第10話 クリスマス・イブ

 気がつくと、パソコンの画面は暗くなっていた。手を伸ばし、スリープを解除する。

 伯父さんにこないだ持ってきてもらった鍵盤とヘッドホンをパソコンに繋ぎ、クミのアプリを立ち上げる。

 

『きょうはクリスマスソング、歌わせたい』

 いいな。

 

 一通りの手順は教えてあるので、ももかは、ジングルベル、きよしこの夜といった定番ソングをどんどん入れていく。

 

 ももか、おまえ打ち込み速いな。

『そう?』

 やっぱピアノやってるやつは、ちがうわ。

『えへへへへ』


 ももかのご機嫌は、俺にも伝染る。

 

『ねえ、コウイチ、伴奏付けたい』

 おう、それはだな……

 

 しばらく色々教えたが、俺にだってわからないことはある。

 

 ももか、伯父さん、DTMの本持ってきてたよな。

『うん』


 ももかは『初聲クミ入門』なる本を取り出し、必要なところを探した。

 

 おい、時間ある時でいいから、最初っから読んでみたほうがいいぞ。

『そうなの?』

 大抵この手の本は、最初から読みながら実際にアプリを使っていくと、基本的なことは一通りできるようになるんだぞ。

『もしかして、数学の教科書と同じ?』

 同じだな。

『今すぐ、そうしたほうがいい?』

 いや、今それしたら、クリスマス終わる。

 

 その日は消灯までクミをやっていて、看護師の土佐さんにしかられた。

 

 24日がやってきた。クリスマスイブである。クリスマスイブではあるものの、病院はほぼ平常運転である。

 ももかも午前は勉強、午後は散歩に音楽と、いつもどおりの一日だ。

 

 夕刻、伯父さん・伯母さんがそれぞれ大きな箱を持って、やって来た。

 

『箱の中身は想像つくけど、言わないほうがいいよね』

 そうそう、あれで隠しているつもりだからな。

 

 伯父さん・伯母さんはそれぞれ持ってきた荷物を、部屋の端の方、ももかの視線が行きにくい方ににおいている。

 

『バレバレだよね』

 言うなよ。親心もだいじにしろよ。

『わかってる』


 夕食後、伯父さんは箱の一つを持ってきた。開けてみればクリスマスケーキである。

 

「うわーい」

 ももかが声を上げて喜んだ。

 俺にはわかる。親の手前、喜んで見せているのではない。高1の女の子が一人入院生活をしてきたのだ。嬉しくないはずがない。

 伯母さんがケーキを四等分し、紙皿に盛り付ける。伯父さんは病室備え付けの電気ポットで紅茶を淹れている。

 幸せな時間だ。

 

 ももか、ありがとう。

『え、なんで』

 独身のおっさんは、こういうのに弱いんだよ。

『うち来ればよかったのに』

 冬期講習だ。

『塾って、クリスマス会やってなかったっけ』

 あれは生徒を冬期講習にこさせるためのイベントだ。やってる側は楽しくないぞ。

『コウイチ楽しそうだったけど』

 楽しくないわけじゃないけどさ、基本は営業スマイルだよ。

『大人ってこわいね』

 そうか、そんなものだぞ。

 

「ももか、なに真剣な顔して考えてるの?」

 伯母さんが、聞いてきた。

「う、うん、幸せだなって」


 ももかだって、うまいこと言ってるじゃないか。

『そうだね』

 人のために笑顔になるって、悪いことじゃないだろ。

『そうだね』

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