2:杜籠県-⑤
森が岳分屯基地は盛況な様子で、手荷物検査も相まり10分ほど入場に時間がかかる。その間にフウギはコラツルと打ち合わせ、出来るだけ面倒毎を自分が引き受けるように仕組んでおいた。
コラツルは入場するや否や、軽太とカータクを基地内巡回シャトルバスへと乗せる。彼らの入った入場口は南会場側であり、フウギは南側から航空祭の様子を撮る予定である。サイドガラスへと向けていた携帯をビデオカメラにし、
「
ふと、軽太は斜め後ろの席を陣取るカータクの方を見て質問を投げる。
「……だそうっすよ、お嬢さん」
返答に戸惑うカータクを見て違和感を覚えたが、コラツルが説明をするというので気の所為ということにした。
「Wiは
彼女は本の意味内容をそのまま取り出すように説明する。
「鳥さんの名前ってこと?」
軽太は首を傾げる。
「あぁ、練習機の
コラツルは饒舌気味に、軽太へ解説を述べる。彼女としては自分の趣味と知識に興味を持たれたことが嬉しいのだろう、と隣のカータクは推察している。
「へえ……因みに、向こうの飛行機は?」
軽太はそこまで本気で訊いてないのだが、こうも彼女が口を開くことへは強く困惑している。適当に返したら彼女の気持ちを無碍にしたも同然だろうし、かといって対して彼も興味のない話に付いていける自信など無い。
「Las-2」
コラツルは口を最大限に開けながら続ける。
「儂の贔屓戦闘機」
「贔屓なんだ」
贔屓と聞き、少し軽太は関心を抱く。
「国産じゃし。まず蒼い辺りが目に良いな。海でも空でも見づらいように調節されとって。それでいて朱い炎と、たまーに灰黒い煙をジェットエンジンから出して空間が歪むのも良い」
「うん」
「白い水滴の煙も好きじゃな、速度を感じられて」
「そうなんだ?」
軽太の表情は愛想笑いだけ浮かべるようになっていた。眼の前の女性の発言、というか、価値観が何一つ理解出来ないのだ。
「戦闘機でFBWを初めて採用したのもコイツなんじゃよな、確か内部仕様の問題で流用出来んかったと聞く」
コラツルは説明を続ける。軽太は車内を見渡してみることとした。
「……内部仕様?」
軽太は鸚鵡返しだけする。
「坵暁国の
「なるほど?」
「まぁ多種族国家で先進国ってのが稀じゃし仕方がないな。東果国のhTa-5も蒼尾族専用機みたいになっとる」
「因みに、他にも国産機ってあるの?」
軽太は結局コラツルに関心が戻っていた。どうもこの世界の人は見た目での判別が利かない。
「Las-4ってのもあるが、用途がLas-2の後継から脱線してな。暫くは両方空飛んどるぞ」
コラツルは揺れる車体を気にしないかのようにカメラを構え続けている。軽太はそんな状況で訊いておきながら『へえ』とだけ返す自分が嫌になった。
「……そういや、戦闘機も見るんだね?」
軽太は彼女の部屋に飛行機のフィギュアがあることは知ってはいる。一方で、民間飛行機と軍用航空機の差をあまり知らない。流用できると漠然と思う程度には対した垣根が思いつかないのである。
「旅客機も好きじゃが、どっちかと言えばスリムな方が良いじゃろ? 見栄えが」
コラツルは彼の言動に違和を感じたが、とりあえず会話を続けることとした。
「スリムなんだ……?」
彼はうろうろとした様子を見せる。コラツルの中で引っ掛かっていたものが分かり、すぐに口出しをする。
「お前多分、旅客機と軍用機の違い分かってないじゃろ」
一瞬、軽太は寒気に襲われた。だからカータクを頼ったのに、と考えた瞬間に自分の意図に気が付いた。本能的に彼はコラツルを避けていたのだった。
「……何?」
軽太はコラツルの顔を睨む。彼にとってコラツルは事実しか言わない面倒な人でしかない。他に身寄りがないから仕方なく関わってるだけであり、出来ればカータクと話していたいのだ。
