第2話 第一声

 2階層。

 下と比べると人気ひとけは少なくなるが、低レベル帯だけあってダンジョン配信者の数は多い。今は春休み期間中ということもあって、高校生や大学生らしき配信者の姿もちらほら見かける。


 その中でれんは最年少だ。蓮のウワサを知っているのか、こちらをチラチラ見てくる者もいる。


 ……ダンジョン配信者なんて、目立ちたがり屋か、世間に馴染めずダンジョン内でだけ弾ける変わり者しかいない。そんな連中に絡まれたくないので、さっさと距離を取るに限る。


 ダンジョンの2階層は、薄暗い通路が入り組んだ石造りの通路が連なる、まさしく迷宮といった風情だ。


 迷宮を適当に進み、ひっそりとしたやや広い空間を見つけ、蓮はそこを今日の『配信場所』に決めた。



 巨大な塔であるダンジョンは、外壁は強固で崩すことができないし、電波も通さない。しかし、内部は例外。強力な力で――例えば、魔力を帯びた拳や武器で内壁は破壊できる。あるいは魔法で。


 人類に魔力という概念を与えたのはダンジョンだ。ダンジョン内部でだけ扱える奇跡の力。魔力。そして魔力を変質させ、形を変えた魔法。

 さらには、魔法を独自の手法で組み合わせた、スキルと呼ばれる特殊技術。


 フィクションの中でしか実現しなかったそんな力が、ダンジョンでは手に入る。その能力を活用して未知の階層を開拓し、外では手に入らないものを持ち帰る。


 それが探索者。


「電波……、届くか」


 中空に浮かび上がらせた半透明の画面で感度を確認して、蓮は小さくため息をつく。何かトラブルでもあって電波が届かなければ、今日の配信は延期になったかもしれないのに。


 ダンジョン外壁は電波を通さない。

 しかし、内壁は別だ。

 そしてダンジョンには穴が――ぽっかりと空いた出入口ゲートがある。


 その特性を利用して、人類は外界との連絡手段を確立させた。つまり、2階層以上からの電波を、1階層に設けた中継地点を経由して外と繋いでいるのだ。


 ――だからダンジョン配信などという娯楽も生まれた。


 かつて、科学の力だけでダンジョンに挑んだ者たちはことごとく敗れ去った。人を惑わすダンジョンの構造。近代兵器の通じない化け物たち――モンスターと呼ばれるものに阻まれ、多くの死傷者を出した。


 しかしその数多くのチャレンジの末、人類は魔力の存在に気づいた。


 どれだけ肉体を鍛えてもたどり着けない境地にも、魔力さえ扱えれば簡単に到達できてしまう。平和な世界に生きていたただの学生でも、魔力への適合率さえ高ければ、完全武装した軍人よりも強くなれた。

 もちろん、ダンジョン内部限定ではあるが。


 さらには、ダンジョンで採れる鉱石を用いた武器ならモンスターにも通じることが分かったし、電波を繋いで連絡手段を確保することもできた。



 ……そして他にもさまざまな発明がなされ、よりダンジョン探索を可能にした。



 そうして次第に、以前は命懸けだったダンジョン探索が、ある程度の訓練さえ積めば誰でも容易に行えるようになり――その様子を収めた動画を全世界に向けて公開したり、生中継して配信することが娯楽のひとつにまで発展したのだ。


 こんなふうにダンジョンと共存関係を築けてしまうのは人間のたくましさとも言えるが、もしかしたらそれすら、人間を誘い込みたいというダンジョンの意思が働いているのではないか……などと説く研究者もいる。



「カメラ……正常作動」


 蓮の手のひらから、野球ボールに似た形状のカメラがふわふわと宙に浮き、自動でピントを合わせ、適度な照明で蓮の顔を照らす。


《蓮さん、聞こえますか? 機材オーケーですか?》


 骨伝導方式のイヤホンから、お節介なマネージャーの声が響く。蓮は答える代わりに、カメラの映像を彼女に共有した。


《フード! 取ってください》

「…………ちっ」

《背筋伸ばして、カメラ目線ですよ? 口角上げる練習も思い出してください》


 死ぬほどポジティブ思考な男性コーチに付き合わされた地獄のような特訓を思い出して胃がモヤモヤするし、口角は逆に下がってしまう。

 

