第38話 クエスト

 日曜日。

 イベントクエストの日がやってきた。


 朝も早いのに、四ツ谷ダンジョンの1階層はいつにも増して賑やかだった。もともと日曜日は、ダンジョン配信者が集まりやすい曜日だ。


 リスナーが多いので昼間から配信をしようと集まる者や、日頃は学生や会社員をしている兼業の配信者などが増えるのだ。


 そこに加えて、イベントクエスト。

 人気の配信者も参加するので、その姿を生で見ようという野次馬も集まってくる。


「蓮くーん!」

「本物じゃん! 写真撮らせてくんない?」

「え待って、背低いの可愛い」

「イベクエ出るんすか!? 応援してます!」

「ど、どうも……」


 蓮は、なるべく目を合わせないように人だかりを進む。もうすっかり有名人だが、何度こういう場面にあっても慣れないものだ。

 だが、今日はいつもより厄介だった。


「パーティ組まね!? 俺もけっこう有名な配信者で――」

「キミってまだ10階層以上に行ったことないよね? 私、案内できるよ?」


 蓮を誘ってイベントクエストに参加しようという配信者が後を絶たない。

 アイビスの人気配信者と組めば多くのリスナーを見込めるし、何より蓮の戦闘能力を頼りにできる。


 ダッシュで逃げようにも、参加者が向かう場所は同じだ。1階層にあるイベント広場。そこで今日のイベントクエストの開始式が行われる。それまでずっと、こういった勧誘を断り続けなければならない。


(面倒くさい――!)


 フラストレーションを溜めながら歩いていたところ、


「あっ、おっはよーレンレン!」


 聞いたことのある声がした。


「レンレンもイベクエ参加だってねー、マネージャーから聞いたよ~」

「……梨々香りりか先輩」


「【りりさく】の梨々香!?」

「うわ、本物かわいい……」


 今日の梨々香はさすがに私服ではなく、探索用の装備だ。

 しかしシルエットは私服と大差ない。


 綺麗な髪質のロングヘアーに、目元のぱっちりしたメイク。オフショルダーの軽装備で、おへそまで丸出しだ。防御力のほとんどなさそうな革製のタイトなホットパンツ。ショートブーツはヒールが高く、運動するには不便そうだ。


 胸元が強調されていて、ウエストは細く、すらりと長い美脚も目立つ。そんなモデルみたいな体型をしているので、男女問わず衆人の視線を集めに集めまくっている。


「梨々香も出るんだよー! よろよろ!」

「はあ……」


 あまり得意なタイプの先輩ではないが、彼女はさすがにあしらい方がうまく、


「みんなもよろしくね~! 梨々香たちも負けないから!」


 などと愛想を振りまきながらも、さりげなく蓮への勧誘をシャットアウトしてエスコートしてくれる。蓮が困っているのを見かねて話しかけてくれたのかもしれない。


 ふと、蓮は気づく。


「……もう1人の先輩は?」

「んー? さくは今日お休み。朔のレベルじゃ今日のイベクエは無理だからねー」

「梨々香先輩ほど強くないんだっけ?」

「よわよわの弱!!」


 梨々香は断言する。


「しかも結乃ちゃんみたいに向上心もなくってさー、完全にエンジョイ勢だから。楽しく配信できればいい! ってタイプ。梨々香とはスタンス違うんだよねー。楽しくってのは賛成だけど」

「……なのに組んでるんだ?」

「だって、大学で土下座されちゃったから」

「?」

「同じ大学なの。朔って、もともと梨々香の大ファンだったんだよ? それである日突然、『俺と配信してください!』って土下座してきたの。んで、まあいっかなーって」

「軽い……」

「えー? 土下座されたら仕方なくない? なんかそこまでされたらOKするしかないかなーって」


 理解しづらい感性だが、とにかくそれで【りりさく】は結成されたらしい。


「あ、そろそろ始まるみたいだよー、急ご!」


 梨々香に背中をグイグイ押されてイベント広場へ。このテンションで絡まれるのは疲れるのだが、事務所の先輩だし、人払いしてもらった恩義もある。


 それに蓮はイベントクエストの初参加だ。

 というか、ダンジョンでの戦闘そのものには慣れているが、それ以外の事柄にはほとんど触れてきていない。配信の先輩が近くにいてくれるのは正直ありがたい。




 広場にはステージが設けられており、その背後には巨大な空中モニターが投影されていて、今日のイベントのスポンサーである【マキ・テクノフォージ】の広告が流れていた。


 ちなみに、クエストの内容はまだ公表されていない。あらかじめ示すタイプのクエストもあるが、事前に対策されないために直前まで隠すイベントが多い。

 

