第41話 梨々香
「やっほーみんな! 梨々香だよー☆」
蓮が配信を始めたころ、梨々香もカメラに向かって開始のあいさつを投げかけていた。
・梨々香ちゃん!
・やっほー!!
・今日もカワイイよ!
・ひさびさのソロ配信だ
・今日は朔くんいないの?
・イベクエは1人って言ってたじゃん
「今日は朔はお留守番だよー。おうちで、他の女の子と見てるんじゃないかなぁ?」
・ええ!?w
・ありそうで草
・朔ならやりかねん
カップル配信者といえば仲の良さを前面に押し出すのが普通だが、【りりさく】はこんなコメントをしてもリスナーは離れるどころかウケることが多い。
そして実際、彼ならやっていそうでもある。
「ひどいよねー、このあいだもさ、梨々香がいるのに他の子をナンパしてたんだよ?」
・うっわ
・最低だな
・浮気男の代表みたいなやつ
・俺なら梨々香ちゃんにそんな思いさせないのに
・ダメ男なとこがいいんじゃんw
りりさくリスナーの男女比は7:3といったところ。もともとは梨々香のチャンネルだったこともあって、男性ファンが多めな構成だ。
女性リスナーは朔を目当てだったり、2人の絡みを楽しみに見ている感じ。あとはファッションリーダーとしての梨々香のファンも少なくない。
「みんなからも怒ってあげてー?」
そんなリスナーたちを、いつものように煽っていく。これは一種のプロレス、常連リスナーはこれを本気で不快に思ったりはしない。
・次の配信でボコボコにします!
・またオシオキ見たいw
・泣き顔の朔を見るのが生きがいまである
・[朔]:ちょっとちょっと!?
・あ、本人いたw
・チャット欄に本人おるw
「朔! まーた女の子と見てるんでしょ!?」
・正直に言えよ朔
・白状しろ
・[朔]:今日はちがうって!!
・今日「は」
・やっぱダメだこいつw
・信憑性があるんだかないんだかw
「ふーん。いいもーん」
梨々香は、わざと唇を尖らせて、
「梨々香も今日は、レンレンとたっぷりイチャイチャしてきたから」
・ファッ!?
・レンレンて、蓮くんか
・そういやあの化け物新人もイベクエ参加だったな
・[朔]:どゆこと!?
・動揺しとるw
「えー? レンレンの知らないことを優しく教えてあげたり、悪い男から守ってもらったり、お互いの体のヒミツ(痛覚設定)を教え合ったりー……、色々かなっ♡」
・[朔]:あがががが…!
・脳破壊w
・あーあ男子中学生に寝取られちゃったねw
・あっちもカップル配信してなかったっけ?
・ゆのちゃんな
・梨々香の流れ弾がJKゆのちゃんを襲う!
「結乃ちゃんとも仲良しだよ? 今日は会ってないけど、このあいだハグしたんだ! めーっちゃいいにおいした!! オッパイもむぎゅーーって当たって最高だったよ! えへへへへ」
・正々堂々とセクハラ
・オヤジやんけw
・女子の特権を行使すなw
・梨々香ちゃん可愛い女の子大好きだからな
・うらやましい
・間に挟まりたい(血涙)
・梨々香ちゃんとゆのちゃんの間に!?
・おっぱいで圧死するじゃん…最高か?
・朔くん、一瞬でリスナーからも忘れられてて草
そんなリスナーとのオープニングトークをひとしきり楽しんでから、梨々香は今日の本題に入る。
「そーだそーだ、イベクエだった。見て見てー、これが今日のイベクエ」
クエスト条件などが提示された画面を見せて、軽く解説。
「てゆーことで、さっそくクエスト開始でーす! 梨々香は……お魚をプレゼントしてみよっかな?」
ウィムハーピーが何を好むかはなかなか予測がつかないが、せっかくの12階層だ。ここは大自然が広がる気持ちの良いフロアで、動植物も豊富。小さいが湖もあるので、配信者としてはこれを活用しない手はないだろう。
湖畔にたどり着くと、同じようなことを考えている参加者(プレイヤー)が何人も見かけられた。
「あ……、アイビスの梨々香か」
「場所かぶったかー」
「初めて見る、1人で12階層とか戦えるの?」
「カメラに見切れてみよっかな、同接多いだろうし――」
梨々香の――【りりさく】の登録者数は110万人超えの人気チャンネルだ。有名人でもあるし、そのおこぼれにあやかろうという配信者もいる。
それはまったく悪いことではない。梨々香だって、チャンスが目の前に転がっていたら利用する。それが配信者の
また、人気者であるがゆえにアンチも多い。リスナーだけでなく、同業者からすればリスナーを奪い合うライバルだから、目の敵にされても仕方ない。
しかし周りのことは気にせず、梨々香はマイペースに進める。
「それじゃお魚釣りまーす! いつものスキルで!」
・おお
・やったー!
・釣れるんか?
・釣るっていうか、全滅させちゃわない?
