第111話 木更津ダンジョン2階層:テイマー見習い

 ■ ■ ■


 木更津ダンジョン2階層は、話に聞くとおり水棲モンスターだらけだった。


 どこか南国のビーチかと思うような景色が続き、出会うのはゴブリンなどではなく魚やイカのモンスターだったりする。陸地が極端に少なく、いつ水面から敵が飛び出してくるか分からない環境だ。


 しかし、これも前評判どおり穏やかなモンスターが多く、こちらへの好奇心で顔を見せてくることはあっても襲って来ないことも多かった。例外的に半魚人マーマンは積極的に人間を襲撃するが、もちろんこのメンバーの敵ではない。


「他の配信者さんたちものんびりしてるんだね」


 結乃が言うとおり『ダンジョン攻略』というより本当に観光といった雰囲気だ。上層階に進めばもっと殺伐としているのだろうが、冒険と呼ぶにはゆったりとした空気感で配信をしている。


 蓮たちも、今回は半分プライベートのつもりだ。

 配信をするからには仕事なのだが、本気の攻略をする予定はない。結乃もいるので低階層から進む必要があるし――


「そうだ、結乃……いい?」

「あ、うん」


 蓮が口火を切る。

 梨々香たちに、そしてリスナーに向けて結乃の水魔法について説明した。水魔法の本質である『同調』と、結乃が【魔獣使いテイマー】を目指すことを。


「へー! おもしろそー☆」


・ゆのちゃんがテイマーか

・いいね

・水魔法ってそうなんだ?

・『波長を合わせる』って言うからな

・言葉が通じない相手と魔力で意思疎通をするって、そんな研究あったよね


「結乃ちゃんならできるよ、きっと☆」

「テイマー……」


 見ると、シイナがつぶやいて意味深長な表情を浮かべている。


「どうしたの、シイナ先輩? 懸念点があるとか?」

「……………」


 じっとこっちを見つめたかと思うと、ぽつりと、


「……確かに向いていると思う。遠野蓮を飼い慣らしてるくらいだし」


・そうだねw

・それはそう!

・あー、最強の化け物を手なづけてるなw

・バトルになったら蓮くんを出せばいい

・ゆのちゃん「蓮くん、君に決めた!」

・100万ボルト(ガチ)


「……僕、そんなに危険?」

「そんなことないよ!?」


「あははー、首輪でも付けてみる?」

「れ、蓮くんに首輪!?」


 梨々香の軽口に、結乃とリスナーがざわつく。


・ゆのちゃんに飼われる蓮くん……!

・性癖歪むぞ、それw

・いいな、ゆのちゃんに飼われたい人生だった…

・たくさんヨシヨシしてくれそう

・校則ではセーフだったかな?み、見たい……

・地獄の番犬すぎるだろ

・ゆのちゃんに誰も近づけなくなるぞ!

・それは今もでしょw


「…………?」


 だが蓮にはいまいちピンと来ない。


「僕が首輪をするとどうなるわけ?」


・蓮くんは知らなくていいw

・お姉さんたちが興奮します

・余計な知識を与えるな

・ピュアなままでいて蓮くん……!


「と、とにかくですね……!」


 なぜか頬を赤らめる結乃が、話題を逸らすように手を打つ。


「今後はもっと水魔法を磨いてみようと思います」

「……今日から始めてみる?」


 シイナが提案する。


「私たちも手伝うけれど?」

「え、でもせっかくのコラボですし――」

「コラボだからだよ~結乃ちゃん! 楽しそうだし今日から試してみよ☆ さすがシイナちゃん、いいこと言うね☆」

「わ、私は別に……っ、あ、ぅん、ありがとぅ……」


「レンレンもいいっしょ?」

「みんなが良いなら、僕はもちろん」


 どうせ一緒に結乃のスキルを開発していこうと考えていたところだ。梨々香やシイナも手伝ってくれるならありがたい。


「そんじゃまずは適当なモンスターを集めよっか☆ レンレン、シイナちゃん、行こ!」


 梨々香の合図で、3人は身構える。

 穏やかとはいえモンスターはモンスターだ。呼んで集まってくるようなら苦労はしない。


 だから捕らえる――



「【黒翼】――」

「ルミナス・アロー☆」

「【夜嵐】…………!!」



 ――ドバァアアアッッ!!!



 三方で一斉に上がる、大量の水飛沫。

 海水をかき分ける黒翼が、水を貫く光矢が、渦を巻く魔法の風が――あっという間に3匹の水棲モンスターを捕まえてきた。



「は、早いですね……!」


・はっっやw

・ゆのちゃん、巻き添えでびっしょりだw

・周りの配信者も驚いとるやんw

・漁師もビックリやで!



「そんでレンレン、どーするの?」

「うん――。結乃、魔法で水球を作ってこのウツボの頭に」


 小脇に抱えたウツボ型のモンスターは、蓮の腕から逃げようと暴れているが、苦しそうではない。外でも呼吸ができるらしい。


《ウボボボボボボボ……っ!》


 だが人語を解していなのは間違いなさそうで、知能も低そうだから、普通なら意思疎通は叶わないだろう。


「やってみるね」


 結乃は右手にバレーボールほどの球体を作りだして、ウツボに接触させる。

 科学の力では生物の脳波は計測できても、2者のあいだでそれを共有して情報を交換することなどはまだ不可能だ。けれど魔力は――モンスターと人間が共有する、まだまだ未知の部分が多い領域。


【テイマー】と分類される人たちは、その魔力を使ってモンスターの意思を理解し、こちらの意図を伝える。


「ごめんね……、怖くない……怖くないよ……」

《ウボぉ…………》


・え!?通じてる!?

