第11話 先生のお話

 翌朝目を覚まし、ベッドサイドの包を開く。昨晩、ももかの両親(俺の伯父さん・伯母さん)が置いていったものだ。一応クリスマスプレゼントなので、25日朝まで開けないよう、言われていたのだ。

 

『わぁ、クミのぬいぐるみだ』

おお、けっこうでかいな。


 伯父さん・伯母さんは、最近ももかがDTMを始めたのを知って、買ってくれたのだろう。

 

 よかったな。

『うん、うれしい』


 朝食後しばらくして、藤沢先生が病室にやってきた。

「ももかちゃん、おはよ」

「おはよう、先生」

「近いうちに、お父さん、お母さん、病院にこないかな?」


 ももかがドキッとなるのが伝わる。医師が保護者の予定を聞くのだ。なにか重大な話に違いない。

 

「両親は、昨日来たばっかりです」

「なるべく早いほうがいいんだけどな」

「うん、連絡してみる」


 ももかはスマホを取り出し、SNSで連絡する。手が震えて何度も入力ミスをしてしまう。

 藤沢先生はそんなももかを見て、微笑んで言った。

「ももかちゃん、悪い話じゃないのよ。こないだもう一度検査したでしょ。病気、全部なくなってたのよ」

「え」

「だからね、一旦退院したほうがいいと、私は思うの。でも、ご両親が慎重にしたいんだったら、病院としてはそれを尊重したいんだ」

「よかった」


 ももかの目から涙がこぼれる。ももかはもう高一。自分の病気のことについて無知であるわけがない。しかしなるべくそれを考えないようにして、明るく日々を送っていたのだろう。

 

 藤沢先生と話している間にも、伯父さんからSNSが帰ってきた。今日の昼、会社を抜け出して来ると言う。伯父さんの文面をみていると、伯母さんからも同様の連絡が来た。

 

 ももか、伯父さん・伯母さんから大事にされてるな。

『うん』


「じゃ、またあとでね。ご両親がいらしたら、ナースコールして。ナースにはお願いしとくから」

「わかりました」


 藤沢先生は足取りも軽く、病室を出ていった。

 

 昼食を食べていたら、まず伯母さんがやってきた。

「先生、なんだって」

 病室に入るなり、聞いてきた。

「うん、病気、なおってるみたい。退院したほうがいいって」

「ももか、よかった」

 伯母さんがももかをだきしめる。ふわっとあたたかいものに包まれ、俺はとまどってしまった。

 

『コウイチ、エッチ』

 エッチじゃない、こんなの二十年は経験してないぞ。

『そうなの、彼女とかいなかったの』

 うるさい。

 

 ももかはそんなふうにふざけた思考であっても、それは照れ隠しだろう。何故ならももかの目からは涙が溢れ続けている。

 

「おい、どうした」

 伯父さんの声だ。心配しているのか、声が鋭い。

「パパ、私退院できるかもって。なおってるって」

 伯父さんはへたへたと丸椅子に座り込んでしまった。

 

 ナースコールを押すまでもなく、藤沢先生がやってきた。

「ここでお話しますか? 談話室のほうがいいですかね」


 ももか、談話室の方がいい。

『そうなの?』

 そのほうが、先生も細かいところまで説明しやすいと思う。

 

「先生、談話室がいいです」

「ももかちゃん、ちょっと歩くけどいい?」

「最近、散歩するようにしてますから大丈夫だと思います」

「じゃ、いきましょう」


 談話室は大きなテーブルがあり、その周りに事務椅子が並べられている。

 藤沢先生は手で着席するよう促し、全員が座ったところでちょっと雰囲気がかわった。

 先生が居住まいを正したので、ももかの背筋ものびる。ただし先生は笑顔である。

 

「入院時は、主に頭痛を訴えていましたので、頭部のMRIをとりました。それがこちらです」


『私、初めて見た』

 おそらく未成年には、見せないのだろうな。

 

「こちらですが、脳の奥の方に腫瘍らしき影が見えます。頭痛の原因は、これだと考えられます。外科的な治療は困難な位置ですので、点滴から薬物を投与して、増悪を防ぐ方向の治療を開始しました」

「さらにこちらが、入院一ヶ月後のMRIです。残念ながら、この影が大きくなっています。したがって抗がん剤を変更しました。このころの体調不良は、以前お話しましたように、この抗がん剤が原因だと考えられます」

「そしてこちらが、先日新たに撮ったMRIです。腫瘍は全く見られなくなりました。また、腫瘍マーカーも、腫瘍の存在を示さなくなりました」


 ここで伯父さんが口を挟んだ。

「先生、切り替えた抗がん剤が効いたということでしょうか?」

「そうかもしれませんが、経験的にここまで劇的に効いたことはないです」

「じゃあ、なおってないかもしれないと?」

「一見治ったように見えても、再発する可能性はあります。ですから、定期的な検査は必要です」

「退院は?」

「そこをご相談したいんです。少なくとも現時点、病気を示すデータは一切ありません。今、治療する内容も無いんです。ですから治療の面からは入院を続ける理由はありません。そうは言っても、データの見落とし、腫瘍の急激な増悪、それよりも心配なのは体力の低下です。季節柄、インフルエンザもありますし」

「はい」

「そういうわけですので、主治医の私としては、治療としては入院を続ける理由はない、しかし念のためもうしばらく入院してもいい、選んで頂きたいということです」

「よくわかりました」


 伯父さんは、難しい顔をしている。伯母さんもそうだ。


『コウイチ、どうしたらいいかな』

 ももかの気持ちでいいと思うよ。

『気持ち?』

 ももかがどうしたいかっていうことだよ。

 

「先生、私、おうちに帰りたい」

「わかった」

 藤沢先生は、うれしそうだった。

「先生、では退院の方向で」

 伯父さんは決断したらしい。伯母さんもうなずいている。


 そのあと、事務的な話になり、翌日退院と決まった。

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