リスナーだけでなく、他の配信者の注目も集めながら梨々香は、右手を高くかかげて、人差し指をピンと伸ばす。
「いっくよーー、スキル【ルミナスアロー】!」
指の向くほう、高い青空に向かって、1本の光の矢が現れる。梨々香の得意な魔力属性は『光』。その光魔法を応用したユニークスキルだ。
梨々香は湖水を泳ぐニジマスに似た魚類に狙いを定めると、右手を思い切り振り下ろした。
「たぁっっっ!」
勢いよく放たれた光の矢が、澄んだ湖面を撃ち、魚の横腹へと突き進む。だが水深1mほどの深さにいたその魚は、水中で減衰した光矢をすんでのところでスイッと回避した。
「ああああっ、ダメじゃん!」
・惜しいっ
・なかなか素早いな
・普通の魚より速い?
・水も魔力を帯びてるかもね
失敗した梨々香のことをリスナーは比較的落ち着いて見守っていたが、他の配信者は――
「……あれくらいわかんないの?」
「光魔法を水に突っ込ませるとか普通に考えたらあり得ないっしょ」
「やっぱエンジョイ勢だな、12階層とか来るべきじゃないよね」
配信はオフにしているのか、あるいは、配信でも正直にしゃべるタイプなのか。複数人でパーティーを組んでいるプレイヤーも、あからさまに批判を口にしている。
アイビスのアンチというのは、それ1つでジャンルができるくらい集客力があったりするので、あえて
けれど、裏を返せばそれくらい人の興味を惹いているということ。
梨々香はそれを分かっている。
「次つぎ! もう1回いくよ~?【ルミナスアロー】!」
今度は3本を同時に。けれど失敗。
「もいっかい!」
失敗。
「んん~~~っ、じゃあ本気だ!」
・おっ?来るか!?
・やっちゃえ梨々香!
・くるぞ、くるぞ……!
同じようにして生成した、今度は5本の矢。そこへさらに、別の属性をプラスする。
「スキル、【ルミナスアロー:エクスプロード】っっっ!」
5本の矢が湖面に殺到。
着水と同時、
――ドッッ、パァアアアアアアン!
耳を塞ぎたくなるほどの轟音。
「えっっ!?」
「うそっっ!?」
「ば、爆発っっっっ!?」
光矢に付与された爆破魔法が発動。湖水を盛大に巻き上げて、大爆発を起こした。
・うひぃいいいいいいい
・やりすぎぃ!w
・1本で充分だったろww
飛び散る湖水と一緒に、ニジマスもどきが3尾。その肌がキラリと陽光を反射した。
「みーーーっけ!【ルミナスアロー:タイプ・ニードル】っっ!」
今度は矢を15本。
しかしそれは視認できるかどうかという細さ。射出した針状の光魔法を、梨々香は精密なコントロールで5本ずつ、空間を縫ってニジマスもどきの急所を狙って貫いた。
「からの~~~っ、ビリビリッ!!」
矢に充填していた雷魔法を解放。痺れて失神したニジマスもどきが……爆発後の水面にバチャバチャと落ちて浮かんだ。
「はいGET~~☆ 梨々香、天才っ!」
カメラに向かってギャルピース。
・釣れたぁあああああああああ
・釣ったのか、これ?w
・ダイナマイト漁ってのがあってだな
・俺も梨々香ちゃんに釣られたい
・ルミナスアローの1本でダイナマイト級なのヤバすぎ
これが梨々香のユニークスキルだ。もっとも得意とする光魔法を軸に、その形状や軌道を自在に操り、他の属性もプラスする。
異なる属性の魔力を自在に操るのはそれだけでも修練が必要だが、2つの属性を混ぜ合わせるのはさらに高難度だ。そしてそもそも、『爆破魔法』自体が複数の属性の合わせ技。それを光の矢に乗せたうえで、さらに射出したあとも自由にコントロールしている……
これは、余人が簡単に真似ができるレベルではない。
――――クラス【
梨々香に与えられたその称号に、まったく恥じない手腕。
さっきまで梨々香を貶めるようなコメントをしていた配信者たちも、すっかり口をつぐんでいた。最初の失敗も、ただのパフォーマンスだったと気づいて、それに乗せられたのを悔しく思っているようだ。
これはこれでアンチが増えそうだが、梨々香は、やっぱりまったく気にしない。そんなことを気にしていては配信者などやっていられない。
余計なことに気を取られるくらいなら、リスナーへのサービスに力を入れるべき――梨々香はそんなふうに考えるタイプだった。
「大漁、大漁! ってことでぇ……」
釣った魚の1尾を手に、もう片方の手でルミナスアローを1本。串のように口から尻尾へと刺し通してから、地面に突き刺す。さらに別の矢には炎魔法をプラスして――
「1匹くらい、いいよね? 美味しそうだから、いっただきま~~~っす☆ はぐはぐ……」
・いや食うんかいw
・焼き魚にしやがったw
・食うとる場合かww
・ハーピーは!? クエストは!?
・まあまだ4匹残ってるし
・おいしそうに食べてるの可愛いから……ヨシっ!!
・意外とワイルドなのよねぇ……
演出などは頭になく、ペコペコだった空腹を満たすため、味付けなしでもホクホクと美味な焼き魚を心ゆくまで堪能する梨々香だった。
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