第9話 二人のクリスマス

 最近は検査がない限り、午前中は勉強している。ももかは数学ばかりやりたがるが、英語や国語、さらには歴史など、バランスよく学習するよう、脳内で指導している。

 

 午後は天気にもよるが、まず散歩。いっとき寝たきりだったももかにとっては、結構な運動だ。まもなくクリスマスの今日は、残念ながら小雨模様だ。

 

 さすがに今日は外はやめとこうよ。

『外、出たかったな』

 なんでだ?

『一階のカフェ、クリスマスの飾りつけじゃん。少し暗いから、外から見たらキレイじゃない?』

 じゃ、出るか?

『いいの?』

 地面が濡れていると、光が反射して、きっときれいだよ。

『ダウン着て、ブーツ履けばいい?』

 それと傘な。スマホも持て。

『緊急事態用?』

 写真撮ろう。

 

 病室を出てエレベーターへ向かうと、顔見知りの看護師、土佐さんに出くわした。

「ももかちゃん、脱走?」

 土佐さんは、いつもやさしい。

「ううん、ちょっとだけ外出て、イルミネーション写真とりたい」

 土佐さんはももかの格好を上から下まで見て、

「いいけど、ちょっとだけだよ」

「うん、わかってる」

 許可貰えてよかった。

 

 1階ロビーのカフェ横を敢えて通り過ぎ、正面玄関から外に出る。この病院の敷地は大きく、玄関前はよく散歩にりようしているが、こんなに重苦しい天気は初めてだ。傘に雨音が響く。


『寒いね』

 ああ、でもこんなときこそ、イルミネーションきれいなんじゃないか?

 

 ももかは振り返ってカフェの方を見た。

 すべてが暗いグレーの景色の中、カフェの一角だけが華やかな色に染まっていた。予想通り、濡れた地面に映る光も美しい。

 ももかはさっそく、スマホでその写真を撮る。

 

 ももか、横位置でも撮れ。

『え?』

 横位置なら、パソコンの壁紙にできるぞ。

『わかった』


 何枚か撮って、病室へ帰る。

 

 ドリンク、買わなくていいか? あったかいのがいいな。

『そうだね、クリスマス限定の、今日はホットにしよう』


 カフェの列に並ぶ。今日も視界の中心はスコーンである。

 

 ももか、スコーン好きだな。

『悪い?』

 いや、俺も好きだ。

『混んでるけど、テイクアウトのほうがいいかな?』

 だろうな。

 

 まだまだ列は進まない。俺はカフェ内に、クリスマスカードが売られているのを見つけた。よく見ると、カードを開くとクリスマスツリーが出てくるようになっている。

 

 あれ、買おうぜ。

『クリスマスカード、誰に送るの?』

 ももかにだよ。あれを病室のツリーにしようぜ。

『コウイチ、ロマンチストだね』

 うるさい。


 病室に帰り、スコーンを食べながらドリンクを飲む。口の中で混ざると、それもまたうまい。

 ちょっと飲んで、ももかはパソコンを開いた。

 

 おいおい、休憩いらんのか?

『はやく、パソコンの壁紙にしたい』


 俺は、壁紙の設定方法を教える。ももかが満足しているのが伝わる。

 つづけてももかは、さきほど買ったばかりのクリスマスカードを出し、パソコンの横に置いた。

 テーブルの上には、イルミネーションが壁紙として映るパソコン、クリスマスドリンク、スコーン、クリスマスカードのツリーが並ぶ。

 

 なんか、豪華なクリスマスになったな。

『ウン』


 さらにももかはペンを出し、なんとクリスマスカードの端に、コウイチよりと書いた。


 おい、何書くんだよ。

『だって、これコウイチがくれたんじゃん』

 ま、そうだが金は出してないぞ。

『いいのいいの、私、これでいい』

 伯父さん、伯母さんになんていわれるかわからんぞ。

『だいじょうぶだいじょうぶ』


 とにかくももかは、この状況に満足しているらしい。そしてなんとなく、まぶたが重くなってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る