第40話 感謝


 蓮は、イベントクエスト参加者とともにゾロゾロと2階層へと向かう。


 1階から2階への階段には、人間が作った『ゲート』がある。ここで、配信者自身と、その装備品・携行品とを魔力的にリンクさせる。それによって、死亡時に一緒にリスポーンする範囲を確定させるのだ。


 このゲートを通らなければ、おそらく全裸で1階層に戻されることになるだろう。


 同じ理屈で、2階層以上で手に入れた素材や鉱石などは、自分の足で持ち帰らないとロストしてしまう。リスポーンの範囲に含まれないからだ。


 だから今回も、いくらウィムハーピーの羽根を入手したところで、死亡してしまったらその場所に素材は置き去りになってしまう。


「皆さん、痛覚設定もいいですか~? チェックしますよ~?」


 先ほどの司会者が拡声器を使って呼びかけ、イベントスタッフたちが参加者の設定を確かめていく。


「レンレンは痛覚設定、いつも何にしてる?」


 梨々香がたずねてきた。


「いつもは8」

「わ! 梨々香も同じ、おそろじゃん!」


 ダンジョン配信者の痛覚設定は、限りなく何も感じない『0』から、外の世界と同じ『10』までを自由に設定できる。蓮の設定する『8』は、かなり高い方だ。配信者は通常『4』以下に設定することが多いらしい。


 しかし、梨々香の設定も高かったのは意外だ。


「痛いの、嫌じゃないの?」

「痛いのはいや! メッチャいや!」


 彼女はキッパリと言う。


「んでもさ、低くするとバトルでも動きが鈍くなっちゃうじゃん? すっごいダメージ受けたらさすがに設定下げるけど……そうじゃなかったらなるべく高い方が好きだなー。レンレンもそーゆー理由?」

「うん、まあ」


 痛覚もひとつの情報だ。それも重要な。

 その感覚をシャットアウトするということは、戦闘における情報収集で一手遅れることになる。だから蓮は、高めの設定を好んで使っている。


 そして梨々香も普段こそエンジョイ勢のようなノリをしているが、こと戦闘においては本気らしい。


「今日は設定0か1なんだよね」

「プレイヤーキルありだから仕方ないけどね~」


 もともと配信者同士の戦いは、1階層を除けば禁止されていない。その結果、死亡してしまってたとしてもリスポーンがある。決闘を配信のメインコンテンツにしている配信者もいるくらいだ。


 ただ『配信者』なのだから、その一部始終を撮影して配信している。だから、たとえば不意打ちだったり、レベル差の激しい相手に戦闘を仕掛けるような理不尽な行為は、その配信者のイメージを下げてしまうことに繋がる。配信が、むやみな戦闘を牽制しているのだ。


 そして決闘をする場合は、お互いに痛覚設定を確認して正々堂々と――が、一種のマナーになっている。


 だから今回のイベントでは、あらかじめ主催者から痛覚設定が指定されているのだ。


「うー、いつもと感覚ちがうなー。戦力ダウンって感じするー」


 梨々香の感想には、蓮も同感だ。


「では12階層目指して、行きますよ~~~っ!」


 先ほどの司会者も配信者だったようで、先頭に立ってクエスト参加者たちを引き連れていく。


 イベントクエストが開催される12階層までは、参加者全員で移動することになっていた。

 数十人の集団で行進するのはかなりシュールなのだが、おかげでスムーズに各階を突破して行ける。


 上の階層までのルートはマッピングされていて、司会者はそのマップをもとに最短ルートを先導してくれる。ちなみに、ダンジョン内部は不定期で『大変動』が起こって構造が大きく変わるが、それまでは一定のルートで進むことができるのだ。




 ダンジョンの各階は、階段をのぼるたびに景色が変わる。


 2~3階層のように迷路のような構造もあれば、水浸しになっているフロアや、中には、一面が草原になっている階層もある。


 魔力で構築されたダンジョンには人間世界の法則は通用しない。建物内部とは思えないほどの、そして外観からも推し量れないような広い空間だったりする。


 この12階層もまさにそんなフロアだ。


 見上げると『青空』が一面に広がり、さんさんと『太陽光』が降り注ぐ。森があり、山岳地帯があり、湖もある――


「ひろーーい!」


 12階層に着くなり、梨々香が大きく深呼吸する。


「空気おいしい~、一個下がジメジメしてたから余計にだよねー」


 ここで集団は解散。

 各自イベントクエストに挑むことになる。【ウィムハーピー】と交渉して、金色の羽根を獲得するクエストだ。


「んじゃ、レンレンここでね! 梨々香おねーさんと離れるのはつらいだろうけど」

「つらくはないよ」

「配信ではライバルだからね。でも、寂しくなってギューッてされたくなったら、いつでも梨々香のとこにおいでね!」

「ないから大丈夫」

「塩対応~」


 まったく堪えた様子のない梨々香は、満面の笑顔で手を振って自分の配信開始ポジションを確保しに行った。




「僕もやるか……」


 配信開始の操作も、もう手慣れてきた。


「……えー、ども。アイビスの蓮です。今日はイベントクエストに参加していて……」


 リスナーたちはすでに待ち構えていて、開始するなりチャット欄は盛況だった。


<チャット>

・おっすおっす蓮くん!

