第19話 ももかの決意
その日はホームルームしたあと、大講堂に移動して始業式、また教室に戻って解散だけだった。それだけでもももかの体力は不足していて、始業式の校長先生の話はほとんど耳に入ってこなかった。
帰りの挨拶をして、ぐったりとしてしまう。
すずかが心配そうに寄ってきた。
「ももか、大丈夫? 顔青いよ」
「うん、休めば大丈夫だと思う」
田嶋先生もやってきた。
「ももかちゃん、よくがんばったね。お母さん来るまで、ゆっくり休んでるといいよ」
すずかが言ってくれる。
「先生、私、ももかに付き添ってていいですか?」
「時間大丈夫?」
「私、最初からそのつもりでしたから」
やっぱりすずかは頼りになるな。
『……』
ももかは疲れて思考停止に陥っているようだ。
田嶋先生は、
「ももかちゃん、先生は職員室からちょっと取ってくるものがあるから、ここで待ってて。すずかちゃん、ちょっとお願いね」
と言って出ていった。
他のクラスメートたちは、早速部活に向かう者、ももかを心配して遠巻きに見ている者、いろいろである。その中で、ショートカットで日焼けした子が一人、こちらにやって来た。
「ももか、ジュース買ってきてあげようか? 何がいい?」
「うん、ピーチの」
「了解!」
その子は走って教室を出ていった。
「綾ちゃん、いつも元気だね」
すずかが半ば呆れたように言うと、ももかは、
「うん、あの元気が欲しい」
と言った。
それにしてもさっきの子は、気持ちのいい子だ。
『赤城綾ちゃん、陸上部。走り幅跳びでインターハイ狙ってる』
そうか。
『部活忙しいみたいであんまり接点ないけど、親切なんだ』
あっという間に綾は帰ってきて桃ジュースのパックを机に置いた。
「ももかだけに、桃ジュースってか?」
「ありがとう。お金」
ももかは、やっとお金のことに気づいて、財布を出そうとする。
「いいよ。退院祝いってことで、安いけどね。じゃ、あっしは部活へGO!」
走り去っていった。
おもしれぇ奴だな。
『奴扱いなんだ』
充分だろう。
『充分だね』
ジュースを飲んでいると、田嶋先生が戻ってきた。持ってきたプリントをももかに手渡す。
「明日からだけど、やっぱりお家からネットで授業に参加して」
「わかりました」
「カメラは教室のこの机に置くから、いい感じで授業に参加できると思うよ」
「ありがとうございます」
その後、自宅からの授業参加の打ち合わせをした。
「先生、あの、相談があるんですが」
ももかが急に言いだした。
「あの、来年からのコースなんですけど、私理系に変えられないでしょうか」
「え、ももかちゃん、理系にするの」
「成績から言えば文系だということはわかってます。でも、今回入院して、病院の人たちにいっぱいお世話になって、私もそういう仕事がしたいんです」
「文系でも、できる仕事はあると思うけど」
「医師になれなくても、薬剤師でも、看護師でも、検査技師でもなんでもいいんです。ダメだったらダメでしょうがないですが、一回は挑戦したいんです」
「体力は?」
「それを言われると弱いんですが、浪人してでもチャレンジしたいです」
「お父さん、お母さんは」
「まだ言ってません。でもかならず説得します」
田嶋先生は、そこで考え込んだ。美人な田嶋先生が、眉間にしわを寄せて考えている。
『美人関係なくない?』
ももかも田嶋先生みたいになるんだろ?
『なる』
しばらくして田嶋先生が口を開いた。
「生徒が本気で考えて、挑戦したい、と言っていることは教師として応援したい。ただし、条件がある。やっぱり体のことが心配だから、ご両親の了解が無いとだめ。たぶんももかちゃんが考えているより、受験勉強の体への負担は大きいよ。ご両親のバックアップが必要だと思う」
「はい」
「夢にチャレンジするのはいい、でも死んじゃだめなんだよ」
田嶋先生は、涙声になった。
ももか、先生がどれだけ心配してくれてたかわかるか。
『今、やっとわかった』
でもやるか。
『やる』
「先生」
ももかが田嶋先生に話し始めた。
「先生が、とても心配してくれたのはとてもありがたいです。でも、私、入院中とてもつらかったんです、ただ生きているだけの日々が」
俺も知らない話だ。
「頭痛があるときは、ひどいときは死にたいくらいでした。痛くないときはそのときはそのときで、ただ生きているだけで、パパやママにつらい思いをさせてるだけ。そう思うと死にたくなりました」
「なんとなくですが、危ない病気だということもわかっていました。そんな私に、病院の人たちはいっぱいいっぱい良くしてくれたんです」
「私は多分、治りました。諦めず治療してくれた病院の人たちのおかげです。だから私はお返しがしたいんです。同じ仕事をする仲間になって」
「だから私は死にません。体の調子と相談しながら、時間がかかっても挑戦したいんです。私、間違っているでしょうか?」
すずかは泣いていた。先生も泣いていた。もちろんももかも泣いていた。
俺にできることは、脳内家庭教師としてももかを応援することだけだ。
『コウイチ、ありがとう』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます