第5話 DTMを始める

『チー鱈なかったね』

 ああなかったな。そんなにがっかりすんなよ。

『食べて欲しかったし。私も食べたかったし』

 そうか、残念だな。でも、この赤い箱のクッキーもうまいぞ。

『え、これしょっぱくないじゃん。しかもいちばん普通のやつじゃん』

 まあまあ、うまけりゃいいじゃん。それにな、クッキーは、一番普通のがな、食べ飽きなくていいんだよ。

『クッキーなんて、食べるんだ』

 普段食べないけどな、登山用に昔よく買ったんだよ。

『ふーん』


 ももかは棚に並ぶ他のお菓子も見ている。

『これはどう?』

 手に取ったのは、サラダ系のせんべいだ。

 おお、これもうまいな。でもなんでサラダなんだろうな?

『コウイチでも知らないの?』

 なんだ、俺がなんでも知ってるみたいだな。

『そう思ってた』

 知らないことのほうが多いよ。知ってることだけしゃべってるんだよ。

『ふーん、これは?』

 次に手に取ったのは、チョコクッキーでマシュマロを挟んだやつだ。

 おお、定番だな。いいな。

『コウイチはどれにする?』

 全部。

『全部?』

 食べたいもの、みんな食べようぜ。

『太らない?』

 歩く練習始めたんだ、いままでよりカロリー取らなきゃ。

『そうだね』


 病室に帰り、ももかはパソコンを開いた。

『クミやる』

 いいね、これでももかもアーティストだな。

 

 病室だから、ヘッドホンをパソコンに差す。

 DTMのアプリを開き、新規ソングを作る。

 クミのプラグインを開いて、ピアノロールを出す。

 

 ももかは、鼻歌を歌い、トラックパッドで音程を入力していく。

 俺は邪魔しないようにしていた。

 

『コウイチ、音入力するの、地味にめんどくさいね』

 ああ、めんどい。USBキーボードがあれば楽なんだけどな。

『なにそれ』

 鍵盤をUSBでパソコンに繋ぐんだよ。俺んちにあるはずだから、持ってきてもらえよ。

『わかった』

 ももかは早速、SNSで親に連絡しようとして、手を止めた。

『どう説明すればいいかな?』

 ちょっとスマホ借りていいか?

 俺はUSBキーボードの販売ページから画像をもってきて、SNSに入れる。

『ありがと』

 それが来るまでの間はな、パソコンのキーボードを鍵盤代わりに使えるモードがあるぞ。


 パソコンを設定してやると、ももかは早速キーボードで演奏してみた。

『コウイチ、音出ない』

 ああごめん、忘れてた。クミは鍵盤では歌わないんだ。

『だめじゃん』

 メーカーに言ってくれ。でもな、他の楽器なら音出るぞ。


 他の楽器のプラグインを設定して、音を出してやった。


 これでな、一旦入力して、MIDIファイルに書き出してクミに読み込ませるんだよ。

『けっこうめんどくさいね』

 そうなんだけど、しかたない。まあ、弾いてみろよ。

 

 ももかは、幾つかメロディーを弾いてみた。美しいメロディーがヘッドホンから聞こえる。

 

 ももか、すごいな。そういえば、ピアノやってたもんな。

『入院してから弾けてなかったけどね』

 キーボード、早く来るといいな。

 

 ももかに、一音ずつキーボードで入力するステップ入力、普通に演奏することで入力するリアルタイム入力の仕方を教えた。

『どう使い分ければいいの?』

 俺はフンフンと鼻歌を歌ってからだったらステップ入力、ある程度メロディーが鍵盤で弾けちゃうんだったらリアルタイム入力でいいと思うけど。好きでいいんじゃない?

『やってみなきゃわかんないか』


 それからしばらく、ももかはいろんなメロディーを奏でてくれた。俺はそれを、ただただしみじみと聞いていた。

 

『疲れた』


 ももかはけっこう集中していたので、スタミナが切れたらしい。

 

 菓子食おう。

『賛成』


 それから、クッキーとせんべいを食べた。甘いもの、しょっぱいもの、お茶、無限ループに入りそうだ。

 

 ももか、菓子がうまいのはいいが、かけらがパソコンにかかるのはまずい。

『あ、やべ』

 キーの下に入ると、やっかいだぞ。

 

 ももかはパソコンを持ち上げ、せんべいのかすを息で吹いて飛ばそうとした。

 そしたら口の端についていたせんべいのかけらが、パソコンに向かって飛んでいった。

 二人でしばらく笑った。

 

 コンコン

 

 病室にノックの音がした。

 

「はーい」

 ももかが返事する。

 

「元気そうね」

 入ってきたのは、四十代半ばの女性医師だった。ショートカットでなんかかっこいい。

『コウイチ、熟女好き?』

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