・イベクエだぁあああああ

・12階層!? もういるの!?

・参加者はみんなまとまって行くんだよ

・蓮くんさんなら12階層も楽勝でしょ

・でもなんか今日テンション低くない?

・いつもじゃん?

・クエスト内容のせいかw

・ドラゴン退治とか見たかったなぁ

・クエストって何なん?


「今日のクエストは、これです……」


 気乗りしないが、配信画面に主催者から配られた画像を映す。広場で見た、あのクエスト詳細画面だ。


・ウィムハーピーって何が好きなん?

・蓮くんは何をあげるの?


「……僕が聞きたい」


・あーw

・そうか、討伐系じゃないからテンション落ちてんのかw

・クエストとか素材収集系がほとんどやぞ

・『交渉』に引っかかってるんじゃない?

・蓮くん、交渉とか苦手そうw

・要はハーピーの好きな物を貢げばいいんでしょ?

・まあ倒すより面倒そうだな


「……テンション下がってるの、わかる?」


・わかるわかる

・病院連れて行く前のうちの犬みたいw

・尻尾ショボンいっぬ

・ゆのちゃんがいれば尻尾ブンブンなのにねw


 配信を重ねるごとに、リスナーからの蓮の理解度が高まっている気がする。初配信のときには不安要素でしかなかったリスナーのチャットだが……なんだか、少しずつ自分の居場所ができてきたようで、そんなに悪い気はしなかった。


 ここは、少し彼らに頼ってみようか。


「……何がいいと思う?」


・お?俺たちと会話してくれるの珍しいね

・鳥だから光り物とか

・魚

・虫も食べそう

・あのサイズなら人間が主食じゃね?

・その辺の配信者を狩ってハーピーに捧げるか

・物騒で草

・まずはハーピーに会った方がいいぞ。あいつら個体差あるから

・経験者か?

・有識者ニキおったか


 リスナーの中には同業者――ダンジョン配信者もいる。蓮はまだデビューしたてだ。戦闘での経験値は豊富でも、この四ツ谷ダンジョンや、モンスターの普段の生態などには疎い。


 だから、こういうリスナーからの情報は貴重だ。


 今回のイベントではリスナーとのやり取りは禁止されていないので、ルール違反にも当たらない。……もっとも、たまにわざと誤った情報を与えて面白がる愉快犯もいるので、最低限の注意は必要だが。


 今の発言のあったアカウントは、よく蓮の配信に来てくれるリスナーだ。信頼していいだろう。


 蓮はたずねてみる。


「個体差って、どういうこと?」


・イベント名にもあったけど、ウィムハーピーはマジで気まぐれ。個体によって欲しがるものも違うし、時間が経つと気分も変わる。だからまずは何か適当なものを持って接触してみて、様子をうかがうのがベター

・おお、ちゃんとしたアドバイス

・交渉してみて好物を探る感じか


「僕、ハーピーの言葉とかわからないけど」


・テイマーなら会話できるんだろうな

・今日のイベントにいるかな?

・レアクラスだからな、テイマー

・言葉がわからなくても、ウィムハーピーはこっちが攻撃しなければ比較的友好的だから大丈夫。知能も高くて、ジェスチャーも理解してくれる。落ち着いていけば問題ないはず


「そっか――」


 まだまだ結乃のようにスムーズにはいかないが、やってみるとチャットとも何とか会話ができていることに、小さな感動を覚えていた。


 有力な情報も得られた。

 それに、彼らがいるからこそ蓮の配信は成り立っている。結乃とのカップル配信も受け入れてくれて、最近の『ただ戦闘を垂れ流す配信』でも、好んで視聴してくれているリスナーたちだ。


 デビュー前は、リスナーのチャットなんてくだらないものだと思っていたけれど。


「…………あ、あの」


・ん?

・蓮くんさん、どうした?

・また緊張してるか

・何でも言ってみ

・有識者ニキが答えてくれるぞ


 顔も知らない他人ばかりだが……結乃なら、どう接するだろう。そうイメージして、深呼吸する。


 蓮は覚悟を決め、球体カメラに向かってリスナーに呼びかけた。


「…………あ、ありがと。みんな」


・えぇえええええええええ!?

・蓮くんがデレた⁉︎

・ゆのちゃん以外にありがとうって言ったぞw

・え待って可愛い無理!

・成長したな、蓮くん……


 全身が熱い。恥ずかしくなって蓮はカメラに背を向け、全力の高速移動でハーピーを探しに向かった。


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