第42話 ハーピー


「見つけた……」


 蓮は、12階層にある山岳地帯の岩陰で休むウィムハーピーを発見し、慎重に接近していた。


 ハーピーは鳥型モンスターの一種だ。体格は成人女性くらいで、頭部も人間の女性によく似ている。さすがに人間そのものではなくて、くちばしは生えているし、瞳も漆黒で、それなりの獰猛さを兼ね備えてはいる。


 この12階層に多く棲み着くウィムハーピーは、真っ赤な髪をしていて、大きな翼もやはり赤色。見る限りは金色の羽根は生えていない。


 ……彼女たちの気に入る贈り物を差しださなければ、その『報酬』を得られないのは確かなようだ。


 肢体は鳥類のようだが、胸の膨らみは人間めいていて、地面に座り込む姿には、妙な艶めかしさがある。


「…………」


 敵として接するときには何も感じないが、こうしてコミュニケーションを取ろうとすると、どうしても女性的な部分が視界に入って、腰が引けてしまう。


・蓮くん行け!

・気に入るかな?


 蓮の右手には、森林地帯で見かけた桃のような果実。果たして、これは『彼女』の好みに合うだろうか……。


『クルルルルルルルっ――――』


 蓮がすぐそばまで接近すると、ウィムハーピーは黒い瞳でまっすぐ見つめてきて、喉を鳴らして反応した。警戒とは少し違うようだ。こちらが何者かを探るような鳴き声。


「こ、これ……」


 おずおずと果実を差し出す。

 ウィムハーピーは、その表面をくちばしの先端でツンツンと突いた。


・おっ!? いい感じ?

・興味示してるね

・一発で行けるんじゃね?


『…………、クルルっ』


 しかし、実をついばむことなく、ハーピーはぷいっとそっぽを向いてしまった。


・ああ~流石に無理か

・蓮くん、話しかけて!

・何が好きなんだろうなこのハーピー

・身振り手振りでいくしかねぇ!


「……え、えっと。サカナ、ニク? ナ、ナニガ……」


・カタコトになっとるw

・そんなビーフorチキンみたいな

・鳥はハーピーのほうだがな

・ジェスチャーしないと理解されないんじゃない?


 ジェスチャーとは簡単に言ってくれるが、カメラ越しに大勢に見られながら、そして、じっとこちらを見つめてくるハーピーの目の前で演じてみせるのは、なんとも気恥ずかしかった。


「コ、コンナノ……、す、スキ?」


・こんな蓮くん新鮮だなww

・カチコチやがw

・余裕がないけど頑張ってるw

・成長したな、蓮くん……

・さっきから保護者おるなチャット欄にw

・後方腕組み父親ヅラさん


「うぐぐ……!」


 チャットも横目で確認しているが、囃し立てられると緊張が増してしまう。ハーピーの顔が女性っぽいのも良くない。


・もっと積極的に行こう!

・お姉さんキラーの蓮くんならいけるって!

・上目づかいしてみるとか? あれ最強だったし

・ウチもあれで堕ちた

・知らない相手だと思うから緊張するんだよ

・ゆのちゃんだと思って話しかけてみようぜ!!


「結乃――?」


 ハーピーはある意味美形だが、結乃と思えと言われると……


「いやそれは無理。絶対無理。結乃のほうが全然――」

『キーーーーーーーーーーッッ!!』


 蓮が即答すると、ウィムハーピーは食い気味に甲高く鳴いて、翼を広げると飛び去っていってしまった。


・あーあ

・怒らせたなアレ

・他の子の名前出すからw

・急に早口w

・ゆのちゃんガチ勢めww

・嫉妬したん?

・そんなことあるんか?

・それがありえるかも


「くっ、そんな理不尽な……」


・ドンマイ!

・次いこう次!

・さあ次のナンパだ蓮くん

・蓮くんにはハードルが高すぎるw


 リスナーに励まされたり、からかわれたりしながら、蓮はまた別のハーピーを探しに行くのだった。



 ■ ■ ■



 一方、その頃。

 四ツ谷ダンジョン1階層のイベント広場では――


 結乃、カナミ、麗奈の3人が、蓮の応援のために巨大モニターを見上げていた。モニターでは、プレイヤーたちの配信画面が代わる代わる映し出されている。


「『絶対無理』! だってさ~。どういう意味だろうね、結乃?」

「えっ」


 カナミに問われて、結乃は慌てる。


「えっと、ハーピーのほうが綺麗だから……ってことじゃないかな?」

「ふーん?」

「そうなんですの?」


 ジト目で見てくるカナミと、無垢な瞳の麗奈。


「中1くんはもう結乃に堕ちちゃってるねぇ」

「……柊さんは、遠野さんのことを男性として見ていらっしゃいますの?」


 急に麗奈が、核心を突くようなことを口にする。


「それとも弟のような? 一緒のお部屋に住んでいても……そ、その、愛の営みは行っていないという話ですし……」

「どーなん、結乃?」


 麗奈の思考は飛躍しすぎだし、カナミのほうはとっくに理解していそうなのにあえてたずねてくるし――。

 そんな2人の視線を受けて結乃は、


「……そ、それは……」


 一人っ子の結乃としては、確かに弟ができたように感じる部分もあって、お世話しなきゃ、お世話したい、そんなふうに思うことだってある。


 でも――


「お、男の子として……見てるかな、って……」

「「お~~」」


 2人のリアクションに、また照れてしまう。


(男の子、か――)


 結乃だって、人並みには恋愛漫画を読んだり、ドラマを見たりしてきたし、これまで恋愛にまったく無関心ではなかったけれど、まだ異性に惹かれる経験をしたことはなかった。


 同じ部屋で暮らすことをすんなり受け入れたのは、彼を意識していなかったからじゃなくて、むしろその逆――


 初めての感情に舞い上がっていて、嬉しさだけが先行していたからだ。


 じゃあ、冷静になってみたらどうだろう? 異性として意識している蓮と同棲するのは良くないとして、蓮が他の子と暮らすことになったら――


(それは、やだな……)


 どうしても許容できそうになかった。

 結局は、それが答えになるんだろう。


「そうですわ!」


 想いに耽っていた結乃に、麗奈が提案してくる。


「いいことを教えて差し上げます、これをお部屋で遠野さんに……」


 と、結乃の手を取って、やはりなぜか顔を上気させながら、とあるテクニックを伝授してくれた。



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