2:杜籠県-④

 KhR岶岼駅から椎伊良駅までは非常に遠い。新快速でさえ1時間を要するし、椎伊良駅までの本数も非常に少ない。

 車道は整備されてこそいるが、自由に通行できるだけの交通網としては発達していない。せいぜい、『地元の扇状地を全部使ったくらい』だと軽太が気がついたのは後のことだった。


 『椎伊良』に着いた旨のアナウンスが車内に行き届く。コラツルはフウギと入れ替わるようにして仮眠を取る。ハヤブサ属特有の硬い足の音が彼女の耳をこだまする。甲高い声からキューガであると察し、瞼に力を入れる。

 そういえば、分屯基地に訪れる前に食事を摂ると決めていた。余計に苦痛だ。彼女に対しては『一人で行け』以外に言うべきことがない。眠気と嫌気が交ざっていて、眠れそうにもない。一駅一駅の間隔が非常に長く感じる。気がつけば片足でパパの手を握っていた。



 椎伊良駅から森が岳市までは一時間程である。その間カータクはキューガに軽太とで映画上映会をしていた。実際に見せたのは動画サイトに転がるナンセンスな動画達である。

 カータクは奇作が好みなのだが、特に見つける気はない。掘り当てるくらいならSNSのTLでも見てたほうが有意義である。

 数語検索した辺りで面倒になり、彼は兄の再生リストを片っ端から見せることとした。深夜徘徊だの謎の動画、自治体の上げた動画等、中々にバラエティに富んで飽きることはなかった。

 

 携帯のアラームを背で受けたコラツルは目を覚ます。『おはよう』と話しかけるキューガに素っ気ない鸚鵡返しをし、出入り口の方へと向かう。


「寝てないのかな」


 キューガは首を傾げる。ちょうど、爬虫類には不可能な姿勢だ。


「まぁまあ。我儘な人って何処にでも居るじゃないすか?」


 カータクはコラツルの方を向き、嫌味な笑いを浮かべる。本人も気がついていないだろうが、彼はキューガの方角から過剰に離れようとしている。


「そう言われましても――」

「――さ~て、とっとと降りるぞ~!」


 フウギは腸が痛い思いを割りきり、会話を中断させる。精神科医として『悪い』のは間違いなくキューガなのだが、人倫としてアウトなのはカータクだ。どう指摘しても自分の心に傷がつく。


 扉が開くや否や、我先にとコラツルはホームに両足をつける。『ご乗車ありがとうございました』の声が彼女に続いて響く。

 フウギは床暖房の存在に気がつき、『少しだけホームに残る』と周囲に伝える。携帯を取り出す彼を余所目に軽太とカータクはエスカレーターに乗る。

 どうもこの国の『エスカレーター』は全く別物のようだ。斜め上に移動する用途こそ変わっていないが、見た目としては簡易的な昇降機が自動で上がっていく光景に近い。


 エスカレーターを降りると、改札前にてコラツルは待機していた。


「パパは?」

「遅れるそうです」

「わかった」


 暫く無言が続く。キューガは顔を右往左往させ不安を訴えていたが、そのメッセージを受け取ったのはこの場で軽太だけであった。軽太も中距離か傍観しているうちに、フウギが階段から現れる。


「ごめんごめん」


 彼は申し訳無さそうに集まりの方を向く。


「気にしとらん」


 真っ先に改札を抜けるコラツルに続き、一団は改札と雑踏を抜ける。

 酉前3時5分。予定通りの時刻である。カータクは残金の補填をしに行くと言い、フウギと共に発券場へと向かう。父につられ着いていく彼女を目にし、キューガもそちらへ向かおうとした。


「ところでさ、キューガちゃん」


 予想しない声に彼女は足を止め、首を回して発言主の方を向く。軽太からすれば、彼女に睨まれている感覚さえ覚える。どうも彼女は礼儀に厳しいし、回りくどい。移動中、男と間違えた際に皮肉を言われたのがどうも、恐怖体験として彼の脳裏に浮かんでいる。