 イベントクエストは、あくまで『エンターテインメント』の範疇だ。達成しなければ人類が危機にさらされるとか、そういった類いの話ではない。

 エンタメとしてのダンジョン配信を盛り上げ、周辺企業を潤わせ、ダンジョン探索を進めることで新たな発見を促す――そういう目的の行事だ。


 ビデオゲームやオンラインゲームの世界で行われるイベントを模し、参加者を『プレイヤー』と称して、主催者の課したクエストに挑む。


 そして本日のスポンサー、マキ・テクノフォージ社は、ダンジョン用の武器などを製造する企業のひとつ。質の高さで定評のある、業界でも1、2を争う人気メーカーだ。


「イベクエの報酬なんだろねー? やっぱ武器かな? 梨々香は可愛いアクセ系が嬉しいけどなー」


 見る限り梨々香は、目立った武器らしきものを装備していない。


「レンレンって、あんま武器こだわってないよね?」

「いいやつ高いし。別にこれでも十分だし――」


 蓮が携帯しているのは、事務所から支給された平凡なブロードソード。


「事務所に買ってもらえばいーじゃん」

「まだそこまで稼いでないから」

「そーいうの、先行投資って言うんだよ? レンレンにならポンッと出してくれると思うけどなー」


 配信の広告収入やギフトチャットが現在の主な収入源だ。もちろん直接受け取るのではなく、お金は一度、事務所に入るようになっている。


 蓮の配信は好評で収益もいいのだが、他の配信者のような頻度で配信できていないので、そこはちょっと気が引けてしまう。武器にこだわりがないのも事実だし。



 そうこうしているうち、ステージに司会者らしき男が登壇してきた。


「お待たせしました~~っ! 今日のイベントクエスト、エントリー数は87名! 多いか? 少なくないか!? クエストレベル12だから仕方ないか? まあ何でもいいか~~っ、とにかく盛り上がっていきましょう~~~っ!」


 複数の球状カメラが、さまざまな角度からステージを撮影している。イベントクエストの公式アカウントが、この様子を配信に乗せているのだ。


 聴衆をひとしきり煽って盛り上げてから、司会者は本題に入っていく。


「さあ本日のイベント、お待ちかねの内容発表だ!――こちらっっ! イベクエのタイトルは~~ッ、【気まぐれハーピーの金羽根きんばね】だぁああ!」


 司会者が声を張り上げるのと同時、巨大モニターに詳細が映し出された。



――――――――――――――――――

■気まぐれハーピーの金羽根

指定階層:12階層

指定モンスター:ウィムハーピー


クリア条件:

ウィムハーピーとの交渉により獲得できる『金色の羽根』を持ち帰ること。持ち帰った羽根の数により順位を決定する。


クリア報酬:

1位)シャドウブレード

2位)バスターガントレット

3位)エレメンタルバングル

 ~提供~ マキ・テクノフォージ


プレイヤーキル:有

痛覚設定:0~1

――――――――――――――――――



「おお!? シャドウブレード!?」

「100万くらいするくね?」

「それ前モデルな。今のやつは150くらいするはず」

「いいじゃん、やる気出てきた」

「ウィムハーピーかぁ、めんどそうだなぁ」

「プレイヤーキルあり! よっしゃ!!」

「同接増えるな、こりゃ」

「痛覚設定低いの助かる~」


 会場からざわめきが起こる。

 梨々香もモニターを指さしながら、


「あー、3位欲しーい! マキのバングルってかわいーんだよね~」

「…………」

「レンレンは1位狙い? もし、お互いのGETしたら取っ替えっこしない?……あれ、レンレン?」


 画面を見つめたままの蓮に、梨々香が首をかしげる。


「どしたの? あ、レンレンって12階層とかまだだっけ。でも楽勝でしょ?」

「……イベクエって」

「うん?」

「モンスター倒すだけじゃないの?」

「そだよー。そーゆータイプもあるけど、今回は違うっぽいね」

「『交渉』って……」

「ウィムハーピーはこっちから敵対しなきゃ大人しいんだよ? でー、好きそうなものを渡して気に入られると、レアな羽根をお礼にくれるの。倒してもなぜか手に入らなくて、自分から差し出してもらわないと駄目なのがメンドーなんだけどぉ……って、これ、敵に塩を送る~的なやつになっちゃうかな? いちお、梨々香とレンレンもライバルだかんねー」


 梨々香の説明を聞きながら、蓮の顔から生気が失せていく。

 てっきり、ただ戦闘して敵を倒せばいいものだとばかり……。


「好きそうな、もの……」

「それはヒントあげようにも出来ないよ?『気まぐれ』だから毎回違うらしいんだよねー。ま、女の子にプレゼントあげる~、みたいな。簡単に考えればいーんだよ」


 ばちこーん、とウインクしてみせる梨々香。


「…………」

「レンレン?」


 女子へのプレゼント。

 相手の好きそうなもの。

 モンスターとはいえ、『他人』との交渉。


 蓮は、顔を引きつらせて肩を落とした。


「コミュニ……ケーション……」



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