第37話 塾の体験 その2

 石田先生は、大山先生のところでなにか小声で話している。なかなか結論がでない。仕方がないので、問題を解きながら待つ。全部解けた。すずかはていねいにまだ解いている。

 

 ももか、つぎの等差数列の和の公式を導出してみよう。

『わかった』

 等差数列の和は、初項と末項の和に項数をかけて2で割る。なんでかわかるか?

『それ、小学校の時、塾でやったね。それは……』


 ももかは、ノートに簡単な等差数列の例を書いて示す。

 

 その通りだ。じゃ、それを文字式で書いていってみよう。

『うん、わかった』


 しばらくして、ももかは公式にたどり着けた。そしたら大山先生と石田先生がもどってきた。

「ふたりともおまたせ。お、問題解いてたんだね。どれどれ……」

 大山先生が、まずすずかのノートをチェックする。

「うん、よくできてるね。じゃ、川口さんは……」

 次のところまですすんでいるももかのノートを見て、大山先生は目を剥いていた。石田先生の顔は暗い。ちょっとして、大山先生が口を開く。

「うん、とてもよくできているね。公式を暗記して、どんどん解いていけばいいんじゃないかな?」

 それを聞いてももかは、

「公式の導出は、していただけないんでしょうか?」

と聞く。大山先生は、

「医学部志望でしょう? そんなことに時間をかけないで、どんどん問題を解くほうがいいんじゃない?」

と返してくる。


 ももか、良い難問とはなにか、聞いてみろ。

「先生、良い難問ってどういう問題だと思われますか?」

「それはもちろん、むずかしいけど、勉強になる問題ということでしょう」


 それを解くにはどういう勉強が必要か、聞いてみろ。

「それを解くには、どういう勉強が必要でしょうか」

「そりゃいっぱい問題を解くことだよ」


 それだったら、この塾の生徒は全員、難関大に合格してるはずだな。

「でしたら、こちらの生徒さんは、みなさん難関大に合格なんですね」

 もちろんここで、大山先生はつまった。

 

 良い難問とは、基礎からきちんと勉強している人だけが解ける問題だと言ってやれ。

「良い難問とは、基礎からきちんと勉強している人だけが解ける問題だと聞いたことがあります」

 T大とか、そんなの出るぞ。

「T大とかは、そういうのが出るとも聞いたことがあります」

「川口さん、T大受けるの?」

「それは、私には無理、っていうことですか?」


 大山先生、やっちまったな。とどめ刺すか?

『うん』

 共通テストの数学、公式の暗記で満点とれるか聞いてみろ。

「先生、公式の暗記で、共通テストの数学、満点とれますか?」

「満点とりたいの?」

 医学部志望なら、満点狙いで当然だ。

「医学部志望なら、満点狙いで当然ではないですか?」

「そ、それはそうだね」

「で、公式の暗記でとれるんでしょうか?」

 大山先生は、絶句した。

 

 共通テストは、大学受験をする生徒が1月にほぼ全員受けるテストだ。数学は、出題者の誘導に乗って解いていかないと点がとれないので、暗記型の生徒はろくな点にならない。大山先生も、さすがにそれくらいは知っているはずだ。

 

「石田先生、川口さんの言う通りに、教えてあげて」

「は、はい」


 そのあとの授業は、たどたどしく、雰囲気も悪かった。

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