第44話 お祈り

 それからは一進一退の日々だった。頭痛は投薬されれば多少抑えられる。しかし病巣を治す薬は、体調が完全に悪化してしまう。伯母さんがほとんどつきっきりで看病してくれていた。

 すずかと綾は毎日のように来てくれたが、だんだんと会話もままならなくなっていた。

 当然、俺とももかの脳内会話も減った。

 

 ある日、ぐったりとベッドに寝ていると、今日も綾がお見舞いに来てくれた。

 綾が来てくれるのはうれしいが、そういえばすずかがもう二日来てくれてない。

「綾、今日もありがとう。すずか、忙しいんだね」

 ここで綾の表情がこわばった。

「う、うん、忙しいみたい。ももかによろしく、って言ってた」

「そう」


 何か悪い予感がする。

『なんかおかしい』


 綾は、

「部活あるから、今日は帰るね」

と言って帰っていった。


『なんかあるね』

 うん、おかしい。今から部活なんてあるわけ無いだろう。

『私、なんかすずかに嫌われるようなこと言っちゃったかな?』

 記憶にない。

『まさか、すずかになんかあったかな?』

 よせよ、縁起でもない。

 

「ママ、最近すずか来ないけど、なにか知ってる?」

「ううん、知らないわ、忙しいんじゃない」


 不自然だな。

『不自然ね』


「ママ、何かあったって、何となく分かるよ。ホントのこと、教えて」

「うん、本当に何も知らないわ」


 大人は簡単には口を割らないか。

『そうね、藤沢先生とか、土佐さんも無理でしょうね』

 やっぱり綾か。

『綾には悪いけど、綾に聞くしかないね』


 ももかはスマホを取り出し、

「今日、来てくれないかな?」

とだけ打った。


 夕方、綾は来てくれた。一応笑顔である。

「綾、すずかのこと、教えて」

「え、何も知らないよ」

 この質問があるであろうことを、予期していたのか綾はすぐに答えた。

「ねぇ綾、私すずかに何か悪いこと言っちゃったんじゃないか心配なんだ。何か聞いてない」

「うん、聞いてない」

「じゃ、なんですずか来てくれないの」

「……」

「……」

「……」


 綾は下を向いて、とても辛そうにしている。

「もしかして、すずかになんかあった?」

 綾は泣き出してしまった。

 

 もう許してやれよ。

『うん、綾もつらいんだね』


「ごめんね綾、言わなくていい」

「ごめん」


 綾、えらいな。

『うん、大事な友だち』


 綾が帰ったところで、ぐったりとしてしまった。

 

 どれくらい時間が経っただろう、ふと意識がはっきりした。

 

『コウイチ、すずか、大変なことになっているんだと思う』

 おそらくな。

『でね、多分、私の命、もう永くない』

 うん。

『だから、あの神社にすずかのこと、お願いしたい』

 今の体じゃ、あそこまで行けないぞ。

『綾の持ってきてくれた、お札があるじゃない』


 ももかは横の机においてあるお札を手に取り、自分のお腹の上においた。


 お賽銭ないぞ。

 お財布、置いとけばいいかな。

 

 お札のすぐ横に、財布を置く。

 

『神様、すずかのピンチを救ってください』

 神様、すずかのピンチを救ってください。

 

 一生懸命お祈りしていると、意識がなくなった。

 

 

 

 

 目が覚めた。

 見慣れた病院の天井である。頭痛はまったくなかった。

 

 寝ちゃったんだな。

『そうだね、寝ちゃったんだね』


『コウイチ先生、ももか、ちがうよ』


 頭の中に声が響く。

 

 だれ?

『だれ?』


『わたし、すずか。ももかが死んじゃって、二人とも私の中にいるの』

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根暗のおっさんは転生してゆりゆりしたい スティーブ中元 @steve_nakamoto

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