第22話 撃退(前編)
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※途中にイジメ描写(からの反撃)があるので、苦手な方は今話の途中(■以降)~次話は飛ばしてください。
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結乃と2人での配信が決まって、蓮はこれまでにない感情を抱いた。
(配信が楽しみだ)
なんて、そんなことを思う日が来るなんて。ましてやデビューからこんなに早く。
結乃との配信日程も早速決まった。今日の放課後――入学式の翌日の放課後に、四ツ谷ダンジョンで。もっと色々と準備をしてから……という選択肢もあったが、マネージャーの衛藤からの助言もあり今日に決定した。
「お2人での配信は、劇的な変化には違いありません。われわれ運営からの広報でも、今まで蓮さんに関してカップル配信のスタイルを匂わせたことはもちろんありませんから」
ソロ配信だけだと考えているリスナーが大半だろう。
「そんな中で、どう受け取られるかはともかく、ショックを与えるのです。今のスタイルが定着してからでは衝撃が大きすぎるでしょう。『カップル配信もあるんだ』と伝えるのは早い方がいいです」
結乃のスケジュールもぴったりと合ったので、今日の配信が組まれることになった。
衛藤はアイビスの公式アカウントと配信者としての蓮個人のアカウントから、本日の配信が特別なものであると広報を打った。
〝あのトラブルを経て、とある人物が配信に……?〟
といった具合に、曖昧だが結乃の存在を示唆する内容だ。投稿に対するリスナーの反応は様々。
・とある人物? あの女子高生か?
・先輩だろうな、早速コラボ解禁か
・シイナとのコラボ来る!?
などなど。
結乃を予想する者もいれば、アイビス所属の先輩配信者とのコラボを期待する者もいる。先日の戦闘で興味を持った者も多く、注目度は高まっている。
(緊張するな……)
人前に出ることの緊張とはちょっと違う。人の期待に応えること、あるいは、人の期待を裏切ることに対する恐れ。これも配信者の宿命なのだろう。
それでも結乃と一緒なら――
もちろん、彼女に頼り切るわけにはいかない。これはあくまで蓮の配信者としての仕事なのだ。
配信者としての義務感と、蓮個人としての昂揚感。その2つが重なりあうことに、心が動く。戦闘とは違う種類の、けれど強い刺激に不安と期待を同じだけ抱いている。
中学では、慣れない授業が始まったが、気持ちはそれどころではなかった。放課後へのカウントダウンばかりに気が取られていた。
■ ■ ■
「それじゃあ皆さん、さっそく宿題が出た授業もあったと思います。忘れないように、家での勉強もがんばりましょうね!」
担任の金田羽美による帰りのホームルームも終わり、蓮は解放された。やっとダンジョンに行ける。そう思ってリュックに荷物をまとめ、立ち上がったところで――クラスメイトから声をかけられた。
「ねぇねぇ遠野くん、お話があるんだけどぉ……」
女子だ。ショートカットの髪型の、名前は確か
中学ではメイクが禁止だが、小学校時代からプライベートでは恒常的に着飾っているのだろう。耳たぶにピアスの穴があるのを蓮は視認していた。
「なに?」
「えー、ここじゃちょっとぉ……。ほら、わかるでしょ?」
「わからないけど……」
上目づかいで甘えたような声で言われても、蓮は眉をひそめるばかりだ。
クラスメイトと積極的に交流するつもりはないが、配信者としての立場上、あまり邪険にもできない。あくまで人気商売だ。無駄に悪い評判を広げるのは良くない。
「あんまり時間ないんだけど」
