第39話 クラス


「アハハハハ、そんなに落ち込まなくてもいーじゃん」


 イベントクエストの内容に蓮が凹んでいるのを知ると、梨々香はそう言ってまた笑った。


「平気だってば! やってみれば楽勝かもよー?」


 気軽に言うが、ハーピーに贈り物をしてお礼を受け取る――そんな自分の姿がまったく想像できない。『ウィムハーピーを100匹狩れ』なんて条件なら片手でも達成できるだろうに。


 広場でのオープニングセレモニーも終わり、参加者たち――プレイヤーたちは揃って2階層へと向かっていた。


 と。


 ――ドンッ


 蓮の左半身に、男がぶつかってきた。

 明らかに向こうから接近してきたにもかかわらず、その男は、


「あァ……!?」


 不愉快そうに顔を歪めて、蓮を睨みおろしてきた。


 相当な大男だ。身長は190cm近くありそうだ。年齢は二十代半ばといったところか。体格もいいうえに、大仰なプレートアーマーを装備しているからさらに大きく見える。兜こそ被っていないが、全身を覆う鎧だ。


 そして背中には、これまた巨大な両手剣を担いでいた。


「んだァ、このチビィ」

「……そっちでしょ」

「あ!? 生意気ぃ……」


 濃い顔面の、濃い眉毛をへの字に曲げて威圧してくる。

 だがすぐに、不気味なほどあっさりと表情を変えて、まったく心の籠もっていない作り物の笑顔を顔中に広げた。


「いやぁ悪い悪い! おいら、下は見ないタイプなんだよねぇ!!」


 表情は笑っていても、人を威圧するような無駄に大きな声だ。


「アイビスの新人さんっすかぁ? おっと、そっちは梨々香ちゃん! いやぁスケベな格好してるよね、いっつもさ!」

「わあ、配信見てくれてるんだー? どもどもー」


 営業スマイルなら梨々香も負けていない。彼女の場合は、本当に嬉しそうに見えるところがある意味怖いが。


「梨々香も見たことあるよー?【たくぼう】さんだっけ、迷惑系の配信者~」

「迷惑系は酷いなァ! おいらは『正義の味方』だよ!? 悪いコトしてるやつをオシオキしたり、事務所の力でリスナーを騙して金を巻き上げてるような奴らをぉ……」


 蓮と梨々香のことを、じっとりとした目つきで舐め回して、


「懲らしめるのがおいらの役目なんだよね! いやぁ、今日は正々堂々と頑張ろうよ、ねぇ!」


 そう言うと、ニタニタ笑いながら2人に背を向けていった。


「うえー! あーゆータイプきらーい、マジきらーい!」


 ベーっと舌を出して、嫌悪感をあらわにする梨々香。


「あれでも【重戦士ヘビーファイター】だからねー、強いから厄介ってゆーか」

「クラス持ちなんだ」

「そそ。レンレンは……そっか、ナイトライセンス持ってないからクラスはまだかぁ。レンレンなら速攻で上位クラスもらっていいのにねー」


 クラス――

 これもイベントクエストと同様、遊び心エンタメのひとつだ。ダンジョン配信者の特性に応じて授けられる称号のことをそう呼んでいる。


 条件はナイトライセンスを取得済みのダンジョン配信者。夜のダンジョンでの探索も問題なくこなせる実力だと公認されていることが必要だ。


 クラス希望する者は、評議会に申請する。評議員は複数のダンジョン関連企業から選出されており、彼らは配信者の特徴を見定めてクラスを決定する。


 戦士、剣士、闘士、魔術師、回復術士、暗殺者など――

 基本的なクラスから、その上位に位置するクラスまで様々だ。


 クラスは実力の担保になるだけでなく、その配信者の特徴も表しているので、それだけでリスナーから配信を視聴されやすくなるという利点がある。


 さっきの【たくぼう】とかいう配信者は、上位クラスである【重戦士ヘビーファイター】の称号を授かっている。それなりの戦闘力だと評価を受けているわけだ。


 一方で蓮はまだナイトライセンスを有していないため、申請の条件を満たしていない。


「梨々香先輩のクラスは?」

「レンレン、今日は梨々香に興味しんしんだねー!」

「え、いや」

「好きになっちゃった? おねーさんのこと、好きになっちゃった!?」

「違うけど――」


 そうだった。

 この人はこの人で、蓮とはまったく違うタイプの人間だった。

 

「レンレンも早くナイトライセンス取れるようになるといーよねー。年齢とかどうでもいーよね? 強ければ」

「まあ、別に無くても」

「えー目立てるんだよ? 欲しくない? レンレンなら何が選ばれるかな、魔法も強いから魔法剣士? メチャクチャ速いしぃ…………、あれ?」


 ふと、梨々香が首をかしげる。


「うーん、あれぇ? レンレンって勘も良いし身軽だし……。なのに、さっきの鎧男にぶつかって……?」


 さっき立っていた場所と蓮のことをチラチラ見て、自分の記憶をたどるように考えてから、


「もしかしてだけどさ。さっき、梨々香のこと庇ってくれた?」

「…………」

「あの迷惑男、梨々香にぶつかろうとしてた……そのあいだにレンレンが入ってくれた――……っぽい!」


 蓮が答えないでいると、梨々香は勝手に納得した。


 実際、間違ってはいなかったが。男の気配と意図を察して、おしゃべりに夢中だった梨々香にぶつかろうとするのを阻んだ。

  

「わわわっ、えー、まじで!?」


 なぜか顔をキラキラさせて梨々香は、


「レンレン、ナイト様じゃん! 感動したんだけど!?」

「……おおげさじゃない?」

「えー、やばー! 結乃ちゃんいつもこんなふうに守ってもらってるんだ、いいな、うらやましい!」


 ベタベタくっつこうとしてくるのを回避するが、梨々香はなかなか諦めてくれない。


「梨々香先輩にはあの人……朔先輩がいるじゃん」

「朔は朔、レンレンはレンレンなの! でしょ!?」

「でしょって言われても」


 わーわーと子どものようにはしゃぎ続ける梨々香。これじゃどちらが年上かわからない。


「早く行かないと遅れるよ……」

「はーいナイト様っ♡」

「それやめてね、ホント――」


 イベントクエストの内容だけでなく、気が重くなる蓮だった。



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