・ちょっと大人しくなったな


「結乃ちゃん、こっちもやってみて~」

「はい」


 梨々香が捕まえたイカのモンスター。足をウネウネさせて美少女2人に絡みつこうとしているが、結乃は何とかそれを躱し、同じように魔力接続する。


《イカぁ…………》


・イカが落ち着いた!

・イカの鳴き声って「イカ」なんだ…

・これは癒やし効果もあるのでは?

・ゆのちゃん、攻撃よりこっちの方が向いてそうだね


「――これは、どう?」


 シイナが手にしているのは、でっかい貝だった。


「はい、やってみます」

《………………》


・貝のリアクションは分からんw

・なんで貝を選んだシイナ様w

・いや、開きそうだぞ!?

・心を開いた……ってコトぉ!?


 まだこちらの言うことを聞くわけではないので【テイマー】と呼ぶには早すぎるだろうが、結乃に適性があるのは間違いなさそうだ。


「すごーい結乃ちゃん☆」

「そうですか? 皆さんの協力のおかげです」

「…………私には無理」

「シイナ先輩は……そうだろうね」

「――どういう意味? 遠野蓮?」


・ゆのちゃん天才じゃったか

・相手が水棲モンスターだかってのもあるかもね

・ああ、水魔法との相性がいいのか

・あり得る


「…………」


 リスナーたちの言葉も、もっともかもしれない。

 ダンジョン内部はモンスターも含めてすべて魔力が根源だ。つまり水――ここから見える海もすべて、ある意味では『水魔法』と呼んでいいのかもしれない。


 だったら――


「結乃、直接触れなくても、海に手を入れてみたら――」

「そっか。海水を伝って同じことできるかな? 試してみるね」


 水際まで進んでしゃがみ込み、結乃は右手を海に浸ける。


「集まって……、来て……」


 水面が仄かに光る。その柔らかくて優しい光が、じわじわと広がって、


・キターーーー!?

・イルカのモンスターだ

・熱帯魚みたいなのも来たぞ

・襲って来ない?

・大丈夫そうだね

・エサをもらいに来たみたい


「結乃ちゃん、水族館の飼育員みたいだね☆」

「魔法……こんな使い方が……」


 2人が目を丸くする。

 こと戦闘においては、結乃が梨々香やシイナに追いつくには相当の時間を要するだろう。けれど、この技能を活かせば別の『戦い方』が可能だ。

 

 結乃だってダンジョン配信者として活躍することを夢見ている。

 そのサポートをするために蓮は戦闘を教えているが、それに加えて【テイマー】として花開いてくれたら活動の幅はさらに広がるだろう。


「わっ、手をつついてきた? くすぐったいよ」


 結乃も楽しそうで何よりだ。


(結乃の笑った顔……やっぱりいい……)


・なんか蓮くん、後方腕組み彼氏面してるねw

・ええやん彼氏やろもう

・旦那でしょ

・ん? あっちのほう、変じゃない?


 ――と。

 にわかに遠くの水面が騒がしくなる。


・あれって、半魚人の群れか!

・サメの半魚人じゃん⁉︎


 銛に似た武器を手にした半魚人の集団がこちらに迫っていた。

 この階層では珍しい凶暴なモンスターだ、様子からしても明らかに友好的ではない。結乃の魔力を察知して『獲物だ』と反応したのかもしれない。


「アレはさすがにまだ無理……かな⁉︎」


 テイマーの練習を始めたばかりの結乃には荷が重い。他のモンスターも逃げていってしまった。


《シャーーーック!!》


「ありゃ〜、やっちゃうしかないかな?」

「撃ち殺すのなら任せて——」

「私も戦います」


 しかし3人が臨戦態勢に入るが早いか、


 ——ドシンッっっっ!!!!


・なんだ⁉︎

・空気が揺れた⁉︎

・カメラ浮いてるよな、なんか震えたが⁉︎

・ダンジョン崩壊か⁉︎

・いや蓮くんだ!


 蓮は、足で地面を踏みしめ威嚇しただけだ。ただし重力魔法を乗せたその威嚇を受け、半魚人たちはその場で停止し一様にすくみ上がっている。


「あのさ、邪魔しないでくれる?」


・理不尽w

・半魚人さんたち涙目ww


「——消えてくれる?」

《シャ、シャ〜〜……っっっ!》


 震えつつまわれ右をして、半魚人たちは速やかに撤退していった。


「蓮くん……テイマーやれそうだね?」

「いやあれ、純然たる恫喝だし?」

「遠野蓮の殺気……その辺のモンスターに受け入れられるワケがない……下手したら死ぬ……」


「さあ結乃、続きを」

「うん、ありがとう蓮くん」


 平然と振り返る蓮に、結乃をのぞく全員の意見が一致した。


 ——このひと怖い


 と。





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