「当然じゃが、旅客機は安全かつ頻繁に人を輸送することのみ考えとるから、極論搭乗者が死ぬ可能性前提の軍用機とは訳が違う」
無表情で説明を続けるコラツルに対して、軽太はそろそろ怒りたくなっている。日常生活に於いて彼女のズボラな態度はストレス源でしか無いし、率直に言ってウザったらしい――という自分の考えに気が付き、当惑した感情に怒りが覆される。
「! えー」
黒目を座席の背に向ける。極力彼女を意識したくない。自身の思考に敷いた条件文を認識した瞬間から自分の考えが分からなくなりつつあったのだ。
「輸送機を旅客機へと転用する話もあるにはあるが、助長に造るべき部分も多くなるに、そのまま転用はまず無理じゃな」
彼の感情など知る良しもなくコラツルは説明を続ける。実際の所、彼が怒りを示していることには気が付いている。彼女としては、軽太はただ誤解しているだけであり、解けば良い以上の考えはない。
「……ごめん、コラツル。少し見下してた」
軽太はコラツルの方を向き、真剣な眼差しを見せる。常識もデリカシーもないただの動物だと思っていたが、実態は単に浮世離れしているだけであり、自分より余程『常識的』であると悟った。
「? どうした、急に」
発言内容からして彼の様子がおかしい事を悟り彼の顔を見る。ニンゲンの習性であるのだろうが、彼らは蒼尾族より表情を気にするし、表情による感情表現も著しい。怒りが含まれず、唇の端を下げきったその表情は今までに見たことがなく、コラツルは不安から彼の顔をまじまじと見つめる。
「忘れて。じゃ、行こっか!」
軽太は突然平常時の顔つきに戻り、座席を外れバスの外へと向かっていった。コラツルはただ呆然と座っていた。カータクの脚が視界に入ってようやく我を取り戻し、動画を見返しつつバスから出ていった。
☆
スズスハ・フウギは望遠カメラを機体の方へと向け、適当なタイミングでシャッターを押す。白転した後に、画面がフウギの元へと映し出される。 写真の中のソレは停止しながらも、巧みかつ繊美なローリングをフウギへと魅せていた。少しうっとりした後にフウギは再びカメラを構える。既に30枚は撮っただろうか。
フウギはフライト前から粘っており、無理矢理連れて行った鳥共には好きにしろと伝えてある。体力と時間的に撮れるのは、たった今轟音を青空に響かせるLas-2と、次に控える
「ヒコーキっていいよなーーー」
濁った声が、集中しきっていたフウギの耳へと届く。
「……なんだぁ、見た目が似とるからか」
声の主を聞き、フウギは気持ち態度を和らげる。シャッタータイミングを逃す訳にもいかないが、彼くらいならどうとでもなるだろう。
「チゲーよ、パパが見ろ見ろ煩いから見に来てやってんの!」
彼はオーバーリアクション気味に羽音をフウギへと聞かせる。羽が一枚抜け、フウギの背に乗ったことに二人は気が付いていない。
「パパ?」
シャッターを押した直後くらいの事だった。一瞬自分の事を指していたのかと疑う。
「彼は軍人のお子さんなんですよ」
「……誰だぃ、それ」
蛙を睨むようにしてキューガの顔を覗き込む。舌を出すことすらしないし、かといって声を荒げることもない。黒い羽が無音で地面へと転げ落ちる。
「……ヒェールマ・クースンです。
「ふむ。お前、パパが飛行機乗りなん?」
キューガの発言には興味を無さげに返し、引き続き濡烏色の子との会話を続ける。フウギ視点、彼の翼の反射光の加減はÏ-8に似ていて格好よく見える。夜中に飛び回れば夜光に包まれ、彼は見えもしないのだろう。
「そーだよ。カッコいいぞオレのパパはー!」