 軽太は少し目を瞑り、拳を握った後に緩め、彼女を見据える。息を整え、言うべきことを端的に言うこととした――


「カーラくんって、どんな人なの?」



「カーラくんはかつてはユゴス連邦に棲んでたんですけど、お父さんが在果兪軍基地に異動となりまして――」


 商店街を歩く最中、キューガはカーラという人物のプロフィールを読み上げるかのように話す。カータクは知らん顔で商店のガラスでも見ることとしたが、光沢が邪魔で中がよく見えないし、目を凝らそうにも通り過ぎていた。

 カータクは完全に聞き飛ばしていたのだが、彼女は友人も訪れていると話していたのだ。


「個人としての特徴とかある?」


 フウギは適当に彼女の発言を遮って質問する。


「……結構、暴れん坊かなあ。家荒らされたことがあって以降は戸締まりしっかりしてます」

「ハハハ、そうかい。僕も娘にはよう言いよるで」

「パイロットさんって外放り出されたら死んじゃうし」

「まあ。命がけでカッコエエよな」


 彼女はフウギに共感を示してくれたが、それにも『らしい』返答だけを返す。彼自身も納得行く理由が思いつかなかったが、初めから望む返答を訊く気は無かった。


「来とる服は?」


 鋭い眼つきを前へと向けながら、コラツルはわざとらしい抑揚と共に情報を聞き出そうとする。


「腰布してます、フードもしてます――」

「種族は」

「待ってってば」


 四股を踏みたい気分を抑え、『質問に答えろ』と強く命令する。彼女としては今すぐにでも癇癪を起こしたいし、父が居なければとっくに手を出しているに違いない。


「鳥さんかい? そいつは」


 思ってもいない共感を示す事は難しいし、愛娘にそのような負荷をかけようとは考えても居ない。


「そうです」

漆鳥しっちょう人っすかね、そいつ」

「ええ、年下だし。可愛いですよ」

「そうすか」


 カータクは顔こそ朗らかだったが、この場から不穏としか言い様がないものを感じていた。


「ちょっと、三人で話しててっす。話したいことが出来たんで、お子さんと」

「……わかった」


 軽太は不満げに二人から離れる。正直、コラツルもキューガも融通の利かなさではどっこいどっこいだし、それでいて成人2人が身内を贔屓している様子が見ていられない。軽太にとっては厄介者の処理をしているだけに見えて仕方がない。大人も完璧ではない。実際手に余るような人となりをしているのだろう。斟酌した彼は『カーラと合流しないか』と提案し、今は彼の居る場所へと向かう最中だ。


「――そういや、漆鳥しっちょう族ってどういう人なの?」

「黒くてデカい鳥。ユ連の代表民族その3みたいな種族だよ」


 ついでに軽太は『ユ連』についても彼に訊ねる。東果から北へと渡った果てにある雪国であり、正式名称は『ユゴス連邦』であることを知る。要するにシベリア地域だ、と適当に噛み砕いて覚えることとした。


「カーラくんって近所の人なの?」


 軽太は微笑んでキューガの方を向く。実のところ、軽太は彼女と既に打ち明けている。


「はい、よく顔合わせしますよ」


 キューガは喜んで彼に返事をする。彼女にとって軽太は会話しやすい相手だ。


「同じ学校の子?」


 軽太としても同じ年の人間と会話するノリで話せばよく、接していて気が楽だ。


「違いますよ~」


 軽太は『教えてくれてありがとね。訊きたいことがあったら訊くね』等、適当に返して会話を切り止めることとした。実際、彼女は悪意など持ち合わせていないし、コラツルの態度の方にこそ悪意を感じて仕方がない。周辺視野の様子から、ちょうど信号待ちに出食わしたのだと知り改めて前を見る。車道の上に、見慣れた赤信号の光を見やり、ため息が漏れ出す。


「フウギさんもしっかりしてよ。朝早く起こすくらいなんだしさ」


 続けて、だらしがないとフウギを叱る。メインイベントたる航空祭が始まるのは酉前5時半からだ。コラツルだけならこの時間に間に合うようにすれば良く、軽太は早起きさせられていない。その程度なら成人男性にありがちな内容であり、気に留めることもないのだが、こうも私欲で付き合わされた軽太は彼の無精さに対して神経質になっていた。


