第45話 実力差(前編)

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※長くなったので2話に分割して更新(45~46話)。同時更新です。

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 蓮はハーピーへの贈り物を探してさまよっていた。


 道中、梨々香などの配信を視聴していたが、彼女をはじめ他のプレイヤーたちも着々と金羽根を集められているようだった。対して蓮は、いまだ収穫ゼロ。


 ウィムハーピー個々の好みをリサーチする方針で進めていたが、もうこうなったら総当たりでいくしかないかもしれない。『贈り物』のほうは固定して、あちこちにいるハーピーにプレゼントして、気に入ってくれる相手を探す……という方法。


 ――なんだか、無鉄砲なナンパみたいだが。


 そんなことを考えて肩を落として歩いていたときだった。背後から接近してくる者があった。


 気配を察知するまでもない、無遠慮な距離の詰め方――


「……なんか用?」


 蓮が振り返ると、こちらに伸ばしかけていた右手を止めて、その男は笑った。1階層で会った配信者・たくぼうだ。


「あ~れ~!? アイビスの遠野蓮くんじゃん!! 奇遇だねぇ!」


 相変わらず声がデカい。

 そして作り笑顔がうさん臭い。関わり合いになりたくない相手だが、今はどちらも配信中。大勢のリスナーに見られている以上、あまり無下にも出来ない。


「そういえばさぁ、さっきのこと! おいら、まだ謝ってもらってないんだよねぇ」

「?」

「さっきのだよ、覚えてねぇのか⁉︎⁉︎」


 急に態度を変えての恫喝。


「テメェがおいらに喧嘩売ってきたんだろうがよ!」

「…………?」

「うっわ、シラ切るつもり⁉︎ マジでアイビスの奴らって最悪だな!」

「アンタがぶつかって来たじゃん」


 1階層でのことを言っているなら、この男が梨々香にちょっかいを掛けようとしてきただけだ。


(まさか、そんな言いがかりが通用するとか思ってる? いや……)


 何でもいいんだろう、目立てれば。そう悟ると、急に脱力感に襲われる。話し合いは得意じゃないが、話が通じない相手というのも厄介だ。


・蓮くん、コイツの相手はしないほうがいい

・人を巻き込んで炎上するタイプよこいつ

・さっきも他の配信者がやられてた

・やられてたって?

・殺されてた、ガチで。そんで金羽根を奪ってたぞ

・うわひど……


 リスナーたちからも警告を受ける。確かに、関わっても損をするだけの相手だろう。


 ただ、蓮は少し怒りを覚えていた。事務所の先輩に――梨々香に危害を加えようとしたこの男に。それに、プレイヤーキルはルールに則った行動だとしても、この態度は気に食わない。


「謝りもしねぇのかよ⁉︎ オラ逃げるなよッ!!」

「――逃げる?」


 蓮は口元に淡い笑みを浮かべ、


「嘘つきの大人相手に――それも自分より弱い相手に、逃げる必要あるの?」

「……ハァ⁉︎⁉︎」


 演技ではない本気のいらつきの色が見えた。


「みんな聞いたぁっ!? このクソガキこういう感じなんだよ、態度悪いっしょ!?」


 向こうのリスナーを煽るその様子に、蓮はつい鼻で笑ってしまった。


「あぁん!?」

「いや、ごめん……小学生こどもみたいだなって思って」


 『敵』が現れると、懸命になって周りの大人に訴えかけるような。


「演技なんだよね? それも。参考になるよ――

「~~~~っっ!」


・蓮くん敵対モード来ました

・ハーピーのときより活き活きしてるぞw

・オレらの蓮くんさん来たなw


「おいら、頭にきたっっっ!!」


 顔を赤くするたくぼうは、背中に担いでいた両手剣を抜くと、


「生意気なクソガキに、正義の鉄槌をっっっ!!」


 ドンッと地を蹴って一瞬で間合いを詰め、大剣を叩きつけてきた。フルプレートアーマーの巨体と、蓮の身長ほどもある大剣。そして、そんな重装備とは思えない速度――


《ビーーーーッ、ビーーーーーッッ!!!!》


 配信者用のアラートが、蓮のイヤホンで鳴り響く。


「へぇ……」


 上位クラスに認定されるだけの実力はあるということだ。だが、もちろんこんな攻撃を回避するのは容易い。


 特攻をかわしざま、無防備な胴体に掌底を食らわせる。雷魔法を籠めた一撃だったが――

 装甲の表面で、雷撃が霧散した感覚があった。防がれた、というよりは、魔力そのものを無効化された感触。


「――――っ?」

「それがどうしたよぉっ!? 効かねえっつーのッ!」


・蓮くん、魔法効かないんやそいつ!

・アンチマジックアーマーか

・マキ・テクノフォージの最高級品だよ

・外側からの魔力を遮断するやつだな

・なにそれチートじゃん


 スタンスティールでの武装解除も無理だろう。水のスタンスティールならあるいは通用するかもしれないが、あれは両手持ちの相手には使いづらいスキルだ。


「あれ~~? もしかしてズルいとか思ってるぅ? おいらの父ちゃんはマキ・テクノフォージの専務なんだよ、せ・ん・む! 分かる? クソガキさんは『専務』って聞いたことあるかなぁ!? 特権階級のおいらは、最新の装備なんて簡単に手に入っちゃうってワケ! 真の強者は装備も一級なんだよ、ざ・ん・ね・ん・でしたぁ!!」


・あの大剣も相当な代物だぞ、魔力伝導率が高いやつ

・もうこいつ、ヘカトンケイルでぶん殴ろう!

・いやたぶん無理、重力魔法も無効化される

・顔面狙おうぜ顔面!


 全身をガチガチに固めているたくぼうだが、頭部はアンバランスに無防備だ。


・顔はグロ画像になりやすいから

・モザイク入るっしょ

・相手のカメラが録画モードだったら生の映像が残るんだよ、普通ならいいけどアイツにそんな映像持たれたらヤバイって


 恵まれた体格と、潤沢な魔力に裏打ちされた運動能力、最高品質の装備――そして自分の配信スタイルに合ったシチュエーションづくり。さすがに配信者としてはあちらが一枚上手だ。まったく尊敬はできないが。


「アイビスの大型ルーキーさん? どうしましたかぁ? ホラホラ、ここ狙えば?」


 自分の顔を差しながら、


「そんな度胸はないよなぁ!? 人を殺す覚悟なんてさ! お子ちゃまは『修羅場』なんて経験したことないもんねぇ?」


 この男にとって、戦闘での勝敗はさして意味がないのかもしれない。むろん、自分の実力には自信があるのだろうが、おそらくは蓮の戦闘能力もリサーチ済みのはずだ。


 だから最悪、蓮に頭部を狙われて敗北することも計算のうちなのだろう。


 その時はその時で、『蓮が人体の頭部を破壊する映像』が手に入る。どっちがケンカを仕掛けたなどは問題ではない。ショッキングな内容でありさえすれば、この男にとっては利益になるのだ。


「……面倒だな」


 と、蓮は小さくこぼした。


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