結乃との待ち合わせがある。余計な時間など取られたくない。
「あたしぃ、そのぉ、遠野くんのこといいなって……あーダメダメ! ここじゃこれ以上話せないから、いいから来てよ!」
「…………」
どうにも蓮のことを離してくれそうにない。イラつくのを隠しつつ、ポケットに手を突っ込みながら、仕方なく彼女に着いていくことにした。
昇降口を出て、校舎の角を右へ。
連れられて来たのは、講堂と特別教室棟に挟まれたスペースだった。遠くで部活動の声が聞こえるが、誰かが偶然通りかかる可能性は低そうな場所だ。
そこには――
蓮がなんとなく予想していたとおりの光景があった。
「お、ホントに釣れたんかよ」
「腹山やるじゃ~んっ」
「ハニートラップ大成功っ! やっぱ陰キャってチョロすぎ!」
「でっしょーっ!? 超楽勝! キャハハっ」
態度を変える腹山の、仲間らしき男子生徒が3人たむろしていた。
真ん中の1人は、上級生らしきガタイのいい男。サイドを刈り上げたツーブロックの短髪。むやみな自信にあふれた目つきで、制服の胸元を着崩している。
その隣に、マッシュカットのひょろっとした男子。嫌みったらしい表情で、長身だが猫背気味だ。こちらは1年生だろうか。
最後の1人、蓮のことを見て手を叩いて喜んでいるのは、同じクラスの
「先輩コイツっす! 配信者の」
鰐野は半笑いで、ボス格らしき上級生におもねる。
「こんなヤツが配信者とか終わってますよね」
「ヤラセ野郎だな。実物はダッセェな」
「そうなんすよ、チビ陰キャ! ギャハハっ!」
下品な声で笑い合う2人に、ひょろマッシュも
「ダンジョンの中だけでイキってるヤツ多すぎっすよね~、配信者って!」
「――で、何の用?」
どうでもいい会話に付き合うつもりなどない。
「用事があるならさっさと済ませて欲しいんだけど」
きっぱりと言う蓮に、4人は顔を見合わせてから、どっと大笑いした。
「は~?『何の用ぉ~』だってさ!」
「あたしに告白されると思ってついて来たんでしょぉ? いいよ、告ってやろっか? 一生の思い出になるかもね」
「腹山、付き合ってやれよ」
「それ無理! ぜっったいあり得ないし! こんなのととか、メッチャ笑われる! 恥ずかしくて友達にゆえない~」
「いいじゃん、人気者だぜコイツ?」
「え~? お金くれるんならいいけど~」
「いいのかよ! マジビッチだな、ぎゃはっ!」
いい加減、耳障りな雑音に頭がクラクラしてきた。無視して帰ろうとするが、接近してきた鰐野に肩を組まれて阻まれてしまった。
「なに逃げようとしてんの? つーかポケットから手ぇ出せよ!」
「…………」
「なにその反抗的な目? せっかく仲良くしてやろうと思ってんだぜ、コッチは……よぉッッ!」
至近距離からの、左の太ももへの膝蹴り。硬い膝がめり込んで、蓮の足に激痛が走る。
ここはダンジョンではない。痛覚の遮断などはできない。
さらに、蓮には専属の
「はい、よっわ! 俺ストリートファイトの動画とか見てんだよね。逆らわないほうがいいよ? 人の壊し方とかメッチャ知ってるから。んで先輩はもっとヤベーからな? 先輩怒らしたら、おまえマジ終わるよ!?」
「鰐野、そいつ連れて来いよ」
「うぃ~っす」
ツーブロックの上級生は、蓮が間合いまで入ると、
「おらっ!」
「――――っ」
遠慮のない威力でみぞおちに前蹴りを浴びせてきた。体格差に物を言わせた一撃だ。
「配信者だからって調子に乗んなよ? そういうのマジむかつくから」
これまでまったく接点のなかった相手に因縁をつけられても、なんとも言いようがない。だが蓮が黙っていると、今度はひょろマッシュが、
「お・ま・え・さぁ~、状況わかってんのぉ?」