「ハハハ、ごめんて」


 フウギは首の後ろを左手で大袈裟に擦りつつ笑い顔で詫びる。彼こそ戦闘機マニアだと自負しているが、実態は軍隊マニアに近い。操縦者は当然把握しているし、軍令等の細かい知識も精神医学の診断マニュアル程度には記憶している。そんな彼にとって一般開放日とは一分たりとも無駄にしたくないイベントである。


「ホントソレな! このデカい蛇~~」


 黒い図体をした彼はフウギの頭を足でつつく。フウギの視界に偶然カータクが入る。


「いやね。誰だってあるだろ? 譲れんのは。で、何だァわれァ!」


 彼の注目はコラツルに集まっているようだし、彼はフウギの方から明後日の方角を向いていた。フウギは頭に留まっていたソレを鉤爪で追い払う。間近で羽ばたいた時の音が不快で仕方が無い。自身の怒気を迫らせる態度に気がついたのは、退かせた誰かを目に入れたときだった。


「オレのこと忘れちゃったの!? 嗚呼ヒドイ!」


 彼は看板の上へと着地する。四つ這いで見下すフウギの方を見据え、普段の態度を崩さないよう心掛ける。


「こんちは~」


 キューガの挨拶は軽太からすれば安堵の声に聞こえたのだが、他3人にとってはそうでもないようだった。どうもいたたまれない軽太は、気がつけば見知らぬ彼に挨拶を交していた。


「やっほーキューガちゃ~ん。あ、オレはカーラね! よろしくゥ!」


 軽太に言わせてみれば、彼はカラスと遜色ない。目元が開いた頭巾と腰布を付け、姿としても1メートル超えてるか否か程度の背丈であること以外は、ワタリガラスそのものであり、声質もカラスの鳴き声そのままだ。


「ああ、よろしく。カーラくん……」


 軽太は、彼の翼の中にある爪にノートや小さいポーチのようなものを見かけた。そう見えるくらい翼を広げて挨拶をしていたのだ。三人とは真逆の意味で接しにくい人だと軽太は悟る。


「条例違反じゃろ、そこ乗るのは」


 カーラが一瞬羽ばたこうとした様子をコラツルは見逃さず、『降りろ』と彼に指図する。彼にとって蛇人は冗談を介さないように思える。愉快であると同時に、末恐ろしくある。


「ノッポの頭ならいいのー?」


 彼はコラツルの前へと芝居がかった態度で翼をはためかせる。


「誰も乗れんがな、儂以外」


 着地するカーラを前に、無表情でコラツルは事実を伝える。


「オレは乗っちゃったけどー!?」

「死刑」


 軽太は顔を青くする。自分の右隣のキューガも同様であり、コラツルの発言に心底困惑しているようだった。


「こっわこの女! マジで言ってる!?」


 淡々と前に進む彼女を見やり、オーバーリアクション気味な返答を返す。


「儂に司法権はないが」


 カーラに次の言葉はない。実のところコラツルは全く気に留めていないし、単にインターネット内の冗談を引用しただけである。一方、カーラにとっては冗談なのか本気なのか、判別に苦しむ。蛇人なんかを相手にしているキューガに改めて、同情の念を抱いていた。


「じゃあ俺がやるっすか」


 二羽の首が一点に集まる。カータクは何処となく上機嫌であり、二人の会話に割り込んでいた。


「ん、どうなの。君」

「とりま死罪で」


 カータクは満面の笑顔を見せつける。


「やっぱもう死ぬしか無いのか~……」

「そこは亡命しろっすよ」


 彼は既に横断歩道を渡っていた。心なしか翔っているようにさえ思える。彼、いいや、彼らの認識を詳しく記述すると、東果人の冗談は理解しがたい。


「カーラくん?」


 ふと、彼の丸い首に聞き慣れない声が突き刺さる。


「どうしたの、デカいの」


「……アレ、真に受けちゃ駄目だからね?」


 彼はただ、宗教的人物かのような微笑みを見せ、横断歩道を渡っていった。


「怖」


 カーラは今後を嘆きつつ、既に渡っていたキューガを追っていった。

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