話していると、心が和む。

 30分ほど他愛のない話をしていたら、リストラでささくれた心がすこし、正常に戻った気がした。今日は勤務があるので、勉強をおしえることなく病室をあとにすることにした。

 

 なぜかすずかも一緒に病室を出てきた。

「よかったら、もう少しももかに話をしてやってよ」

 廊下でももかに聞こえないよう、小声ですずかに言った。

「せんせい、相談があるんです」

「わかった」


 病院を出て、駅前のカフェに入る。すずかには席を取っておいてもらい、クリスマス限定のアイスドリンクを2つ買って席についた。

「ありがとうございます」

 すずかは暗い。暗い子ではないのだが、気にかかることがあるらしい。

「前みたいに、タメ口でいいよ、で?」

 ドリンクにも口をつけず、口も開かないので、俺は自分のドリンクをチューチューとすする。頬が凹む。

 それを見てすずかは少し笑って、やっと話し始めた。

「ももか、最近、頭が痛い、って言うんです」

 その言葉が頭に突き刺さった。恐れていたことがついに来たのかもしれない。

 気を使わせてはいけないと思い直し、無理に笑顔を作って言う。

「気のせいじゃない、あと、タ メ グ チ」

 すずかは頭のいい子だ。無理矢理に微笑んで、

「きのせい、だ よ ね」


 そこで会話は終わってしまった。

 

 塾に遅刻気味に出勤し、いくつか授業をこなした。ももかの病状が気になる。まだ退勤時刻ではないので、上司に断り、伯父に電話した。

「おじさん、ももか、どうなの」

「う、うん、だいじょうぶだよ」

「最近頭痛いみたいだよ」

「病院いったのか」

「うん」

「…………」


 暫くそのまま待つと、伯父は

「日曜休みか」

「ああ」

「家に来てくれ」

「わかった」


 伯父宅に行くことをわかったのではない。ももかの運命がわかってしまったのだ。

 

 アパートの近所の神社に行った。雪がちらついてきた。今年の初雪は早すぎる。

 

 もう俺にできることは神頼みしかなかった。

 賽銭箱に財布の中身を全部入れる。

「神様、俺はどうなってもいいから、ももかを助けてください」


 体が冷たくなっていくのがわかる。しかしお祈りを中断する訳にはいかない。

 

「お願いします、お願いします」


 祈り続けていたら、意識が遠ざかっていった。

 

 

 

 

 俺は目を覚ました。天井が白い。ベッドは妙に硬い。

 体を起こす。腕には点滴がつながれている。

 

 ああ、昨日お祈りしたまま、倒れちゃったのか。それで病院へ担ぎ込まれたのか。

 

『コウイチ、ちがうよ』


 頭の中に声が響く。

 

「だれ?」


 声に出すが、妙に声が高い。しかも病室は無人である。

 

『コウイチ、私、ももか。コウイチ死んじゃって私の中にいるの』

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