蓮の頭上から、平手をバシバシと何度も振り下ろしてくる。
「頭も悪いの? 先輩が話してんだからなんか答えろよ、ほらなんか言えって!」
「うっわ、かわいそ~ッ」
ケラケラと笑いながら腹山が、スマホのカメラで蓮の顔を接写してくる。動画撮影のようだ。
「は~い見てくださ~い! 人気配信者、遠野蓮くんの泣き顔で~っす」
涙の一滴すら流していないが、構わず腹山は続ける。
「こんなところにあたしを呼び出して、無理やり変なコトしようとしてきたから、先輩たちにオシオキしてもらってま~っす!」
「マジ最低だよな」
鰐野がせせら笑いながらノリを合わせる。
「配信者だから、なにやっても許されると思ってんの? 女子襲うとかフツーに犯罪だからな?」
「慰謝料払えよ慰謝料!」
ひょろマッシュも続く。
「配信で金入るっしょ? それ、被害者に支払うべきだと思いま~っす」
「おいチビ」
上級生が言う。
「この動画、ネットに流されたくなかったら言うこと聞けよ、いいな」
「……こんなの」
蓮は苦痛を抑えつつ、
「アンタらの悪行も映ってるし」
「やっぱ頭悪いんだなオマエ。んなの、編集でどうにでもなるじゃねーか。ダッセェところがバラされたら、オマエのほうがダメージでけーじゃんよ? それよりさぁ……マジ、舐めてんの?」
蓮の態度がよほど気に入らなかったらしい。語気を強めて睨みつけてくる。
だが、無理にドスを利かせた声を出そうと大げさに発声しているようで、それがちょっと滑稽で、蓮はつい吹き出してしまう。
「……オイ。マジこいつ締めんぞ」
冷えた声で言って、蓮の胸ぐらを掴んできた。
力任せに振り回され、校舎の壁に背中を叩きつけられる。ここでもやはり体格差は大きい。魔力で強化できない以上、筋力では敵うべくもない。
「やっべ先輩マジギレ……」
「うわっ、終わったわぁ……」
鰐野とひょろマッシュは戦慄したようにつぶやくが、腹山は相変わらずの調子で、
「え~っ、先輩かっこい~っ! 犯罪者とかボコしちゃってくださ~いっ!」
「おう。マジぶっ殺すッ!」
ツーブロックが蓮を壁に押さえつけたまま、右の拳を振り上げ、威嚇してくる。体格に恵まれた年上の男子。
鰐野の言うこともそれほど的外れではないのだろう――人を殴ることに、一切の躊躇を持たない人間のようだ。
「オラ、死ねよッッ――!」
振り上げた拳に力を込めて、蓮の顔面めがけ全力で振り下ろしてくる。
――蓮はその一連の動作を、ゆっくりと目で追った。
彼らの言うように、ダンジョン内部と同じだけのパフォーマンスは発揮できない。比較にならないほど、いまの蓮は弱い。
だが、戦闘経験に差があり過ぎる。
ダンジョンに閉じ込められ、昼夜分かたず、いつ終わるとも知れず、殺し殺され、戦い続けた蓮だ。どれだけ凄まれようと、体に苦痛を与えられようと、そんなことで動じることなど一切ない。
終わることのない苦痛と絶望を耐え抜いた蓮に、この程度の事態は危機になどなり得ない――
道を歩いていたら、ろくに知能もない羽虫にたかられたようなものだ。体面上、相手が手を出すのを待っていただけのこと。
だがもう十分だ。
蓮は迎撃する。
自分が打たれるなどとは、予想もしていないのだろう。上級生の男は蓮を殴打することばかりに意識が向いて、防御はおろか、咄嗟に回避をとる準備すらしていない。
その隙だらけの急所に――男の無防備な
「ぉ、……ぁっ? ぅえっ――」
男の手足から、力が抜け落ちる。蓮を殴るどころではない。グラリと前方に倒れて蓮のすぐ横、校舎の壁に顔面をべしゃりと打ちつけて崩れ落ち――
そのまま動かなくなった。
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