 蓮は配信者になりたかったワケではない。

 だが、これも生活のため。


 ダンジョンのせいで家族を亡くして、ダンジョンのせいで本当の地獄を見て、代わりに歳不相応な実力を獲得し――今の、ちょっと複雑な状況に巻き込まれて配信をするハメになっているだけだ。


《さあ、開始時間ですよ》


 仕方なく蓮は半透明のモニターに指で触れ、配信開始の操作を行う。


 映像はまだOFFのまま。

 動画サイトの、チャット欄だけが動き出す。


<チャット>

・おっ?はじまた?

・くるか

・最年少ってマジなん?

・高校生が中学生コスプレしてるだけに1票

・ショタ待機

・まーたアイビスのゴリ押し枠か

・チャット欄も春休みキッズ多そう

 

 思い思いの、好き勝手な文字が流れていく。

 人気事務所アイビスに所属しているというだけでも注目度が高いのに、さらに初めての中学生配信者であることで、ファン候補者だけでなくアンチ候補者も多く視聴していそうだ。


(――――くだらない連中だ)


 ダンジョンの恐ろしさも知らないくせに。

 胸の中で悪態をつきながら、『第一声』をどうしようかと考える。


 配信自体はスタートしている。あとは準備が整ったら、映像と音声をONにすればいい。

 

・低評価押しました

・どうせならJCにしろよ

・モンスターにグチャグチャにされて欲しい

・それ俺たちは見えないけどな

・ショタ×触手…ってコト!?

・ぐへへ


(愚民の群れだな……)


 ――そうだ。

 第一声は「黙れ、愚民ども」にしよう。リスナーが配信者を選ぶように、配信者にあってリスナーを選別する権利があるはずだ。

 この僕の尖りきった性格に付いて来られるヤツだけでいい。殺気の籠もった声で震え上がらせて、それでも心折れなかった人間だけを真のリスナーとして認めてやる。


 そこでようやく蓮は口を歪ませて笑った。

 

 衝撃のデビューを。子どもだと見くびっている連中に、恐怖と畏敬の念を植え付けてやる――。


 蓮は、動画サイトとは別のウィンドウでアプリケーションを操作し、5秒後に映像と音が流れるよう設定した――ダンジョンの通路を背景に立つ蓮の上半身と、マネージャーが選んだBGMが流れるように。


 視線より高いところに浮いているカメラのほうを見上げる。


(――――……ッ!?)


 すると、それまで平常だった心臓が途端にドクンっと跳ねた。こちらをジッと見つめる球形カメラの、レンズ動き――その向こうには、何万人というリスナーがいる。


(~~~~…………っ!)


 蓮は、この歳にして修羅場をくぐっている。こんな低レベル帯など問題にならないほどのモンスターに囲まれ、何度もこの身を引き裂かれたことがある――。


 が。

 それはそれとして、大勢の前に立った経験は皆無。


 幼少期の境遇からほとんど学校にも通っておらず、他人とのコミュニケーションなんて身につけて来られなかった。


・きたきた!

・音きたー

・マジで子どもじゃん

・え、私好みかもー

・いやクソガキじゃん

・動かなくね?映像トラブル?

・ガチガチやんけww

・これは陰キャのにおい

・なんかしゃべれよ

・BGM、カレンと同じじゃん

・がんばれー


「~~~~~~っっ……!?」


 チャットの速度が一気に加速した。

 心臓が早鐘を打っている。


 決めたじゃないか、第一声を。早く発言しなければ。


「あ、お………、だ、だま……っ、ぇー……、っ」


 蓮は、デビュー第一声を盛大に失敗した。


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