写真を一旦確認するフウギを気にかけずに彼は話しかける。彼視点、興味がある話をされても集中が削がれて余り好くない。
「確か、脚と嘴で動かすんだろ?」
「はい、こんな感じに――」
「お前には訊いとらん……」
彼女の乱入を遮るように、フウギは再びカメラへと集中を向ける。苛立ちに負け、つい、2機が映り込んでいる以上の確認をせずにシャッターを押していた。後で確認したが、望んでいたほど良い写真は撮れていなかった。幸いなのは着陸の様子が映されていた程度か。
「……」
暫く、無音の鍔競り合いが続いた後、キューガは彼の圧に負け、仕方なく解説の方に耳を傾ける。
フウギにしても、彼女の態度は本能的に苦手なものだ。たまたまコラツルが彼女の餌食に遭っていることを親として許せない。とはいえ、どうして相性の悪い蛇人を頼ったんかとふと想像してしまう。蒼尾人連中に嫌われているのだろうか。もしそうであれば、互いに不毛で気の毒な話だし、自身に出来る事が無いのが悔しくて仕方無い。
「オジサンはどーなんだよ」
沈黙を破る為か、カーラは彼の背中に乗る。可能な限り、彼は乗ったとバレないよう心掛けた。
「何がー?」
フウギはそっと、『そこ乗っとると落ちるで』と警告をしておく。
「ヒコーキ好きなりーゆーう!」
スリルがないとがっかりした彼は、嘴をフウギの耳元に近づけ、囁くように問いかけてみる。深夜番組の5話くらいで見る、『確実に相手に本意を答えさせる方法』だ。
「んー、語れる程はないかな」
フウギは彼の嘴を避けるようにして答える。写真を見返すつもりだったが、手に取ろうと一歩を踏もうとした時に自身の空腹に気が付いた。
「え? 無いの?」
カーラはその姿勢を崩さない。
「あぁ、ちょっと邪魔」
フウギは弁当を取ろうと振り返る。秋場かと思うくらい腹が空いており、彼を気にかける気が全く無かった。
「えーーーー本当にないのーーーー?」
バッサバッサと大きい音を立て、予想だにしない方向へと動いた足場からカーラは離れる。
「無いぞ」
フウギは断言する。
「実際の所は~?」
キューガの横に着地しながら、難なく言葉を紡いでいく。
「無くはないなー」
冷静な様子でフウギは弁当の封を紐解く。カーラは一旦黙ることとした。
「ま、これ以上格好良くて、人を守れるものなんて無いけぇな」
フウギは弁当の蓋を開け、中身を見下げる。彼の体質上、秋以外は少食である。作った料理の大半はコラツルと軽太の弁当の中に入っている。
「へぇ」
思惑通りに感情を漏らすフウギを前に、カーラの脳内には『しめた』の三文字が思い浮かぶ。
「愛が重いんですかー」
キューガはカーラの話に割り込む。彼の性格上、次の質問を予想するまでもないし、メンタルが弱い彼に何を言い出すか想像したくない。
「どうだろうなぁ」
フウギは娘を思い返す。彼にとって一番大事なのは娘以外の何者でもなく、飛行機への愛が重いと言われてもピンとこないのである。
「家族も居ますし、フウギさんは愛に満ち溢れているのでしょうね」
キューガは定型文を口にする。薬にも毒にもならない、無難な言葉である。
「……」
無言でフウギはすこし後ずさった後に、口輪のバックルの金具を外す。首を大袈裟に振り口に嵌っていたそれを振り落とす。レジャーシートとの軽々しい音が、弁当箱のすぐ側で奏でられる。
「一人で食わせてくれんか?」
普段の通りの声が、通常大きく口を開ける彼から発される。鳥にとって爬虫類の体内など見慣れない。グロテスクな口腔と歯とが外野2人の目に入り込むや否や、気が付いたら翔ぶように離れていた。
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